第2話 死に笑う仮面⑦

 あたしは、電柱の影に身を潜める。息を殺し、彼が通り過ぎるのを待った。ノース君は読書をしているらしく、本に目を落としながら歩いていた。これは隙だらけだ。

 隠れるあたしに気付く素振りも見せず、ノース君が目の前を通過していく。

 今だ! 彼の腕に手を伸ばし、手首を捕まえる。


「え?」


 そんな間の抜けた声を上げるノース君。だが、あたしはお構いなしにその手を引っ張る。背中側へと手を移動させ、拘束する。所謂いわゆるハンマーロックだ。


「いたっ⁉ いだだだだだだっ!」


 突然の拘束に、ノース君は痛みを訴える。だが、力を緩めることはしない。もしかしたら犯人なのかもしれないのだから。


「ジョン・ノース君だね?」

「あなたは誰ですか! いたたたたたた」


 彼は、拘束されながらも頑張ってこちらを向く。あたしと目が合うと、まるでお化けでも見たように顔を強張らせた。目を見開き、口があんぐりと広がる。


「昨日の怖い人⁉」

「怖い人? ちゃんと許可証は見たんでしょ? はい、怖くな~い怖くな~い」

「どの状況を見てそんな事言うんですか!」


 ノース君の言う通りだ。いきなり背後から腕を掴み、拘束してくる人物が怖くない訳ない。でも、恐怖は時に便利だ。何かを吐かせたいなら、尚更だ。


「今から質問することに、正直に答えて」

「は、ハイ」

「どうして昨日、あの倉庫に居たの?」


 すると、彼は目を泳がせた。なので、手首を掴む手に軽く力を加える。


「ひぃ! 話しますから許してください!」


 仕方なく、力を少し緩める。それを確認すると、彼は小さくため息を吐きながら始めた。


「自分は、カサトキナさんが心配だったんです。あなた達みたいな、怪しい人物と行動していましたから。もしかしたら、いじめやカツアゲなんじゃないかって……」

「どれだけあたし達を悪人だと思っているの……」


 そんなに怖い雰囲気を醸し出しているのだろうか。自分ではわからない。


「それで。あの死神さんとの関係は?」

「死神さん?」


 ノース君は、先ほどとは反対に間抜け面になった。ポカンとした表情で、あたしの言葉をオウム返しにする。


「……とぼけないで」

「とぼけてないですよ! 誰ですかそれ⁉」


 再び目を見開き、全力で否定してくる。しかし、こっちだって引けない。彼が嘘をついている可能性だってある。


「死神さんを使って、ソフィアの願いを叶えようとしたでしょ。死神さんは誰なの? 正体を知っているの?」

「だから知らないですって。そもそも、本当に死神さんって誰なんですか?」


 ダメだ、埒が明かない。もっと、彼を揺さぶれる材料がないと真実を話してくれないだろう。何か良い手は無いか。そう考えていると、今度は彼から口を開いた。


「自分は本当にカサトキナさんを心配してたんです! 仲の良かった渡辺さんや、ライヴリーさんと喧嘩をして、落ち込んでいるのを見たんです。それから、二人とも学校に来なくなってしまって。ライヴリーさんは行方不明という話じゃないですか。きっと、カサトキナさんは辛い思いをしていると思ったんです」


 語る彼の表情は真剣だ。言葉にも、熱を感じる。


「学級委員長として、カサトキナさんが心配だったんです。自分は、クラスのみなさんを支えるのが仕事でもあります。彼女が辛い思いをしているのなら、何かしてあげたいと思うものじゃないんですか?」


 ノース君の熱弁に、あたしは呆気にとられた。

 探偵とは、疑うのが仕事。でも、あたしは今の言葉を聞いて彼を疑えなくなっていた。人はこんな風に嘘をつけるのだろうか。そうは思えない。彼の熱意は本物のように感じる。


「委員長は、嘘を言っていないと思います」


 突然、後ろから声がした。急いで振り向くと、ソフィアが立っていた。


「か、カサトキナさん……」

「委員長って、馬鹿真面目ですから。嘘をつけるほど器用な人じゃないって、うちは思いますよ」


 そう言うと、ソフィアはニコッと笑った。

 普段のノース君を知っている人物がそう言うのだ。きっと、彼は嘘を言っていない。そう思うと、腕の力が抜ける。ノース君は拘束から抜け出すと、肩をグルグルと回した。


「何か知らないですけど、誤解は解けたようですね」

「まぁ、紛らわしい委員長も大概だけどね」


 二人は楽し気に笑っていた。でも、あたしは笑えない。関係ない人を巻き込んでしまったんだ。それは、探偵として失格だ。


「ごめんなさい、ノース君。疑ったりして」


 あたしの理想の探偵は、こんな風に人を困らせたりしない。やっぱりあたしは、まだまだ見習いから抜け出せそうにない。


「いいんですよ。間違いは誰にでもありますから。自分にだって、ミスする時はあります」

「いや、委員長はいつもの事じゃん」

「確かに。昨日もあたし達を不審者だって」

「そ、それは忘れてください!」


 朝から、住宅街に笑い声が響いた。失敗はしたけれど、気分はあんまり悪いものじゃなかった。

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