第3話 十三番目のカード②

 ファルネーゼさんの後を付いて行く。玄関を潜ると、すぐに階段と扉が見える。


「まずはご家族に挨拶したほうが良いだろう」

「そうですね」


 扉を開けると、リビングが広がっていた。そこにも、装備を整えた男性警官がいた。家の中の守りについている三人のうちの一人だ。こちらに気付くと、ファルネーゼさんに向かって敬礼した。「ご苦労」と一言だけ言うと、彼の横を通り過ぎる。その奥には、女性が一人椅子に座っていた。

 どうやら、その人が渡辺ケイさんの母親らしい。ファルネーゼさんの紹介で、お互いに自己紹介をする。そして、依頼の事とケイさんに会わせて欲しいという話をした。

 承諾はすぐにしてもらえた。あたし達は頭を下げると、そのまま階段へと向かった。渡辺さんの自室は、上の階にあるらしい。少し勾配のきつい階段を上る。


「ここが彼女の部屋だ」


 階段を上りきってすぐにある扉を、ファルネーゼさんは指差した。扉の前には、二人目の男性警官が立っていた。彼も、ファルネーゼさんに気付くとすぐに敬礼をした。


「中へ入らせてもらうぞ」

「わかりました。何かありましたら、すぐに声をかけてください」


 そう言うと、男性警官は扉の前から身を引いた。どうやら、直接部屋の扉を守っているらしい。


「入ります」


 ファルネーゼさんは、ノックを丁寧に三回する。すると、中からボソッとした声で「どうぞ」と聞こえた。

 ドアノブに手を掛け、ファルネーゼさんは扉を開けた。中は、落ち着いた色合いの空間が広がっていた。入って右手には勉強机が置いてある。その奥は、カラーボックスが置かれている。中は雑誌などが収められていた。

 反対に左側は、タンスや姿見が置かれている。その奥にはベットがあった。そこに、女の子は座っていた。向かい合って床に座っている女性もいる。格好からして、その人が渡辺さんに付き添っている警官だろう。

 そうなると、ベッドに座っている女の子が今回の護衛対象。


「彼女が、渡辺ケイだ」


 名前を呼ばれると、渡辺さんは小さく会釈した。そんな彼女の目元は隈が目立っていた。目もどこか眠たげに見える。あまり眠れていないのかもしれない。


「初めまして。橘探偵事務所の宮坂小町です」

「探偵事務所?」


 どうやら、ファルネーゼさんはソフィアの依頼の事を話していないらしい。あたしは、事の成り行きと依頼の説明をした。


「そう言う事だから、渡辺さんの身を守らせて欲しいんです」


 友人が身を案じて探偵を寄こしてくれた。だから、あたしは渡辺さんが喜ぶとばかり思っていた。しかし、実際は真逆だった。


「なんで、あいつに助けられなきゃいけないんだよ」


 返ってきたのは、冷たい言葉だった。


「そもそも、今わたしがこんな目に遭ってるのも全部ソフィアのせいってことじゃん。それなのに、守ってあげるってか? 気に入らない」


 渡辺さんのジト目が鋭くなる。まるで、あたしを狙う刃物のようだ。いや、正確にはソフィアに向けられた視線だろう。

 でも、あたしも引けない。こちらとしては、渡辺さんを守ることも依頼内容に含まれる。それよりも。


「確かに、ソフィアは死神さんに依頼してしまったよ。たとえそれが、こんな結果になると知らなかったとしても、揺るがない事実……」


 あたしは「でも!」と続け、人差し指を渡辺さんに向けた。


「ソフィアは、それをすっごく後悔していたんだよ。涙が出るぐらい、渡辺さんとライヴリーさんを心配したんだよ。今日だって、顔色変えて事務所に駆け込んできた。渡辺さんが危ないって、君の事ばかり言っていたよ」


 ベッドに座る渡辺さんの目線に合わせるように、床へ膝をつく。そして、彼女の瞳を正面から見つめる。


「だから、ソフィアの想いを無下にしないで欲しい」


 すると、渡辺さんは頬を掻きながら視線を逸らした。気のせいか、顔が赤くなっているように見える。そして、少し躊躇いながら口を開いた。


「わ、わかってる……。ソフィアが、本当に悪い奴じゃない事ぐらい」


 あたしの視線に耐えかねたのか、渡辺さんはベッドから立ち上がる。そのまま、窓際へ寄ると空を眺めた。


「喧嘩したあの日だって、わたしも言い過ぎたって反省してて……。変に維持張っちゃって、引っ込みがつかなくなってるだけだから」


 彼女の言う事は、何となく共感できてしまう。ふと、思わず出てしまった言葉を取り消すこともできず、意地を張り続けてしまったこと。あたしにも、経験があった。

 だから、恥ずかしそうにそれを話してくれた渡辺さんが微笑ましく思えてしまった。

 遠くを眺めるその背中に、あたしはできるだけ優しい声で言う。


「じゃあ、次ソフィアに会ったらさ。ちゃんと仲直りしなさいよ?」

「……わかってる」


 渡辺さんは、窓を向いて顔を背けているつもりなのだろう。でも、薄っすらとその顔が窓に反射して、こちらから見える。

 彼女の顔は、微笑んでいた。

 これなら、きっと仲直りできるだろう。その場を作るために、あたしは渡辺さんを守らなければいけない。


「あっ、そうだ」


 雰囲気を壊す間の抜けた声が、思わず喉を通って出てきてしまった。これには、渡辺さんも振り向いた。


「これを渡辺さんに渡すようにって、カレンさんに言われてたんだ」


 ポケットをまさぐると、探していた物が出てきた。赤い色をしたお守りだ。それを、渡辺さんに差し出した。


「きっと、このお守りがあなたを守ってくれるはず」

「……意外と信心深いんだな、所長さんって」

「それはあたしも思った」


 事務所を出る直前、カレンさんがいきなり渡してきたのだ。いつものカレンさんらしくないな、なんて思いながら受け取ったものだ。

 でも、それがあれば渡辺さんの気休めになると思ったんだろう。


「まぁ、神頼みなんてせずとも私達が守ってみせる。安心するんだな」


 ファルネーゼさんは、自信たっぷりにそう言った。カレンさんもファルネーゼさんも、現実主義な人達だ。神様なんて、あんまり頼りにしていないんだろう。

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