第2話 死に笑う仮面④

 やはり、この人物が死神さんらしい。話し声は機械で加工しているのか、無機質で中性的に感じる。


「カレンさん、ノース君は?」

「追いかけたさ。でも、ソフィアちゃんの悲鳴みたいなのが聞こえたからね。急いで戻ってきた」

「そう考えると、彼は死神さんじゃなかったって事ですか?」


 カレンさんはあたしの隣に立つと、ニヤリと笑った。


「委員長君とグルなのかもね。まぁ、そこら辺も死神さんに訊いてみますか」


 ファイティングポーズをとると、カレンさんはかかってこいと死神さんに手招きした。

 すると、死神さんは腰辺りに手をまわした。取り出てきたのは、銀色のステッキのような物。それを振りかぶると、ステッキが伸びた。一メートルにも満たなかった大きさが、二メートルほどに変わる。しかも、先端からは刃が伸びていた。まさに、死神の鎌に変わったのだ。


「今の何なんですか⁉ マジック?」


 ソフィアちゃんは少し離れた場所から、驚きの声を上げていた。あたしも、原理や仕掛けがわからなかった。一瞬でステッキが大鎌になったのだ。


「おいおい、丸腰かと思ったのにそれかい」


 カレンさんは、やれやれと言うように肩を竦めた。


「お前達の命、刈り取る」


 そう言うと、死神さんが距離を詰めてきた。そのまま鎌を横薙ぎにした。迫りくる刃に、思わず身をかがめる。カレンさんは反対に、その場で飛び上がる。

 あたしの頭上と、カレンさんの足元の間を鎌が切り裂いた。空気を切るような音が聞こえ、体がすくんでしまう。


「問答無用と言う訳か。なら、相応の対応をさせてもらうまで!」


 着地する前に、カレンさんは拳銃を引き抜き狙いを定める。足が地面に着く瞬間、銃口から弾が勢いよく飛び出した。

 死神さんは、鎌を大振りしたので隙だらけだ。銃弾はそのまま腕を捉えるかに見えた。

 しかし、当たらなかった。鎌を振る腕の勢いを殺さず、そのまま体をきり揉み状態にする。身体の軸は傾き、銃弾の進行方向から外れたのだ。


「あんた、死神ってより道化師のほうが天職なんじゃないか?」


 そんな軽口を叩きながら、カレンさんは続けて拳銃を撃つ。しかし、今度は飛び退かれる。凄まじい体のバネだ。


「小町、お前も撃て!」

「言われなくても!」


 あたしもホルスターから拳銃を引き抜く。構えて、照準を合わせる。今回は、死神さんから色々と情報を訊き出さなければならない。命を奪っては、事件の全貌を把握できなくなってしまう。

 狙いは足。動きを封じられれば、こちらが一気に有利になる。


「武器を捨ててください!」


 一応そう呼びかける。だが、攻撃は向こうから仕掛けてきたんだ。話し合いに応じる気配は感じない。

 死神さんは、再び猛ダッシュで距離を詰めてきた。鎌を握る手に、力が入るのが見えた。また刃が迫りくる。


「その命、差し出せ!」


 鎌が、あたしとカレンさんを切り裂こうと振り下ろされる。あたしは思いっきり左へと飛ぶ。カレンさんは逆に右へと回避した。


「挟み込め小町!」


 カレンさんが、もう一丁の拳銃を取り出しながらそう叫んだ。


「はい!」


 あたしとカレンさんで、死神さんを挟み込んだ。両サイドから、一斉に弾丸が飛ぶ。この挟撃なら、避けようがないだろう。


「ふんっ!」


 しかし甘かった。死神さんは、鎌を地面に叩きつける。綺麗に湾曲した鎌の柄は、反動で死神さんの体を持ち上げた。まるで棒高跳びのように飛び上がったのだ。銃弾は誰もいない場所を通過する。

 これにはカレンさんも口をあんぐりとさせていた。あたしも、死神さんの動きは目で追うのに精一杯だった。


「逃がすか!」


 カレンさんは、すぐさま銃口を死神さんへ向ける。

 だが、相手も狙いを絞らせるつもりは無いらしい。鎌の刃を、天井に走る鉄骨にひっかけた。そのまま遠心力で体を揺さぶり、次の鉄骨に刃をひっかける。


「くそっ、おサルのショーを見に来た訳じゃないんだぞ!」


 ゆらゆらと揺れ、あっちこっちへと飛び回る死神さん。素早く器用な動きに、カレンさんの銃弾も当たらない。


「猿に弾も当てられないとは。ならばお前は、猿以下だな!」


 天井を移動していた死神さんは、倉庫の壁まで飛ぶ。そのまま壁を蹴り、近くの柱に鎌をかける。勢いよく一回転すると、カレンさん目掛けて一直線に飛んできた。

 あまりにも素早い移動に、カレンさんの攻撃も追いつかない。為す術もなく、カレンさんの腹部に死神さんの蹴りが入った。

 カレンさんの体は宙に浮き、あたしの後ろにある木箱まで飛んでいった。埃と木片がき上がる。


「カレンさんっ!」


 駆け寄ろうとすると、背後に気配を感じた。


「人の心配をしている場合か!」


 死神さんは、いつの間にかあたしの目の前まで迫っていた。構えていた鎌が、ギラリと鈍く光る。


「そ、そんな――⁉」


 切っ先が弧を描いて向かってくる。頑張って身を逸らしてみるが、鎌の軌道から逃れられそうにない。このままでは、刃があたしの身体に触れてしまうだろう。

 無理だ、助からない。そう思っても、生存本能が抗おうとする。あたしの両腕が、自動的に前に出る。視界から鎌の切っ先を隠すように、両腕が顔と胸部を覆った。

 もう間もなく、鎌があたしを切り裂くだろう。恐怖で目をつぶった。

 真っ暗な視界の中、甲高い金属音が鼓膜を揺さぶる。それと同時に、体を衝撃が襲う。思わず、一歩二歩と後方へ下がる。

 何事かと目を開けると、目の前で火花が散っていた。あたしの拳銃からだった。


「運のいい奴め」


 舌打ちと共に、死神さんの苛立ちが籠った声がする。

 拳銃に目をやると、銃口が切り落とされていた。次に体に目をやると、傷は無い。どうやら、拳銃がたまたま鎌の攻撃を防いだらしかった。


「小町、伏せろ!」


 突然カレンさんの声がする。どういう意図があるのかはわからないが、とりあえず体を伏せる。すると、頭上を弾丸が通過した。


「まだ戦えるのか」


 カレンさんの不意打ち攻撃にも関わらず、死神さんは弾丸を避けた。しかし、隙は与えないと言うようにカレンさんの銃撃は止まらない。攻撃を避けるために、死神さんは後方へと下がり続けた。

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