第2話 光の切れ間③

 あたし達は立ち上がると、急いで公園を出た。恐らく、方向的にはビル街からだ。公園の横には、大きな道路が通っている。その向こうにビル街はある。

 歩道橋を渡り、道路を越え、ビル街に到着する。まばらな通行人たちも男性の悲鳴を聞いたのか、ある一角の路地に視線を送っていた。

 そこであたしは、ようやく気が付いた。この時間帯、そして人気の少ない路地。条件はバッチリ合っている。


「カレンさん、もしかして……」

「あぁ、スタッカートの可能性が高い!」


 この狭い路地の先、本当にスタッカートがいたら。そう思うと、背筋に悪寒が走る。

どんな化け物なのだろう。出会ってしまったら、生きて帰れないかもしれない。悪い考えばかりが浮かぶ。

 でも、カレンさんは違った。迷い無く、先へ先へと進んで行く。その背中は、全く恐怖など無いように見えてしまう。


「ん? あれは……」


 しばらく進むと、人影が見えた。一瞬ビビッてしまったが、明らかに人間だ。化け物ではない。そうなると、悲鳴を上げた男性だろうか。とにかく、ここにいては襲われてしまうかもしれない。


「そこの人! 危ないですから、今すぐ逃げ――」


 喉がキュッと閉まる感覚がする。そのせいか、言葉が途切れる。直後、身体は恐怖で動かなくなってしまった。

 人影は、パーカーを着た男性だった。しかし、その体は真っ赤になっている。考えなくてもわかる、あれは血だ。しかも、返り血。男性自体が出血しているようには、どう考えても見えない。

 そして、男性の足元には何かが転がっている。


「あ、あれは……人⁉」

「どうやら、一足遅かったらしいね」


 男性の足元にあったのは、横たわった人だった。腹部を中心に血が溢れ出し、小さな池を作っていた。


「腹部を大きく切り裂かれている。あれじゃ、もう手遅れだろう」

「そんな……」

「この手口、間違いない」


 カレンさんは、ホルスターから拳銃を抜いた。銃口をパーカーの男性に向ける。


「アンタだね、スタッカートは」


 威圧するようなピリピリとした声が、狭い路地に反響した。

 男はうんともすんとも言わず、黙ってこちらを見てきた。フードを被っているお陰で、顔はハッキリと見えない。でも、その奥で嫌に光る瞳がある。まるで、獣のような目。

 しかし、体型は人間そのものだ。特に化け物には見えない。


「本当に、この人がスタッカートなんですか?」

「あぁ、奴の腕を見てみろ」


 そう言われ、視線を腕に向ける。すると、服の袖口から鋭い何かが飛び出ていた。先端部分から、血が滴っている。


「凶器……? まるで爪みたいな――」


 次の瞬間。スタッカートが、一瞬で目の前まで迫ってきた。まるで瞬間移動。あっという間に距離を詰められてしまった。


「見たな」


 スタッカートはそう言うと、大きく振りかぶった。その手には、あの大きな爪らしきものが生えている。これであたしを殺そうと言うのだろうか。


「よっと!」


 爪が振り下ろされる瞬間、あたしの視界を影が覆った。カレンさんの背中だ。直後、甲高い金属音が鳴り響いた。


「なに……?」


 カレンさんの素早い動きに、スタッカートも驚いたらしい。かく言うあたしは、恐怖のあまり尻餅をついてしまった。


「やぁ、スタッカート。こんな場所で有名人に会えるなんてね!」


 スタッカートの鋭い爪を、カレンさんは拳銃で受け止めたらしい。そして、爪を押し返し銃口を相手に向ける。そのまま、すかさず発砲。

 しかし、弾は外れた。近距離の発砲にも関わらず、スタッカートは避けたのだ。一瞬で体を逸らし、ギリギリ避けたようだ。


「危ないじゃねぇか。俺じゃなかったら当たっていたぜ?」

「当てるつもりで撃ったんだけどなぁ」


 カレンさんは続けて二発目を放った。有無を言わせない連続攻撃だ。

 銃弾は真っすぐスタッカートへと飛んだ。しかし、銃弾は弾かれてしまった。スタッカートが爪でガードしたのだ。


「嘘だろ」


 流石のカレンさんも驚いたらしい。攻撃の手が止まってしまうほどに。


「問答無用で殺す気か。お前、何者だ? 警察じゃないみたいだが」

「私か? 私を知らないとは、どうやらよっぽどの田舎者らしいな」


 改めて銃を構えなおした。その表情は、いつものニヤニヤ顔だった。


「私は橘カレン。この街一番の、武闘派探偵さ」


 そのまま再び、カレンさんは拳銃を撃った。しかし、スタッカートが爪を振り払うと、キーンとした耳障りな音が響いた。またしても、銃弾が弾かれたのだ。


「何故俺の邪魔をする? 殺されたいのか?」

「死にたくて戦う馬鹿はいないさ」


 拳銃を持っていない片方の手を、カレンさんはそっと腰に回した。


「なら、そのバカ第一号にしてやるよ!」


 スタッカートが飛びかかってきた。すかさずカレンさんは拳銃を撃つが、これまた弾かれてしまう。


「無駄だと学べよバカ!」

「馬鹿はどっちかな?」


 カレンさんは、腰に回していた手をスタッカートに向ける。その手にも、拳銃が握られていた。そう、カレンさんは日頃から拳銃を二丁持ち歩いている。

 突然出てきたもう一丁の拳銃に、流石のスタッカートも驚いたらしい。その隙をカレンさんは見逃さない。二丁の拳銃が一斉に火を噴いた。


「くそっ⁉」


 スタッカートは爪を振り払うが、防げた弾丸は一発だけ。もう一発は肩に命中した。

 痛むのか、小さくうめき声を上げながら着地する。すると、被っていたフードが浮き上がり、顔が露になった。

 普通の青年だ。どこにでもいそうな、ありふれた顔。だが、瞳だけが違った。猛獣のように、瞳孔が縦に細長い。


「あれがスタッカート……。人間だけど、人間じゃない」

「どんな奴だろうと、捕らえてやるさ」

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