第3話 誰が為の生贄か②

「スタッカートの次の狙いは、あなたです。茜村聡子夫人」

「え、そうなんですか⁉」


 夫人ではなく、あたしが思わず声を上げてしまった。一拍遅れて、あたしは自分の口を押えた。が、もう遅い。あたしの驚きの声が、静かな部屋を漂う。

 そんな中、夫人の反応はというと。


「……」


 特に声を上げる事もなく、平然としているように見えた。何故、本人はこんなにも余裕そうなのか。


「と、そう言う訳で、護衛させていただきたいんですよ。よろしいですね?」

「なぜ、わたしが狙われるというの?」


 夫人の疑問はもっともだ。あたしにも理由がわからない。あれほどまで、スタッカートが狙う人の法則性を考え、至った結論がGテクノロジーの関連企業などに勤めている人だった。

 しかし、夫人は違う。この人は資産家だ。それなのに、どうして狙われると断言できるのだろうか。


「実は、決定的な証拠を入手したんですよ」


 カレンさんは、ポケットからスマホを取り出す。そして、レーナさんから送られてきたデータを開いた。

 その中の一つ。何やら、名簿のようなものを画面に映し出す。


「これに、見覚えは?」


 画面を夫人に見せると、彼女は一瞬で青ざめていった。取り乱したのか、椅子がガタッと音を立てる。


「どうやら知っているらしいね。小町も見てみるかい?」


 今度はあたしに画面が向けられる。その名簿に書かれた名前に目を通してみる。すると、見覚えのある名前しか書かれていなかった。


「これって、今までスタッカートに殺害された人達⁉」

「その通り。そして、ここを見てごらん」


 画面を動かし、名簿の下の方を拡大して見せてきた。


「えっと……茜村、聡子――」

「そう! この名簿には、スタッカートの被害者達の名前と、まだ被害に遭っていない人の名前が記載されている。被害にあっていない最後の一人が、茜村聡子。あなただ」


 カレンさんは、渾身のドヤ顔で人差し指を突き立てた。すると、夫人の顔はさらに青ざめていく。


「それにしても、このリストっていったい何なんですか?」


 もう一度、カレンさんのスマホ画面を見る。名簿の上部には、太字で書かれている文字があった。


「『秘密生体兵器開発者名簿』……?」


 読んでみても、よくわからない。兵器開発をしている人の名簿?


「だ、黙れっ!」


 突然、怒号が響いた。あまりの大きな声に、あたしは肩と跳ね上がらせてしまった。声の主は、聡子夫人だった。

 額に青筋を走らせ、目は見開かれている。表情は怒りそのもの。明らかに、様子がおかしかった。傍で見ていたロバートソンさんも、驚きの表情を向けている。


「そんなもの、わたしは知らない! 見たこともない!」


 取り乱しながら、夫人は額に手を当てて俯いていた。怒りと怯えを抱え込んでいる様子だ。こんなの、何か知っていますと言っているようなものだ。

 しかし、カレンさんはそんな様子を見ても余裕の態度だ。小さくため息をつきながら、スマホを操作する。


「はぁ、まぁご存じないと言うなら、次に行きますか。この男性に見覚えは?」


 スマホの画面には、何やら男性の写真とプロフィールみたいなものが載っている。それを夫人に突きつけた。


「し……知らないと言っているでしょうが!」


 だけれど、あたしもカレンさんも見逃さなかった。写真を見た瞬間、夫人の目は驚きを隠せていなかった。


「いったい、どんな写真なんですか――」


 スマホの画面を覗き込む。その男性は、間違いなく見たことがある人物だった。


「スタッカート⁉」


 写真の男性は、あの日見たスタッカートと同じ顔をしている。この男に、フードを被せれば完璧だ。

 スタッカートの写真の横には、名前が書いてあった。


「嶋田誠道。これが、スタッカートの本名ですか?」

「あぁ。スタッカートこと、嶋田誠道はどうやらGシティの隣町に住んでいたらしいね。この資料によれば、嶋田は強引に実験体として選ばれたようだが……?」


 衝撃的な言葉が出てきた。人体実験を強引に行ったということだ。

 スタッカートの正体は嶋田。秘密生体兵器開発の名簿。嶋田は、無理やり実験体をやらされた。点と点が、少しずつ繋がっていく。強引に組み合わせてみれば、それらしい答えが見えてきた。


「スタッカートの目的は、復讐?」

「いい線いってるね、小町。私もそう睨んでいるよ」


 カレンさんは椅子から立ち上がり、室内を行ったり来たりし始めた。その間も、夫人を横目に見ながら、不敵に笑っている。


「恐らく、夫人は知っていたんじゃないんですか? 自分が狙われる事を」


 しかし、夫人は答えない。無言で、コーヒーカップの中を見つめているだけだ。それでも、カレンさんは言葉を続ける。


「私は、依頼を受けた時に二つ疑問に思ったんですよ。一つは、何故依頼主である聡子夫人ご本人がいらっしゃらないのか。まぁ、ご夫人にも色々と予定はあるでしょう。旦那様も亡くなったばかりでしたから、さぞ忙しかったでしょうし」


 すると、カレンさんはテーブルに手を突いた。前のめりになり、夫人に顔を寄せる。


「でも、本当は外に出たくなかったからじゃないですか? 自分が狙われていると知って、外に出るのが怖かった。旦那様も殺害された直後でしたから、なお怖かったんでしょうね」


 確かに、神出鬼没のスタッカートに狙われていると知れば、外出なんてできないだろう。あたしだったら、怖くてベットからも出られそうにない。

 カレンさんは再びテーブルから離れ、室内を歩き始めた。


「二つ目は、依頼内容です。スタッカートを捕まえて欲しい。それは十分理解できます。街をおびやかしている悪党ですからね。ですが、捕まえたスタッカートを引き渡せとおっしゃる。警察に突きだせと言うのならわかります。でも、夫人の元に連れてこいと言うのですよ。普通に考えれば、おかしな話じゃないですか」


 あれほど怒りで真っ赤だった夫人の顔は、今では真逆の色をしている。顔面蒼白。苦しそうな表情をしている。


「聡子夫人自ら、旦那様の仇を取りたいとでも言うのですか? そこまでアクティブな人には見えない。だとすれば、夫人はスタッカートが警察の手に渡るのが嫌だった。自身が関わった秘密研究が世に出て、非人道的な実験に手を貸しているのを知られたくなかった。そこで、私達を利用し、秘密裏にスタッカートを消したい」


 カレンさんは、コーヒーカップを持ち上げた。一口味わうと、意地悪な笑顔を見せる。


「どうですか、私の推理は?」


 全員の視線が、聡子夫人に集まる。証拠もある、辻褄も合う。ここまで言われて、夫人は何と返すのだろうか。

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