第2話 光の切れ間④
カレンさんは、休む暇を与えることなく撃ち続けた。だが、スタッカートも馬鹿ではなかった。後方に飛び退き、回避行動に専念し始めた。
流石の身体能力。射撃の得意なカレンさんの弾を、高速で移動し避けている。
「決めたぜ、てめぇらは殺す!」
そう宣言したスタッカートの目が、ギラリと奇妙なほどに光った。すると、顔つきが見る見るうちに変わっていく。それはもう、骨格レベルの変化だった。
「な、なんですかアレ⁉」
「ちょっと、ヤバそうな雰囲気だね」
顔だけではない。身体もだんだん大きくなっている。筋肉が盛り上がり、服装を内側から圧迫していく。さらに、体中が毛に覆われていく。
その姿は本物の獣のようだった。
「これじゃあまるで、狼男じゃないか」
顔つきはまさに狼。しかし、瞳はネコ科の猛獣のようだ。服の袖からは、先ほどよりも長くて大きい爪が出ている。スタッカートは、化け物に変わった。
「俺の邪魔をするなっ!」
まるで咆哮のような叫びと共に、スタッカートは飛び上がった。両側の建物の壁を蹴り、ジグザグに進んでくる。それも、凄まじいスピードだ。
「ちっ! なんて速さだ!」
カレンさんは、何発も銃弾を撃つが当たらない。あまりの速さに、照準が合わないらしい。そんなカレンさんに、スタッカートは容赦なく襲い掛かった。爪の先が、カレンさんの体目掛けて振り下ろされる。
「ぅおっと!」
なんとかギリギリで避けたカレンさん。先ほどまでカレンさんがいた地面に、勢いよく爪が突き刺さる。コンクリート相手でも、凄まじい破壊力だ。
だが、それが一瞬の隙を生んだ。
「そこだっ!」
体勢を崩しながら、確実に狙いを定める。連続で拳銃は弾を放つ。弾は、腕と胸、腹に命中した。
「こいつ⁉」
表情を歪めながらも、スタッカートは地面に突き刺さった爪を抜きながら、腕を横に振り払った。体勢を崩しているカレンさんが、これを避けられるはずもなかった。太い腕がカレンさんの体にぶつかる。
勢いよく吹っ飛ばされるカレンさん。身体は宙を舞い、近くのごみ置き場に落下した。
「カレンさん!」
歯を食いしばりながら、カレンさんは起き上がろうとしていた。大丈夫、生きている。一方のスタッカートも、撃たれた箇所が痛むのか、血を流しながら、一歩ずつ後退していた。
「確か、武闘派探偵とか言ったな……」
あれほど
「俺が目的を果たしたら、次はお前達を殺してやる。覚悟しておけ!」
そう叫ぶと、スタッカートは勢いよく飛び上がった。その跳躍は、両側の建物も軽く飛び越えるほどだった。あっという間に、姿が見えなくなる。
「イタタタタ……。逃げて行ったか」
「大丈夫ですか、カレンさん」
体が痛むのか、上手く起き上がれないカレンさんに手を差し伸べる。どうやら、ごみの山がクッション代わりになったらしい。目立った外傷は無い。とりあえず、ホッと安堵のため息が零れ出る。
「それより小町、早く警察と救急を」
そう言いながら、カレンさんの目は地面に転がる遺体に向けられていた。確かに、こんなの放置できる訳がない。あたしは急いで連絡を入れた。
その間も、カレンさんは遺体を見ていた。近づいて、顔や傷、持ち物などを確認しているようだった。
あたしなら、絶対に近づけない。今でさえ、これ以上近づいたら吐き気がしそうだ。慣れているのだろうとは言え、よくもそこまでできるものだ。
やっぱり、それぐらいできなければ憧れの探偵像には近づけないのだろうか。
数分後、警察と救急隊が到着した。
「……なんでお前達がいるんだ」
現れたのは、ファルネーゼさんだった。そうか、当直だって言ってたもんなぁ。
「まったく、言った傍からこれか」
「あれ? もしかして私達が羨ましいのかな? そりゃスタッカートと戦えたからねぇ」
「あぁもううるさい! 仕事の邪魔をするな!」
執拗に絡むカレンさんを引き剥がし、ファルネーゼさんは遺体のあった場所へと向かった。あたし達は他の警官から事情聴取を受け、三十分ほどで解放された。時刻はとっくに日付を
「さて、喉も乾いたし、ちょっと店に寄っていくかな」
「いいですけど、こんな時間にやってる所ってどこですか? ファミレスとか?」
思いつくのがそれぐらいだったのだが、どうやら外れているらしい。意味有り気にふふふ、とカレンさんは笑った。
「すっごく良い所!」
そうして連れてこられたのは、ビル街から近い歓楽街だった。こんな時刻でも、賑わいに溢れている。ついでに、酔いつぶれた人もちらほらと見かけられた。
「あの……なんだか嫌な予感がするんですけど」
「気のせい気のせい。ほら、もうすぐ着くからさ」
辿り着いたのは、ネオンピンクの眩しい看板のお店。そこには『エデン・バタフライ』と大きく書かれていた。
「キャバクラじゃないですか……」
「そんな所に突っ立ってないで、さぁ入った入った」
半ば強引に、カレンさんに店内へ連れ込まれてしまった。入り口に立っていた男性に、カレンさんは気さくに話しかけている。相手も、カレンさんとは顔見知りなのか砕けた口調で話していた。
そして、店内へ通された。すぐ目に飛び込んできたのは、内装の煌びやかさだ。どこを見ても眩しすぎる。
そんな中、あちこちの席で賑やかな談笑が聞こえる。その席の間を抜けて、一番奥の席へと座った。
「小町は、こういう場所は初めてかい?」
「ええ、そうですけど」
二十歳を迎えて、まだ数か月しか経っていない。それなのに、通い慣れていたらどうなのかとも思う。
周りを見渡すと、内装の煌びやかさに負けないほど、美しいドレス姿の女性達がいる。まるで別世界に来たかのような派手さだ。
「あんまりきょろきょろしてると、あっと言う間に飲まされちまうよ」
そう言うカレンさんは、恐ろしいほどリラックスしていた。やっぱりこの人、通い慣れている。きっと、払われるべき家賃もここで消えていったのだろう。
「なんで喉が渇いた、と言って入る店がここなんですか?」
「ついでだよ。色々とね」
「何がついで、ですか。カレンさん、遊びに来たかっただけじゃないんですか?」
スタッカートとの激しい戦闘後に、こんなお店に来るなんて、落差が激しすぎて混乱しそうになる。
「あ、カレン! いらっしゃい♪」
「やぁ、レーナちゃん。また来たよ」
カレンさんと仲が良さそうに挨拶しながら、一人の女性が現れた。真っ赤なドレスに身を包み、ウェーブのかかった髪を揺らしていた。
「あれ、君は初めましてよね?」
あたしに気が付いたのか、意外そうな目であたしとカレンさんを交互に見た。
「こいつは宮坂小町。私の助手みたいなものさ」
「へぇ~君が助手ちゃんね。度々話に聞いているわ、よろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします……」
挨拶を済ませると、レーナさんはあたしとカレンさんの間に座った。とても甘い香水の香りが、鼻孔をくすぐる。
なんだか、大人の色気を纏った人だ。隣に居られるだけで、緊張してきてしまう。
「助手ちゃんがいるってことは、今日はお仕事の話?」
お酒を注ぎながら、レーナさんはそう言った。
「そうなんだよ。また、お願いしたい事があってね」
「いったいどんな内容なの? なんだかワクワクしてくるわ~」
カレンさんは、懐から何か白いカードのような物をテーブルに置いた。レーナさんは、興味深そうに覗いている。
「これまた、謎の深そうなパスカードね」
「そうなんだよ」
レーナさんは、カードを見ただけでどんな物か言い当ててしまった。しかし、驚きはこれだけで終わらなかった。
「このパスカードが使われている区画の場所と、そこの情報収集をお願いしたい」
「了解、任せてね」
カレンさんが、レーナさんに何やら依頼していた。
「え、なんですか情報収集って……。レーナさんは、何者なんですか?」
パスカードを手にしながら、レーナさんはミステリアスに微笑んだ。何か、引き込まれそうなほどの魅力が溢れ出している。
「あら、カレンから聞いてないの? わたしは、情報屋でもあるのよ」
小さな声で、レーナさんはそう言った。
「じゃあ、キャバ嬢じゃないんですか?」
「ううん、それは表の顔。こうして、情報を欲している人と取引するのが裏の顔ってわけなのよ」
そう言うと、レーナさんはウィンクを飛ばしてきた。何だか、話を聞けば聞くほどミステリアスな人だ。
「あと、前々から言ってた例の物。是非とも準備してほしい」
「へぇ、あれが必要になるなんてね。了解、早速準備しておくわ」
「よろしく頼むよ。それじゃ、仕事の話は終わり。パーッと飲もうか!」
カレンさんは、グラスに注がれたお酒をグビッと飲み干す。どうやら、真面目な話はこれで終わったらしい。解放されたように、カレンさんは飲み始めた。
「いい飲みっぷりじゃん。ほら、もう一杯どう?」
すかさずレーナさんも、空いたグラスにおかわりを注ぐ。このハイペース、嫌な予感がする。というか、過去にも経験がある。あの時は、事務所でだったけれど。
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