第2章 信頼の弾丸

第1話 復讐代行①

 昼下がりの日光が、ブラインド越しに部屋を照らす。僅かに感じる温もりは、心さえも温かくしてくれる。

 ここは、橘探偵事務所。外観はどこにでもありそうな雑居ビルだけど、内装はちょっとしたカフェのような落ち着いた空間になっている。

 入り口を入るとすぐに、応接用のソファやテーブルが並んでいる。その奥には、デスクが二つ置いてある。一つは、内装に合った高級感のあるデスク。黒茶色で、艶やかな木製。椅子もそれに合わせて、近い色味をしている。これが、所長の橘カレンさんの席だ。あたしが憧れるような、ザ・探偵といったテイストだ。あたしもここに座りたい。

 でも、あたしの席はもう片方のデスク。木製ではあるが、造りがなんだか簡素な感じだ。使い古したような雰囲気もある。椅子は、どこにでもありそうな事務椅子だ。まさに下っ端に相応しい見た目。確かに、実際には見習い探偵なんだが。


「でも大丈夫。あたしには、こんなにも良い物があるんだし」


 デスクの上には、アンティーク調のタイプライター。そして、窓際にもアンティーク調のレコードプレーヤーが置いてある。あたしがこの事務所に持ち込んだ、数少ないアイテムだ。


「まさに、あたしの理想の探偵像がここにあるってね」


 内装や使っている物だけを見れば、あたしも一流探偵に近づけた気分になる。実際には、まだその道を歩き始めたばかりではあるが。


「でも、あたしだってちょっとは成長してるよね」


 レコードプレーヤーに針を落とす。すると、セットしてあったレコードの音楽が流れだす。曲は、落ち着いた雰囲気のジャズ。Gシティに来る前から、散々聴いていた曲だ。

 ピアノの心地よい音色に、サックスの音が程よいアクセントになって、事務所内を大人な空間にしていく。これを聴きながら報告書を書くなんて、まさに理想の探偵像だ。

 事務椅子に座り、タイプライターを打ち始める。書きかけだった報告書に、新たな文字が刻まれていく。内容は、先日達成した依頼の事だった。


「――無事に、行方不明だった猫を保護。依頼主の元へと届けましたっと」


 まさに、探偵の初歩中の初歩である迷子のペット探し。これをあたしは一人で達成できた。初めて一人で仕事をしたのだが、ビックリするほどスムーズに終わった。この成功体験は、あたしの心に自信を持たせてくれたのだ。


「見習だけど、成長してる。この調子で、あたしは一流探偵を目指すぞ~!」


 こんな調子で、次々と雑務を片付けていた。そんな時、事務所の扉が突然開いた。ドアベルの心地よい鐘の音がする。


「おはよ、小町」


 大きなあくびをしながら現れたのは、当事務所所長のカレンさんだった。


「おはようって……。もう昼過ぎてますよカレンさん」

「知ってる知ってる」


 そんな適当な事を言いながら、カレンさんは応接用のソファに座り込んだ。表情が若干辛そうに見える。こんな時間に起きてきて、そんな表情をするなら原因は決まっていた。


「二日酔いの薬、出しておきますね」

「あぁ、すまないね」

「またレーナさんの所ですか」

「まぁね」


 あたしは、デスク近くの薬が入った棚を漁りだす。探していた薬はすぐに見つかった。結構な頻度で取り出しているから、探すのは容易い。

 水を入れたコップと薬を持って、ソファで踏ん反り返るカレンさんの元へ。


「またかなり飲んだんじゃないんですか?」

「それは訊かないでほしいんだけど」

「家賃だってまだまだ滞納してるんですから」

「あー頭が痛くなる」


 耳を塞ごうとするカレンさん。でも、そうはさせない。


「それは二日酔いです」


 テーブルの上に、勢いよくコップと薬を置く。自由になった両手で、カレンさんの腕を掴む。そして、掴んだ腕を前後に揺らす。


「経済的にピンチなんですから! そこら辺はよく考えてください!」

「わかった、わかったから手を放してくれ! 気持ち悪くなる」

「あ、ごめんなさい」


 すぐに手を離したが、すでにカレンさんの顔色は白くなりつつあった。かなりグロッキーそうだ。


「そうだ、お昼ご飯はどうします?」

「今食べられると思うのかい?」

「ですよねぇ」


 そそくさと退散して、あたしは自分の仕事に戻った。



 そんなこんなで、時間は流れていく。気が付けば、日は大分落ちてきていた。ブラインドの隙間から、オレンジの西日が射しこんでくる。

 仕事もひと段落し、デスクで大きく伸びをしていると、何やら音がするのに気付いた。

 音は、事務所の扉の向こうからする。階段を勢いよく上がって来る足音のようだ。しかも一人だけではないらしい。バラバラの足音が聞こえてくるのだ。

 足音が、扉まで近づく。そして、ドアベルをけたたましく鳴らしながら扉が開いた。


「お疲れ様二人とも!」


 元気な声で入って来たのはリンちゃんだった。ポニーテールを激しく跳ねさせながらの登場だ。

 それにしても、今日はいつもと違って制服姿だ。時間的にも学校帰りみたいだった。


「いらっしゃいリンちゃん」


 あたしは椅子から立ち上がり、彼女の元へと向かう。


「やれやれ、やかましいのが来たよ」


 反対に、カレンさんは見向きもせずにソファで寝そべっていた。スマホで何かを見ているようだった。


「カレン、仕事の時間よ」


 いつもはカレンさんに突っかかるリンちゃんだったが、今日はいつもより冷静だった。きっとその理由は、彼女の後ろにいる女の子にあるのだろう。

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