第2話 死に笑う仮面⑤

「大丈夫か小町」


 歩み寄ってきたカレンさんは、頭から血を垂らしていた。それだけじゃない。肩や太ももに大小の木片が刺さっていた。


「拳銃をやられたか……」


 しかし、自分の事など後回しにするようにそう言う。


「カレンさん、ボロボロじゃないですか!」

「そんな事より、これを使いな」


 そう言って差し出してきたのは、カレンさんの片方の拳銃だった。


「私があいつを引き付ける。小町は、あの木箱の裏で待機するんだ」


 カレンさんが視線を送ったのは、後ろにある木箱の山の一角だ。先ほどカレンさんが突っ込んだ木箱の隣にある。


「あそこに奴を誘導する。奴が近づいたら合図を出すから、物陰から不意打ちするんだ。わかったな?」


 空薬莢を取り出し、弾を詰め替えながらカレンさんは言った。

 でも、あたしは震えていた。あんな化け物じみた動きをする相手に、その作戦がどこまで通用するかわからない。実際に、あたしもカレンさんも殺されかけている。今、立っていられるのも奇跡なんだ。

 それでも、やるしかない。やらなきゃこちらがやられる。


「任せてください。もう、一人で迷子の猫だって捕まえれるんですから!」


 そうだ、あたしだって成長している。立派に探偵活動できているんだ。怯える事は無い。そう自分に言い聞かせる。


「ソフィアちゃん、先に事務所で待っていてくれ!」


 カレンさんは、倉庫の外からこちらの様子を窺っていた彼女にそう叫んだ。依頼の荒事にソフィアを巻き込む訳にはいかない。流れ弾だってあるだろうし、死神さんがどう動くかだってわからない。依頼人の安全は、絶対でなければならないだろう。


「は、はい! 二人も気を付けて!」


 そう言うと、ソフィアは駆け出して行った。これでいい。準備は整った。


「行くぞ、仮面野郎!」


 カレンさんが勢いよく駆け出す。そして、銃声が連続で鳴る。

 あたしは、死神さんの視線がカレンさんに釘付けになっていることを確認すると、木箱の裏側へと回る。

 その間にも、激しい銃声と鎌が空を切る音が響く。負傷しているカレンさんが、身体能力お化けの死神さん相手にどれだけ立ち回れるだろうか。でも、信じるしかない。拳銃を握り締めて、無事に成功することを祈った。

 しばらくすると、こちらに駆けてくる足音が聞こえた。こっそり音のする方を覗き込むと、カレンさんだった。拳銃で死神さんを牽制しながら、こっちに走ってくる。

 恐らく、もう少しで死神さんが来る。そう思うと、指先が震えた。引き金にかけた指にも、上手く力が入らない。呼吸も乱れ、肩が上がる。こんな状態で、本当に死神さんを倒せるのだろうか。

 そんな事を考えていると、カレンさんがあたしのすぐ横を駆けて行った。よく見ると、腕や腹部に切り傷が見える。血は薄っすらと垂れていた。考えるまでもなく、死神さんの攻撃によるものだろう。

 ここで死神さんを仕留めないと不味い。カレンさんが、死んでしまうかもしれない。この不意打ち戦法に、命運を賭けていると考えると冷汗が止まらない。


「今だ!」


 カレンさんからの合図が飛んだ。拳銃を構えた先に死神さんが現れる。まるで、目の前を通り過ぎる電車のような迫力を感じる。

 こんな相手を仕留めないといけない。震える指先に力を籠め、引き金を引いた。乾いた破裂音が響く。弾丸は獲物を狙い、一直線に飛んでいく。

 結果は、外れた。タイミングが僅かにずれたらしい。死神さんが通過した空間を、弾丸は横切っていった。


「しまった……‼」


 死神さんは一瞬こちらを見た。しかし、すぐに視線をカレンさんに戻して突進していく。


「残念だったな」


 冷たい声と共に、死神さんの鎌が振り上げられる。カレンさんはもう目の前だった。

 こちらに死神さんを誘導するのに必死だったからか、逃げるカレンさんの背中は無防備だった。そこに目掛けて、鎌は無慈悲に下りてくる。


「カレンさん‼」


 あたしの声に気付いたのか、カレンさんは前方へ飛んだ。コンクリートの床へとダイブしたのだ。

 しかし、回避しきれない。鎌の切っ先がカレンさんの背中に走った。


「っぁがっ⁉」


 鮮血が舞い、カレンさんはそのままコンクリートへ体を打ちつけた。


「うそ、うそでしょ……」


 膝が笑い、心拍数が跳ね上がる。視線は、倒れるカレンさんから離れない。奥歯が、ガタガタと音を鳴らす。

 死神さんは、尚もカレンさんへ攻撃をしようとしている。今度こそ、その首をねようと鎌がギラギラ光る。そんな事、許せるはずがなかった。


「やめろっ!」


 無我夢中で拳銃を撃った。何回も何発も。銃弾が死神さんを捉える事は無かった。でも、飛んでくる弾は怖いようだ。カレンさんから離れて、あたしとの距離感を探ろうとしていた。


「この、このこのこのっ!」


 拳銃を撃ちながら、カレンさんの元へ向かう。カレンさんのジャケットが、血で染まっている。早く処置しないと、大変な事になってしまう。このままじゃ死んでしまう!


「……こ、まち」


 カレンさんが、目を開けた。額には脂汗が浮いているが、意識はあるようだ。


「大丈夫ですかカレンさん⁉」

「お、落ち着け……。とりあえず、ここは撤退――うっ!」


 傷が痛むらしい。顔を歪ませ、苦しそうに唸っている。


「わかりました、逃げましょう!」

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