第2話 死に笑う仮面①

 次の日の夕方。あたし達は、Gシティの南側に位置する高校へと来ていた。そう、リンちゃんやソフィアが通う学校だ。

 放課後という事もあり、グラウンドなどは生徒達の活気で溢れかえっていた。そんな中を通り、あたし達は校内への立ち入り許可証を応接室で受け取った。朝一番に学校側へ連絡をとって、承諾を得ていたのだ。


「でも、どうして学校に来る必要があったんですか?」


 来賓用玄関でソフィアを待ちながら、あたしはカレンさんに尋ねた。


「簡単なことさ。死神さんとやらは、渡辺ケイとエミリー・ライヴリーの名前だけで犯行に及べた。つまり、二人の事を前もって知っていたんだろう。メールを受けて、すぐに動けたほどにね」


 壁に背を預けながら、カレンさんは得意気に続ける。


「それに、ソフィアちゃんが喧嘩した当日にメールが来た。あまりにもタイミングが良すぎるとは思わないかい? もしかしたら、犯人は三人が喧嘩しているところを直接見たのかもしれない」

「なるほど、だから死神さんは身近にいるかもしれないってことですか」

「そう言うこと」


 指をパチンと鳴らし、格好をつけるカレンさん。明らかに部外者の人間が、廊下で得意気にそんな事をするもんじゃない。通り過ぎる生徒達の視線が痛い。


「すみません、お待たせしました!」


 少し離れた所から、ソフィアがこちらに向かって走ってきた。手を大きく振りながらだ。


「こらこら、廊下は走っちゃいけないだろ?」


 窘めるように言いながらも、カレンさんの声音はどこか楽しげだった。本当にデートがしたいだけなんじゃないだろうか。変にそう疑ってしまう。


「えっと、それでうちは何をすれば?」


 彼女がそう言うのも当然だろう。カレンさんは、さっきまであたしに説明した内容をソフィアに伝えた。


「と、言う訳で怪しそうな人物に心当たりはないかい?」


 しかし、ソフィアは少々黙り込んでしまった。考えても、思い当たる人物はいないらしい。


「そんな事を言われても、急には思い浮かばないですねぇ」

「まぁそうだろうね。日常に、あんな犯行に及びそうな人物は、そうそういて堪るかって話だろう」


 とりあえず、あたし達はソフィアの案内で校内を回ってみる事にした。建物はそれなりに新しいらしく、外も中も綺麗だった。

 教室のあちこちからは、生徒達の笑い声が聞こえる。どこを切り取っても、まさに青春そのものだ。


「なんだか懐かしいですね」


 思わずそんな事を言ってしまう。


「小町は、卒業してから二年しか経ってないだろう」

「二年も、ですよ。時間の流れが早すぎて、怖いぐらいですよ」

「ふっ、甘いな。これからは、さらに時間の早さは増していく一方だから。二年なんて、僅かな期間に思えてしまうようになるさ」


 なんだか聞きたくない話だ。それが、歳をとるという事なんだろうか。


「そんな年寄り臭いこと言わないでくださいよ。カレンさんだって、まだ二十六でしょ」

「まぁね」


 そんなこんなで、あたし達はソフィアの教室に着いた。


「ここが、うちらの教室です」


 中は一般的な造りになっている。特に驚くポイントも見当たらない。ただ感じるのは、懐かしさだけだ。あんまりじっくり見ていると、思い出に浸り始めそうだ。でも、今は仕事中。集中しないと。


「なるほどね。ここがそうか」


 カレンさんは遠慮せずに、中へと入っていく。そして、後ろに張り出されていた座席表に目をやった。


「三人とも、席が近いんだね」

「はい、だからいつも喋り過ぎちゃって」


 ちょっとだけ恥ずかしそうに、ソフィアは鼻の頭を掻いた。

 すると、カレンさんは座席表を見ながら「そう言えば」と話し始めた。


「ケイちゃんの脅迫メール、警察に確かめたよ。やっぱり相談に来たらしい」


 学校へと向かう前に、カレンさんはファルネーゼさんに連絡を取っていた。どうやら、この事を確認していたらしい。


「やっぱり、本当にそんなメールが……」

「一応、警察としても渡辺家周辺のパトロールを強化する対応をしているそうだ。エミリーちゃんに関しては、新しい進展はないらしい。全力で事に当たっているとは言っていたよ」


 ハッキリとした状況を知ってか、ソフィアは肩を落とした。表情も、疲れているように見える。きっと、あの日からずっと気を張っているのかもしれない。彼女の精神的な負荷も相当なものだろう。


「ほ、ほらソフィア。どんどん校内の案内、してほしいかな~って」


 苦しい言い訳じみているが、強引に話題を変えなければ落ち込むばかりだろう。あたしの言葉に、彼女もぎこちなく頷いた。


「そうですよね、次行きましょうか」


 あたし達はソフィアのクラスを離れ、次へと向かう。生徒数はそれなりに多いらしく、同じような造りの教室が続いている。

 そこから出てくる生徒達を擦れ違いざまにチェックしていく。でも、怪しいような生徒は全然見当たらない。学校という狭いコミュニティなら、そんな雰囲気の子なんてソフィアでも気が付くだろう。

 やはり、この中から容疑者を見つけるなんて至難の業だ。そもそも、学校の中に犯人がいるというのも憶測でしかない。的外れだったという可能性もある。

 一通りこのフロアを回ってみたが、それらしい人物は見当たらなかった。


「それじゃあ、次の階へ行こうか」


 カレンさんの一声に、あたし達は近くの階段へと向かう。

 丁度柱の角を曲がろうとしたとき、人影が飛び出してきた。何やら急いだ様子で、そのままカレンさんにぶつかってしまった。


「おっと!」


 ぶつかった相手は、女子生徒だった。癖毛なのか、うねった長い髪で目元が隠れている。手足は細く、体つきも華奢だ。そんな子がカレンさんにぶつかれば、体勢を崩すのは彼女のほうだった。

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