第2話 光の切れ間⑤

 予想通り、カレンさんは酔いつぶれるまでお酒を飲み続けた。


「こまち~、私の酒が飲めないっていうのか~」

「あたしも楽しみましたから、ほら帰りましょうよ」


 すっかり千鳥足のカレンさんを支えながら、店から出る。レーナさんも心配してか、店の外まで付き添ってくれた。


「ごめんね助手ちゃん。思わず飲ませすぎちゃったわ」

「大丈夫ですよ。カレンさんってそういう人じゃないですか」


 それを言うと、レーナさんは可笑しそうに笑った。どうやら、レーナさんもカレンさんの介抱には慣れているらしい。


「それじゃ、カレンをよろしくね。情報の方は、なるべく早く集めるわ。また連絡するわね」

「はい、どうかよろしくお願いします」

「こまち、つぎのお店はどこ行こうか~」


 ベロベロのカレンさんの言う事は無視して、あたし達は事務所へと帰った。



 翌日、カレンさんは頭を押さえながら、お昼頃に起きてきた。案の定、二日酔いのようだ。


「ご飯は食べられそうですか?」


 薬を渡しながら、あたしは調理途中の野菜を指差した。この事務所は、上の階が居住スペースになっている。だから、カレンさんもあたしもここに住んでいる。


「ちょっとなら食べられそうだ」


 そう言うので、あたしは調理を再開した。

 簡単に食事を終えると事務所へ行き、仕事を始める。


「小町、方針を変更しよう」


 コーヒーを飲みながら、カレンさんは唐突にそう言った。所長用の事務椅子に座り、真剣な顔をしている。どうやら、真面目なお仕事モードらしい。


「昨日見た通り、スタッカートの能力は桁違いだ。あれなら、警察が追いつけないと言うのも納得できる」

「確かに、あれを捕まえられる気はしないですね……」


 建物もひとっ跳びするような奴を追いかけるのは、骨が折れるだろう。


「そこで、スタッカートを追うのではなく、待つことにする」

「つまり、待ち伏せるってことですか?」


 でも、ここで疑問が生まれる。スタッカートが通り魔たる所以ゆえんだ。


「神出鬼没で無差別に人を襲う相手に、待ち伏せなんてできるんですか?」


 今まで警察は、被害者の共通点を見つけられていない。つまり、襲われる人の法則性がわからないでいた。だから、スタッカートは通り魔殺人犯なのだ。

 この、さも当然な疑問の答えを知っているのか、カレンさんはニヤニヤ顔になる。


「いや、スタッカートは狙う人をあらかじめ決めていると思われる」


 自信満々に、そう言った。そして、あたしの前に二本指を突き立てた。


「理由は二つ。一つは、スタッカートが去り際言った言葉だ。奴は『俺が目的を果たしたら、次はお前達を殺してやる』とハッキリ言った」


 指を一本折りながら、したり顔で続けた。


「目的と言った以上、そこには何かしらの法則性がありそうだろう。そして、奴の目的が何なのかも、突き止めきゃいけない」


 その通りだ。何人もの命を奪うその理由、目的は明らかにしなければならない。スタッカートを止めるためには、それを知らないといけない。


「そして、もう一つだが。それは昨日の被害者が持っていた持ち物だ。小町も、レーナちゃんに渡しているところは見ただろう?」


 そう言われて思い出す。情報収集の依頼として、渡していたのがあのパスカードだ。


「って、あれは被害者の持ち物だったんですか⁉ 勝手に持ち出したら不味いんじゃ……」


 警察が現場に到着してから、カレンさんはあたしと一緒にいた。だから、あのパスカードについて報告も何もしていない事は知っている。


「マリーはブチ切れるかもね」

「穏やかじゃない……」


 カレンさんは、しれっと大事な証拠品を盗み出していたのだ。そんな事、許されるのだろうか。心配で頭が痛い。


「あのパスカード、実に怪しさが満点だったからね。社名も記載されていない、どこで作られたかも記載されてなかった。あの手のタイプは、大体研究区で使用されるものだ。それなのに一切情報が書かれていない真っ白なパスカード。いかにも怪しいだろう?」


 研究区。Gシティの一角にある場所で、名の通り研究機関が集合した土地だ。重要な施設故に、情報管理などは徹底されるはずだ。

 そんな場所で使われるパスカードが、まっさらだったなんておかしな話だ。カレンさんの言う通り、怪しさが漂っている。


「これが、ただの変哲もないパスカードなら良い。だがもし、これがスタッカートのヒントになるなら……」

「何か、大きなものが見えそうですね……」


 底知れぬ、深い謎が現れそうな気がする。


「あら、珍しく真面目な雰囲気じゃない」


 事務所の扉が開き、現れたのはリンちゃんだった。あたし達の会話が聞こえていたのか、落ち着いたトーンで話しかけてきた。


「何言っているんだい。私達はいつだって真面目だろ?」

「あんたは鏡を見てきなさい」


 一瞬で真面目評価は崩れ去った。しかし、そんな空気をリセットするように、カレンさんは軽く咳払いをした。


「じゃあ小町、昨日マリーからもらったデータを整理してほしい。過去の被害者の情報をまとめてくれないか」

「わかりました。そこから共通点を洗い出すんですね」


 カレンさんからデータチップを受け取ると、コンピューターに読み込ませる。スタッカートが言っていた目的が何なのか、それを見つけるためには、この作業はとても重要だ。

 あたしは意気込んで作業を開始する。


「よしよし、ちゃんと働いてるわね。これなら、家賃も回収できそうね」


 働くあたし達の様子を見て、リンちゃんは嬉しそうに笑った。いつも迷惑かけてる分、安心しているようで良かった。

 しばらくして、あたしは被害者リストをまとめ終わった。データをカレンさんのスマホにも送り、三人でそれをチェックした。


「これが全員、スタッカートに殺害された人達なのよね……。すごい人数だわ」

「さらに、昨日殺害された男性が一人いる。このリストには入っていないけれどね」


 改めて確認すると、スタッカートの恐ろしさを再認識する。人間離れした運動能力だけじゃない。これだけの人を殺害することができる、その精神の異常さだ。

 遺体一つを見ただけでも、あたしは近寄れないほどに怖かった。でもスタッカートは、とっくにその次元を超えている。なぜ、そんなにも人を殺すのか。それを、急いで解明しなければならない。

 でも、あたしは早くもお手上げに近い状態だった。

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