第2話 死に笑う仮面③

 学校から戻り、あたし達はソフィアと事務所で合流した。


「結局、手がかりゼロでしたね」


 あたしはカレンさんのコーヒーを用意しながら、ボソッと呟いた。


「何か別の手でもあるんですか?」


 ソフィアは肩を落としながらも、焦るようにカレンさんに尋ねる。渡したコーヒーに口を付けながら、カレンさんは窓の外を眺めていた。


「少し危険かもしれないけど、方法はあるよ」


 カレンさんは視線を動かさず、遠くを見たまま続けた。


「死神さんをおびき出す方法がね」


 思わずあたしは、ソフィアと顔を見合わせた。そんな方法があるなら、一発で犯人が特定できる。そこで犯人を取り押さえられれば、事件解決の依頼達成だ。


「ぜひやりましょう!」


 食い気味にソフィアはそう言った。



 死神さんをおびき出すには、ソフィアの協力が必要だとカレンさんは言った。


「方法は簡単。ソフィアちゃんのSNSアカウントを使うんだ。渡辺ケイちゃんに呼び出された、と投稿すればいい。死神さんは、君のSNSに接触してきた。という事は、少なくとも奴は君のアカウントをチェックすることができる。そこに餌をくんだ」


 いたずらっぽい笑顔をカレンさんは向けてくる。

 ソフィアは、カレンさんの提案通りにSNSへと投稿した。内容には、少しだけ手を加えた。それは、呼び出された場所だ。ソフィア達の通う学校の近所には、今は使われていない大きな倉庫がある。そこに呼び出された設定にした。


「本当に来ますかね、死神さん」


 あたしとカレンさんは今、倉庫に高く積まれた木箱の裏に隠れている。そこから少し離れた場所に、ソフィアが立っている。彼女がいる場所は、倉庫の大きな搬入口から見えるようになっている。もし、死神さんが疑いながら来ても、これで信憑性を上げられるという事だ。


「きっと来るさ。本当にケイちゃんを狙っているなら、こんな美味しい情報は無いだろうからね」


 確かに、理屈は通っている。あとは、ソフィアが襲われないように見守りつつ、死神さんが出てきたら捕らえるだけだ。

 日は既に落ち始めようとしている。倉庫の中は、僅かに差し込む西日以外の明かりが無い。まだソフィアが立っている場所は明るめだが、あたし達がいる場所はほぼ真っ暗だ。

 もし死神さんが影に紛れて近づいてきたのなら、発見が遅れるかもしれない。あたしは注意して物陰を中心に目線を向ける。

 時折ソフィアの顔を見るが、彼女は常に不安そうな表情をしている。こんな寂しい所で、一人で立たされているというのもかなり辛いだろう。しかも、いつ死神さんが出てくるかもわからない状況だ。緊張感だって凄まじいはずだ。だから、あたしにできる事はいち早く相手を見つける事。彼女を不安から解放してあげる事だ。

 静まり返った倉庫内。聞こえるのは、風が窓を揺らす音だけだ。張り詰めた糸のような緊張感が、時間経過と共に高まっていく。

 すると、突然「カラン」と空き缶でも転がったような音がする。その場にいた全員が、音のする方へ視線を向けた。


「あ、あれは!」


 人がいる。搬入口から頭を覗かせているのがハッキリと見える。目を凝らし、相手の顔を見つめる。それは、見覚えのある人物だった。


「えっ、委員長⁉」


 ソフィアがそう叫んだ。それを合図に、カレンさんとあたしは走り出した。木箱の影から飛び出し、改めてその顔を見る。間違いない、学校で会ったあの委員長。ジョン・ノース君だ。

 彼は、あたし達の顔を見ると目を見開くほど驚いた。


「ひ、ひぃぃぃいい!」


 そんな情けない声を出しながら、一目散に逃げ始めた。


「この状況で逃げだすって事は、ノース君が死神さんなんですか⁉」


 あんまり信じられない。でも、こんな場所に姿を現した時点でほぼ確定したようなものだろう。


「さぁね、でも彼から訊き出せばわかることだ!」


 あたし達が隠れていた場所は、ほぼ倉庫の中央だった。そこからノース君が顔を覗かせた搬入口まで、十五メートルほどだろうか。その差を詰めるのは一苦労だ。


「もっと引き付けてから、出てくるべきでしたね……!」


 そう言うあたしは、すでに距離を離され始めていた。でも、カレンさんは違う。あの人の身体能力の高さは普通じゃない。もう搬入口まで到達していた。


「お先に!」


 そう言うと、カレンさんは倉庫から出て行った。


「ま、待ってくださ~い!」


 あたしも全力でその背中を追う。追わないといけないのは、犯人の背中なのだが。

 少し遅れて、あたしも搬入口まで来ようとしていた。もう少しで、そこをくぐるというタイミングで、何か気配を感じた。

 視界の上部に、動く影が見える。影はストンッと軽やかに落ちてきた。


「うわぁっ⁉」


 あたしは急ブレーキをかけ、なんとか落下してきた影との接触を避けた。目測で二メートルの地点で、影はうずくまっている。


「な、何……?」


 物体は、何やら布のようなものを纏っている。もう少し近づこうかと思ったところで、物体はいきなり動き始めた。

 いや、立ち上がったのだ。物体は人のようだ。暗い紫色をしたローブに身を包んでいる。いかにも怪しい人物は、顔に仮面を被っていた。不気味な髑髏どくろの仮面だ。その姿から、思わず言葉が出てしまう。


「死神――」


 その瞬間、ローブから黒い腕が伸びた。拳はあたしの顔を捉える。金属バットのような衝撃に、視界が揺れる。威力は凄まじく、あたしは何回も転がりながらソフィアのいる場所まで吹き飛ばされた。


「大丈夫ですか助手さん!」


 ソフィアが、悲鳴に近い声で駆け寄って来る。その甲高い声が、頭の中にガンガンと響いて痛い。


「うん、大丈夫。それより早く離れて」


 あたしは急いで起き上がる。そして考える。目の前にいる人物は何者なのか。いかにも死神を思わせるような恰好かっこうをしている。でも、死神さんであるノース君はカレンさんが追っているはずだ。じゃあ、こいつは誰なんだ?


「お前は誰なんだ」


 血の混じった唾を吐き捨て、あたしは訊ねる。目の前の人物は、肩を震わせながら笑った。不気味だ。まるで、ゼンマイ仕掛けのブリキ人形のように規則的に笑う。


「ソフィアちゃん、どうした⁉」


 突然カレンさんの声がする。後ろを振り返ると、カレンさんの姿があった。出て行った搬入口とは違う搬入口から入って来たらしい。

 カレンさんも、あたしが対峙する人物に気が付いたらしい。睨みつけるような視線を送っている。


「いかにもって人物がいるじゃないか。君が死神さんかい?」


 すると相手は、ローブの前側を開き、マントのようにたなびかせた。ローブの内側は、黒一色。ワンピースのような構造になっているようにも見えるが、暗すぎて見えない。黒色も手伝って、黒の塊にしか見えないのだ。


「私こそが死神さん。私は依頼を果たす」

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