第1話 復讐代行②

「えっと、その子は?」


 顔を窺うように見ると、リンちゃんと同じ制服を着た女の子がペコリと頭を下げた。


「初めまして。うち、ソフィア・カサトキナっていいます! シャオ先輩の後輩です!」


 緊張しているのか、固い表情で自己紹介を始めた。あたしも、軽く会釈を返す。

 カレンさんも、横目でソフィアちゃんを見た。そして、満足そうな顔になる。何か変な事でも考えてそうな、妙に卑しい表情だ。


「ほほぅ。今時の高校生は、本当に大人っぽいね。私のタイプかも」


 今からでも舌なめずりをしそうな、怪しい目つきでソフィアちゃんを見始めた。つま先から頭頂部まで、舐めるような視線を送るカレンさん。

 これはさすがに見逃せなかったのか、リンちゃんが猛スピードでカレンさんに詰め寄った。


「アタシの可愛い後輩に、なんて目を向けてんのよ!」

「いや、ごめんね。私、面食いなもんで」

「自分で言うな!」


 いつも通りのやり取りが始まってしまった。これには、傍から見ていたソフィアちゃんも苦笑いするしかなかった。

 会話が脱線しては、一向に話が進まないだろう。あたしは軽く手を叩いて、話の流れをリセットする。


「それで、ソフィアちゃん。いったいどんな要件かな?」

「あ、うちの事はソフィアでいいですよ、助手さん」


 キラキラの笑顔で距離を詰めてきた。これが青春の輝きか……。って、まだあたしは二十歳だけど。


「ちょっと待った。依頼はいいけど、報酬金を払えるようなお金はあるのかい? 私には普通の高校生が、そんな大金を持っているようには思えないのだけれど」


 確かに、依頼をするからにはお金がいる。勿論、依頼内容によって料金は変わってくる。でも、高校生のお小遣い程度で払えるような額ではないだろう。

 しかし、リンちゃんは「ふっふっふ」と笑った。まるで、待っていましたと言わんばかりな態度だ。


「それに関しては心配ご無用。カレンの未払い家賃から、報酬金は引かせてもらうから」

「うぐっ……!」


 カレンさんは、非常にバツの悪そうな顔をする。滞納している家賃を考えれば、大抵の依頼金なんてどうにかなるだろう。それぐらい、カレンさんは家賃を払っていないのだ。よく追い出されないものだ。


「そ、そんな……レーナちゃんと遊ぶお金が」

「だから、家賃を払いなさいよ!」

「こればかりは、カレンさんの日頃の行いですね」


 ここにはカレンさんを擁護するような人は、誰一人いなかった。

 まだ何か言いたそうに、口をパクパクするカレンさん。だが、言葉が出てこないのか黙ってソファに座りなおした。


「ってな訳だから、ソフィアの依頼受けてよね」

「あぁ、わかったよ。とりあえず、二人とも座って。小町、コーヒーを」


 カレンさんの向かいに、リンちゃんとソフィアは座る。あたしもコーヒーをテーブルに置いて、カレンさんの横に座った。


「それじゃあ、依頼内容を話してもらおうか。迷子のペット探しかい? それとも、浮気性の恋人を尾行するかい?」


 茶化すように言うカレンさんに、ソフィアは首を横に振った。どこか暗く、重い雰囲気が漂い始める。リンちゃんも同様に、真剣な面持ちでソフィアの顔を窺っていた。


「えっと……死神さんを止めて欲しいんです!」


 ソフィアは、ハッキリとそう言った。


「死神さん?」


 カレンさんは首をかしげながら訊き返した。ソフィアは、小さく「う~ん」と唸りながらも、口を開く。


「経緯を説明したほうが、わかりやすかもですかね。ちょっと長くなりますけど、いいですか?」


 申し訳なさそうに、ソフィアは問いかけた。


「いいよ、話してごらん。レディの長話は大好きだからさ」


 カレンさんは、コーヒーを飲みながら優しそうに言う。そんな言葉に、ソフィアは頷き、ぽつりぽつりと話し始めた。



 ソフィアの話した内容はこうだった。

 一年前。高校に入学したばかりだったが、ソフィアには仲の良い友人が二人できた。いつも気だるげな雰囲気だが、ファッションに関しては誰にも負けない熱量を持った渡辺ケイ。陽気な性格でおしゃべりだが、アクセサリーを手作りするほど手先の器用なエミリー・ライヴリー。二人とも、ソフィアと同じクラスの女の子だ。

 三人は、クラスの中でも常に一緒にいるほど仲が良かった。学校だけでなく、休みの日もどこかへ出かけたり、誰かの家に集まって遊んでいた。


「あのね、あのね……」


 いつも通り、三人は学校の中庭で食事をしていると、エミリーが笑顔で何かを取り出した。


「じゃじゃ~ん!」


 彼女の手には、シルバーのリングが二つあった。リングにはそれぞれ、赤と紫の宝石のような装飾が施されている。


「なんだ急に」


 紙パックのジュースを吸いながら、ケイがリングを覗き見る。ソフィアも同じように覗いていた。


「綺麗じゃん。新作のアクセ?」

「まぁ、そう言われればそうかな」


 ソフィアの問いに、エミリーは自慢気な顔で答える。そして、リングを二人に差し出した。


「はい、世界に一つだけのアクセサリーを二人にプレゼントしちゃう! この宝石部分は二人のイメージで選んだんだ」


 ケイには紫の装飾のリングを。ソフィアには赤の装飾のリングを手渡した。二人とも、目を輝かせながらリングを見つめていた。


「そして、エミリーはこれ! ほら、三人でお揃いだよ~」


 エミリーは首から下げていた小さなチェーンを引っ張り上げると、緑の装飾が付いた同じリングが出てきた。リングを頬に寄せ、嬉しそうな笑顔をしていた。


「すっご! これエミリーの自作だよね? 本当にうちにくれるの⁉」

「もちろん!」


 ソフィアは嬉しさのあまり、エミリーの手を取ってはしゃぎ始めた。それを横目にしながら、ケイはリングをまじまじと見つめる。


「むらさき……か」


 いつもジト目顔のケイだが、今日は一段とジト目が厳しい。そんな様子にエミリーは生唾を飲み込んでしまう。


「も、もしかして嫌だった……?」


 思わずソフィアも、エミリーの問いかけの答えを固唾を飲んで待った。


「いいじゃん、わたしの趣味よくわかってるね」


 少しだけ口角を上げ、ケイは笑った。その反応に、二人は手を取り合って喜んでいた。それからは、三人お揃いでこのリングを身に付けていた。

 だが、このアクセサリーがトラブルの引き金になってしまった。

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