第1話 復讐代行③

 時は流れ、三人は二年生になった。学年が上がっても、三人は同じクラスになれた。バタバタした進級シーズンも、少し落ち着いてきた頃、事件は起こる。


「いや~ごめんエミリー。リング、壊れちゃった」


 夕暮れの校舎でソフィアはそう言うと、欠けたリングを見せた。勿論、この壊れたリングはエミリーが手作りしたあのシルバーのリングだ。


「ポケットに入れたまま洗濯しちゃってさ」


 苦笑いをしながら、ソフィアは後頭部を掻いた。この時ソフィアは、いつも通りエミリーが笑って許してくれると思っていた。

 でも、彼女は目を潤ませて黙ってしまった。


「あれ、エミリー……」


 流石に気まずくなり、ソフィアは彼女に手を伸ばそうとした。だが、腕は止まってしまう。ケイがその手を掴んだからだ。


「何へらへら笑ってんのさ」


 いつにもなく、ケイの口調は冷たかった。表情は一見、真顔にも見える。だが、その瞳は怒りを露にしていた。


「ソフィア、あんたにだってわかるだろ。エミリーってさ、絵に描いたような友情バカなんだよ。こんなお揃いのアクセサリーを作ってくれるぐらいにな」


 ケイの言葉に、エミリーは堪えきれなかったのか俯いた。顔を覆って、プルプルと小さく震えているように見える。


「エミリーにとっては、このリングは友情の証みたいなものだったんだろ。でも、ソフィアはそれを壊した。しかも、へらへら笑ってさ」


 ソフィアの腕を握るケイの手に、グッと力が入る。そして、ケイの視線は鋭くなった。


「そんな事されたら、エミリーがなんて思うか考えたのかよ⁉」


 怒りを乗せた言葉が、ソフィアに襲い掛かる。ケイの言いたい事は、ソフィアにだってわかった。でも、いきなり怒鳴られたソフィアには、理解はできても納得はできなかった。


「痛いって、離してよ!」


 力任せに、ケイの手を振りほどく。赤い手形のついた腕を擦りながら、ソフィアは怒鳴った。


「そんな怒んなくてもいいじゃん! 大体、なんでケイが偉そうに説教してんのさ。ケイが怒る必要性ある⁉」

「そういう問題じゃないだろ!」


 ケイはソフィアの肩を掴むと、思いっきり突き飛ばした。ソフィアは体勢を崩し、尻餅をついてしまう。これが完全に、ソフィアに怒りのスイッチを押させてしまった。


「痛いじゃんバカ!」

「うるさい、あんたは黙って自分のどこが悪いか考えろよ!」

「壊れる物は壊れるでしょ!」

「お前の扱いが雑なんだよバカ!」


 聞くに堪えないののしり合いは、しばらく続いた。頭に血が上ったソフィアは、二人に謝ることもなく足早に帰った。

 その日の夜になっても、ソフィアのイライラは止まらなかった。確かに、エミリーには申し訳ないとか、彼女の中の友情の大切さなどは納得できるものだった。でも、ケイがそれを理由に突っかかってきた事は納得いかなかった。


「あぁもう、イライラするなぁ!」


 ベッドに寝転がっても、脳裏をちらつくのは喧嘩の場面ばかり。思い出してはイライラするの繰り返していた。

 そんな時、ソフィアのスマホが震えた。画面はSNSの通知を示していた。ソフィアは気晴らしに、すぐにそれを開いた。


「え、なにこれ……」


 ソフィアのアカウントに、個人メールが来ていた。しかも、全く知らないIDからだった。送り主の名前を見て、ソフィアは驚愕した。


「死神さん⁉」


 あまりにもふざけた名前だ。馬鹿らしくなり、メールを見ずに削除しようとしたが、操作しようとした指が止まった。

 ソフィアは思い出したのだ。死神さんの噂話を。

 今、中高生を中心に話題となっている都市伝説。その名も『死神さん』だ。ソフィアも、大体の内容は友達との会話から知っていた。何回か、いつもの三人でも話した話題だ。

 都市伝説の内容はこうだ。ある日、SNSで知らないアカウントからメールが届く。自らを死神と名乗り、復讐を代行すると言ってくるのだ。

 そのメールに、復讐したい相手の名前と復讐内容を一、二、三から選んで書き込む。そして返信すると、その選んだ内容に応じた復讐が行われるというものだ。

 一の内容は、物を無くしたり、小さな怪我をする、という小さな不幸に見舞われる。二の内容は、事故に遭ったり、ペットが死んだり、大切なものが壊れるという。そして三の内容は、相手の生命を脅かす、というものだ。

 常日頃から刺激に飢えている学生たちには、こう言った話はすぐに広まる。しかし、実際に依頼した人や被害に遭った人を誰も直接見たことはないらしい。ネットには、被害に遭ったという人もいるらしいが、信憑性には欠ける。

 だから、ソフィアはこの死神さんを名乗るメールを信じられなかった。きっと、誰かのいたずらだと思っていた。

 いつもなら、何も考えずメールを削除していただろう。でも、この日のソフィアは違った。喧嘩から引きずっていたイライラの矛先を見つけたのだ。



「――本当に、冗談半分だったんですよ。でも、エミリーは行方不明になって。ケイは学校に来なくなって、家に引きこもってるって」


 そう言いながら、ソフィアは顔を両手で覆った。それでも、涙は両手の隙間から溢れて止まらない。


「どうやら、ケイには脅迫メールが来たらしいわ。あくまで、生徒達の噂話だけど」


 リンちゃんも、かなり深刻な顔で言う。自分の身近な人が被害に遭ったんだ。とても他人事ではないだろう。

 カレンさんは、顎に手を当てて考える素振りをする。


「予想していたよりも、事は大きなものらしいね。とにかく、ソフィアちゃんに届いた死神さんのメールを見せてもらおうか」


 しかし、カレンさんの言葉にソフィアは首を横に振った。


「消しちゃったんです。最初は、ただのいたずらだと思ってたんで……。返信を送って、そのまま削除しちゃって」


 涙声で彼女はそう答えた。カレンさんは腕を組み、小さくため息をつく。


「なるほど。証拠という証拠は無し。それじゃあ、警察では相手にされないか。そこで、シャオを頼ってここに来た、と」

「さすがカレン、頭の回りだけは優れているわね」

「一言余計だよ」


 嫌な顔をしながら、カレンさんはコーヒーカップを傾けた。その間も、ソフィアは涙を流し続けていた。


「ソフィア、これで涙を拭いてね」


 あたしはポケットからハンカチを差し出す。彼女は、小さな声で礼を言うと涙で濡れた顔と手を拭き始める。

 それで多少スッキリしたのか、ソフィアは顔を上げた。目元は腫れて、赤くなっている。それでも、視線は真っすぐあたし達に向けられていた。


「お願いします、死神さんを止めてください。うちが死神さんに送った復讐内容は三です。命を狙うレベルだから、きっとケイも襲われちゃう。エミリーだって、どうなってるのかわからないのに……これ以上友達を失うのは、絶対イヤだから……」


 そう言いながら、再びソフィアは涙を溢れさせた。今度は嗚咽が混じるほどだ。彼女がどれほど二人を思っているのか、よくわかる。


「アタシからもお願い。死神さんを止めて」


 リンちゃんが、あのカレンさんに頭を下げた。きっと、本当はプライドが許さないだろう。でも、後輩のために頭を下げたんだ。どれほど本気なのかが伝わってくる。

 あたしは、カレンさんの横顔を見る。あたしとしても、今回の依頼を受けたいと思っている。でも、決定権はカレンさんにある。黙って、回答を待つしかできない。

カレンさんは、コーヒーを飲みながら、澄ました顔をしていた。右手に持ったカップを、コツンと音を立てさせながら受け皿に置く。


「元々、私に拒否権は無いだろ。なんせ、滞納した家賃を握られているんだからね。早速、明日から調査といこうか」


 カレンさんは、そう言いながらソフィアにウィンクした。泣いていた彼女の顔が、見る見るうちに笑顔へと変わっていく。


「ほ、本当ですか⁉」

「あぁ、可愛いレディに嘘はつかないさ。それで、君にも協力してもらいたいことがある」


 カレンさんは立ち上がった。人差し指を立てながら、得意気な顔をする。


「明日は、私と校内デートをしようじゃないか」


 全員の表情が、一瞬で呆れ顔になった。

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