第3話 誰が為の生贄か①

 ダメだ、いくら探しても同じ顔は見つからない。ネットの海を頑張って探索したのだが、見つからない。そもそもヒントが少なすぎる。

 日が昇り始める頃、カレンさんも帰ってきた。しかし、やはり何も収穫は無かったらしい。そのまま、あたし達は事務所で寝落ちしてしまった。



 遠くから、何か聞こえる。それは聞き覚えのある音だった。


「なに……? 着信音?」


 重い体を起こすと、鳴っているのはカレンさんのスマホだった。ソファで寝ていたカレンさんは、目をつぶったまま手探りでテーブルの上に置いてあるスマホを探した。

 すぐにスマホを手に取り、画面を確認している。


「あ、レーナちゃん」

「えぇっ⁉」


 その名前を聞いて、一瞬で目が覚める。カレンさんはすぐに電話に出ると、会話を始めた。


「カレンだよ。何かわかったのかい?」

「出てきたわよ、面白い情報がわんさかとね。詳しいデータを送ったから、詳細はそっちを確認してね」


 そう言うと、レーナさんからの電話は切れた。

 カレンさんはそのまま、送られてきたデータを確認し始めた。あたしも体を起こして、それを確認しようとする。しかしその前に、カレンさんは目を見開きながら飛び起きた。


「不味いな、イギリス料理よりも不味い」

「なんでいきなりディスってるんですか……」

「小町、今は何時だ?」


 そう言われるので、壁掛け時計を見る。時刻はすでに、おやつの時間に差し掛かっていた。


「っていうか、カレンさん自分のスマホで確認できるじゃないですか」

「あぁ、そうか。って、もうこんな時間か。小町、出かけるよ!」


 突然、カレンさんは外出の準備を始めた。あたしも慌てて用意をする。


「それと、適当にタクシーを呼んでくれ!」

「は、はい!」


 言われるままに、タクシーを呼びつける。到着次第、あたし達は車内に乗り込んだ。いったい今から、どこへ行こうというのだろうか。

 カレンさんは早口で、運転手に行き先を告げた。そこは、Gシティの郊外の住所だった。


「どうして急に、そんな所まで行くんですか?」

「そうだなぁ、着いてからのお楽しみってことで」


 よくわからない理由で、あたしは車に揺られることとなった。

 道中、カレンさんはレーナさんに連絡を入れていた。


「例の物、今から言う住所に届けて欲しい」


 カレンさんが伝えたのは、まさに今からあたし達が向かう先だった。例の物って、確かカレンさんが情報収集の依頼をした時に言っていたものだ。いったい何が届くというのだろう。


「いいけど、それなりに時間かかるよ?」

「それでもいいさ。可能な限り、急いでくれればね」


 電話を切ったカレンさんは、それから無言だった。何か考え事をずっとしているように見える。きっと、レーナさんから届いたデータについて考えているんだろう。

 そして、一時間半かけて目的地に到着した。着いたのは、大きな屋敷だった。表札にはこう書いてある。


「茜村……ってまさか?」

「あぁ、資産家の茜村善蔵の屋敷で、依頼人の住所さ」


 立派な門構えの洋館だ。塀は、どれほどの範囲を覆っているのか、今の場所からでは確認できない。それほどに、広い敷地だという事だ。

 カレンさんは、迷い無くインターホンを鳴らした。すると、すぐに聞き覚えのある声が流れてきた。


「あなた達は、橘探偵事務所の……」

「はい、ロバートソンさん。依頼の関係で、少々お話に参りました」


 カレンさんは、いつもになく丁寧な口調で話していた。そんな言葉遣いできたんですねって感じだ。


「しばらくお待ちください。奥様に確認を取らせていただきます」


 そう言うと、スピーカーからの音が途切れた。それから三分ほどすると、門が自動で開き始めた。


「どうぞお入りください。本館は、そのまま真っすぐ進んでもらえれば到着いたします」

「ありがとうございます。じゃ、行こうか小町」


 あたし達は、開かれた門の中へ足を踏み入れた。中は予想通り広い。建物も複数見える。

 庭には、石造りの噴水があり、低木が周囲を囲んでいる。ガーデニングもしているのか、色とりどりの花が見えた。

 ロバートソンさんの言う通り、真っすぐ進むと大きな洋館がそびえ立っていた。迫力のある光景に、あたしはただ息を吞むしかなかった。


「こんな豪邸に二人暮らしとは、恐ろしいぐらいだね」

「はい、凄いですよね」


 二人して館を見上げていると、玄関の扉が開いた。そこには、ロバートソンさんが立っていた。


「ようこそいらっしゃいました。さぁ、こちらへどうぞ。奥様がお待ちです」


 ロバートソンさんの案内に従い、あたし達は室内を進む。

 内装は非情にきらびやかで、絨毯じゅうたんもふかふかとしている。所々に置いてある花瓶は、どれも高価そうな見た目をしている。


「こちらでございます」


 しばらく中を進むと、ある一室に辿り着いた。扉を潜り中に入ると、廊下とはまた違った雰囲気の内装になっている。少し落ち着いた色使いになっている。

 その中央に、大きなテーブルと多くの椅子が置かれていた。恐らく、ここは客間なのだろう。そして、一番奥の椅子に五十代ほどの女性が座っていた。

 カレンさんは、その女性に目を向けると、背を正した。


「お初にお目にかかります。私は橘探偵事務所の所長、橘カレンです。こちらは、助手の宮坂小町です。よろしくお願いします」

「お、お願いします!」


 カレンさんの礼に合わせ、あたしも頭を下げた。すると、女性は立ち上がってこちらを向いた。


「意外と丁寧な挨拶をするのですね。わたしは、茜村聡子。ご存じの通り、旦那は亡くなったので、わたしがこの屋敷の主人です。さ、座ってくださいな」


 鋭い目つき、嫌に尖った鷲鼻。ギラギラとした宝石を身に纏ったこの女性が、茜村聡子。今回、スタッカートを捕まえて引き渡すように依頼した人物だ。

 あたし達は、聡子夫人に示された通り、椅子に腰かけた。すると、すかさずロバートソンさんが、テーブルにコーヒーを用意した。あたし達の前に差し出される。


「どうぞ飲んでくださいな。高級な豆を取り寄せて使っておりますの。そこらでは味わえない奥深さ、存分に堪能してください」


 そんな風に勧められたら、飲まざるを得ない。あたし達は、言われるがままにコーヒーを一口飲んだ。

 たちまち、苦味が口の中に広がる。しかし、今までに感じたことのない味がする。コクが深く、程よい酸味。ブラックコーヒーは苦手だが、その中でも一番美味しいと感じた。


「うん、これは確かに良い味ですね」


 カレンさんも満足そうに頷いている。あたし達がコーヒーカップを置くのを見ると、聡子夫人は口を開いた。


「それで、早速本題に入りましょうか。いったいどのようなご用件で?」


 夫人の鋭い目つきが細まり、さらに鋭利になる。鷲鼻も相まって、なんだか魔女にでも睨まれているような気分だ。


「はい、今日は少しお願いがありましてねぇ」


 カレンさんの顔つきが、いつものニヤニヤ顔に変わる。いったい、何のためにここへ来たのだろうか。ようやく、あたしにも目的が明かされそうだ。


「実は、あなたを護衛させて欲しいのです」


 ハッキリと、カレンさんはそう言った。わずかな沈黙が流れる。すると、聡子夫人は、眉をピクリと動かしながら強めの語気で話し始めた。


「どうしてわたしを護衛する必要があるんですの? あなたに依頼したのは、スタッカートの捕獲と引き渡しですのよ?」


 夫人の言う通りだ。あたし達の依頼内容とはかけ離れている。どうして、そんな提案をしたのだろうか。

 しかし、カレンさんはこんな事想定済みのようだった。ニヤニヤ顔は崩れない。


「私達は一度、スタッカートと対決しました。あともうちょっとってところまで追いつめたんですけど、逃げられちゃいましてねぇ……」


 ナチュラルに嘘をつくカレンさん。本当は、あたし達も命を落としていたかもしれないのに。


「そこで、私達はスタッカートを追うのではなく、待ち伏せる事にしたんですよ。そのためには、奴の狙いを知らなければならない。私は色々と調べました。すると、一つの結論に至ったんです」


 コーヒーを一口味わってから、カレンさんは結論を言った。


「スタッカートの次の狙いは、あなたです。茜村聡子夫人」

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