第3話 十三番目のカード①

 結局、ジョン・ノース君は無実だった。あの場にたまたま居合わせただけの、不運な男の子だったわけだ。

 そうなると、死神さん捜査の足掛かりが消えてしまった。またアプローチ方法を考え直さなければならないと言うことだ。

 病院から戻ったカレンさんと共に、今後について話し合いたかったのだが。


「やっぱり、お酒が飲めるっていいねぇ」


 勝手に晩酌が始まっていた。


「病院で大人しくするのは大変だったよ。美人のナースさんが目の前にいるってのに、バーへのお誘いもできやしない」

「何やってるんですか……」


 怪我をしても、この人は通常運転だった。でも良かった。死神さんに切られた時は、本当にどうなるかと思った。けれども、今もこうして元気な様子だ。ほっとして、胸を撫で下ろした。

 カレンさんはあっという間に酔い潰れたので、あたしも早く寝る事にした。

 そして、次の日。今日は休日というのもあってか、朝からソフィアが事務所に駆け込んできた。


「た、大変です!」


 勢いよく入って来た彼女は、顔を青白くしていた。あまりにもおかしな様子に、あたしとカレンさんは話を聞くことにした。


「死神さんから、新しいメールが届いたんです!」


 椅子に座りながら、焦ったようにソフィアが言う。あまりにも急な展開に、あたしは前のめりになっていた。


「いったいどんな内容なんですか?」

「はい、それが……」


 彼女はスマホを取り出すと、画面を操作し始めた。しばらくすると「これです」と、画面を見せてきた。

 どうやら、再びSNSのアカウントに連絡があったらしい。内容は、こうあった。


「『渡辺ケイへの復讐を果たす。今度は邪魔をしないように』……か」


 カレンさんは、頬に手を当てながら読み上げた。何やら考えを巡らせているらしい。


「朝起きたら、このメールが来てて。もし、もう死神さんが行動してたら……ケイが!」


 そう言うと、ソフィアの震える手からスマホが滑り落ちた。そのまま、彼女は顔を覆う。恐怖と不安に苛まれているようだ。


「落ち着きな、ソフィアちゃん。とりあえず、これは犯行予告だ。ケイちゃんに関しては、警察も警戒をしている。一度警察へ連絡を入れようか」


 カレンさんは立ち上がり、スマホを取り出した。ブラインド越しに窓の外を眺めながら、通話ボタンを押す。

 その間に、ソフィアに紅茶を淹れた。少しでも落ち着けるようにと思ってのことだ。


「……マリーかい? ちょいっと相談なんだが」


 どうやらカレンさんは、ファルネーゼさんに電話をしているらしい。話が終わるまで、あたしは震えるソフィアの背中を撫で続けた。

 しばらくすると、カレンさんは通話を終えた。そして、ソフィアに優しい笑顔を向ける。


「安心して。警察によれば、渡辺家に異変は無いらしい。ケイちゃんも今のところ無事なようだ」


 彼女を落ち着かせるように、柔らかい声音でそう言った。

 ひとまず安心したのか、ソフィアは胸を撫で下ろした。一番心配していた渡辺さんの安否が確認できたのは、とても大きいだろう。


「小町、渡辺家に行ってくれないかい?」


 先ほどの優しい笑顔とは違い、真剣な面持ちでカレンさんがあたしを見た。


「いいですけど、あたし一人ですか?」

「そうなるね。けど、向こうでマリー達警察に合流してもらう。あいつらと一緒に、ケイちゃんを守ってほしいんだ」


 なるほど。あたしは納得して頷く。犯行予告が来たのなら、全力で守るだけだ。しかし、別の疑問が湧いてくる。


「でも、カレンさんはどうするんですか?」


 あたしの質問に、待っていたと言わんばかりのニヤニヤ顔で答えた。


「ソフィアちゃんとデートさ」


 この言葉に一番驚いていたのは、ソフィア本人だった。何を言っているのか理解できない、と言いたげな目をカレンさんに向けている。

 友人が今、自分のせいで大変な目に遭おうとしているんだ。そんな状況で、デートなんて言い出すのはおかしい。きっとソフィアは、そう思っているに違いない。


「カレンさん、ジョークは時と場所を選んでください」

「おっと、そんな怖い顔をしないでくれよ。ちょっと、ソフィアちゃんとレーナちゃんに会いに行こうと思ってね」

「レーナさんに?」


 こんなタイミングでレーナさんに会うのなら、考えられる理由は一つだ。


「死神さんの情報収集、ですか?」

「正解」


 ニヤニヤ顔のまま、カレンさんがソフィアのスマホを指差した。


「犯人が丁度ヒントをくれたからね」


 それはまさに、ソフィアのアカウントに送られてきたメールの事だった。



 あたしは指示通りに、渡辺家へと向かった。カレンさんとソフィアは、レーナさんとの待ち合わせ場所へと向かって行った。そういう訳で、再びあたしは単独行動となった。

 とは言っても、現場に到着すればファルネーゼさん達との一緒だ。心細さは無かった。

 渡辺家は、学校からそれなりに離れた場所にあった。どちらかと言えば、学校よりも事務所のほうが近い距離にあった。


「えっと……ここかな?」


 教えてもらった住所を、地図アプリで確かめながら来た。着いたのは、二階建ての綺麗な長屋だった。所謂テラスハウスと呼ばれるタイプだ。一戸建てのような外観の住宅が四つ、肩を寄せ合っている。

 その中でも、左端の家に人が集まっていた。平和な住宅地には似合わない、仰々しい格好の人達が家の周りを固めている。その背中には『POLICE』と書かれている。間違いない、あそこが渡辺家だろう。


「来たか、宮坂」


 警察の一団から、ファルネーゼさんが出てきた。この前、カフェで会った時とは雰囲気が違う。緊張感で引き締まった凛々しい顔、防刃用のチョッキ、腰に提げている拳銃とホルスター。まさに、戦闘態勢と言った様子だ。


「凄い警備体制ですね……」


 ファルネーゼさんの装備も、警官の多さにも驚いた。しかし、本人は「当然だろう」と当たり前のように頷きながら言った。


「この間、お前達が戦闘になった話を聞いているからな。死神さん、だったか。奴の武器や身体能力を聞く限り、これでも足りないほどだろう」


 そう言うと、ファルネーゼさんは集まっている警官達を見た。


「全員で何人いるんですか?」

「私を含め、十五人だ。十人が家の周りの警備、見回り。三人が家の中の守り。一人は、渡辺ケイの付き添い。私も、彼女を護衛しながら指揮を執る」

「結構いますね」


 改めて人数を聞くと、一人を守るのには多い気がする。しかし、それだけ心強くもある。犯行予告があったからには、必ず死神さんは動くだろう。


「スタッカート事件では、橘と宮坂に後れを取ったからな。警察の面目を守るためにも、失敗はできないんだ」


 手に持っていた警察帽子を被り、気を引き締めるようにファルネーゼさんは言った。

 確かに、警察の立場を考えると成果を上げておきたいところだろう。それだけ、今回の事件には前向きらしい。こちらとしても助かる話だ。


「渡辺ケイさんに、会わせてもらえますか?」

「そうだな、案内しよう」

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