第2話 光の切れ間①

カレンさんは、二つ返事で依頼を受けた。それがどうしても、あたしには理解できなかった。


「なんで引き受けたんですか? 警察でさえ手を焼いている相手なのに」

「警察も手こずってるから、私達に依頼したんだろう。なら受けるしかないさ」


 そう言いながらも、カレンさんの表情はニヤニヤしていた。考えなくてもわかる。


「もしかして、スタッカートの正体を自分で暴きたいから、ですか?」

「わかっているじゃないか、その通りさ」


 なんの躊躇いもなく、堂々とそう言った。まぁ、そういう性格の人だから、何となく察しは付く。


「それで、これからどこに行くんですか?」


 今は夕方。街灯が灯り始め、街は暖かな光に包まれていく。その中を、あたしとカレンさんは歩いていた。


「まず必要なのは、情報だよ。それを得なければ、ろくに動けないだろう。シャオから、これだけ報酬が貰えれば家賃もすぐ払えるね、なんて言われたんだ。やりきらなきゃならないだろう」


 そう言いながら、カレンさんは迷い無く進んで行く。五分ほど歩くと、カフェに着いた。ここはカレンさんお気に入りのお店だ。何度か連れて来てもらったことがある。

 店内は少し薄暗く、隠れ家的な印象を受ける。


「やぁ、マスター。待ち人は来ているかい?」


 カレンさんは、ちょび髭面のマスターに声をかける。すると、マスターは無言で店内の一番奥のテーブル席を指差した。


「ありがとう。ついでに、ブラックコーヒーを一つ。小町は?」

「あ、あたしも同じで」

「強がっちゃって」

「いいじゃないですか」


 こんなにも良い雰囲気のお店なら、強がりたいものだ。

 そんな事を話しながら奥へ進むと、一人の女性の姿が見えた。褐色のロングヘアで、誰が待っているのか理解した。見慣れた人だ。


「遅かったじゃないか、待ったぞ」


 不満そうな顔をしながらこちらを振り向いたのは、マリベル・ファルネーゼさんだった。カレンさんと同い年で、微妙に仲が悪い。

そして何より、彼女はエリート警官なのだ。それで、カレンさんの狙いがわかった。


「遅くはないだろう。集合時間から三分しか遅れてない」

「こういうのは、呼んだ側が早く来るものだろう。昔から変わらないな、お前は」

「あらら、もう昔話するような歳でしたか~」


 席に着きながら、カレンさんは煽り立てる。それにイラっときたのか、ファルネーゼさんの片眉がピクリと引きつった。


「橘、貴様情報はいらんのか?」

「ほら、すぐそうやって怒る。更年期始まったんじゃないのかい?」

「同い年だろうが!」


 まぁ、こんな感じが通常運転。依頼の関係で、ファルネーゼさんにはお世話になることが多い。事件現場だったり、今回の情報提供だったりで。


「とりあえず本題に入りましょうよ、お二人とも」

「おっと、そうだったね。マリーをいじるのが楽しくて」

「私で遊ぶな! あとマリーと呼ぶことを許可した覚えは無い!」


 ダメだこりゃ、仲裁に入るだけ無駄なのだろう。でも、こんな二人でも仕事が回るから不思議なものだ。


「それで、橘のところにも遂に依頼が来たか」

「いつまで経っても、警察が無能なせいでね」


 カレンさんの煽りに、言い返そうとするファルネーゼさんだが、ここはグッと堪えた。きっと、警察の現状を考えれば返す言葉も無いのかもしれない。それはそれで可哀想だけれど。


「うちとしても、かなり手こずっているんだ。ろくな証拠も目撃証言も得られないしな」

「やっぱりスタッカートは、あえて人気のない場所で犯行に及んでいるんだね」


 確かに、そう聞くとやはり犯人は化け物なんかじゃないと思える。十五回も犯行に及んで、どれも目撃者が極端に少ないとなると、殺害のタイミングを選んでいるようにしか見えない。


「これに、過去の犯行現場のデータと襲われた被害者のデータがまとめてある」


 ファルネーゼさんはそう言うと、データチップを差し出した。警察の調査データという事もあり、信憑性は十分だろう。大きな調査材料だ。


「あと、こっちは今朝の事件のデータだ。希望通りチップには入れていない。今から送信する」


 そう言いながら、ファルネーゼさんはスマホを取り出し、操作した。すると、カレンさんのスマホに通知が来た。データを受信したと知らせている。


「この後、現場を調べに行くのか?」

「あぁ、そのつもりさ」


 丁度、マスターがコーヒーを運んできた。カレンさんはそれを受け取ると、すぐに飲み始める。あたしも受け取り、一口いただく。


「やっぱり苦い……」

「ふふっ。相変わらずだな、宮坂は」


 ファルネーゼさんに笑われてしまった。でも、何度も見られてはいるので今更気にしない。


「一応、マリーの見解も訊いておこうか。スタッカートの正体、どう思う?」


 カレンさんもファルネーゼさんも、一番真剣な表情に変わった。本気のプロ同士という雰囲気だ。


「私は正直わからない。だが、奴は人ではない。これは間違いないだろう」

「えっ? それって噂になっている化け物ってことですか?」


 予想外の言葉が出てきた。カレンさんの言う通り、犯人は人間だと思っていた。でも、ここにきて、警察側の意見が化け物だと言うのだ。


「これは世間に出ていない情報だが、奴の身体能力は化け物のそれだ。一度、警察車両がスタッカートを追ったことがある。それでも逃がしてしまった。相手は、自身の脚でな」

「つまり、走って逃げられたってことですか?」

「その通りだ。路地に逃げ込まれたというのもあるが、それでも直線のスピードで負けていたという」


 車の追跡さえ、走って逃げきってしまう。まさに化け物。人間の域を超えている。


「悪い事は言わない。出会ったら、全力で逃げろ」


 その声は、本気だった。馬鹿にするとか、挑発している訳じゃない。本当に心配して、そう言っているんだ。

 でも、カレンさんは笑っていた。それも、楽しそうに。


「いいね、良いじゃないか。それぐらいじゃなきゃ、燃えないだろう」

「……はぁ、だろうな。橘なら、そう言うと思ってたよ。お前に、忠告なんて無駄だった」


 ファルネーゼさんは、手元の飲みかけのコーヒーを一気に飲み干した。そして、カップを置くとカレンさんに指差した。


「言っとくが、私達の邪魔だけはするなよ。面倒事は起こすな」


 そう言うと立ち上がり、荷物を纏め始めた。


「あと、無駄に死体を増やすなよ。特に、お前達二人の死体処理なんて御免だからな。それじゃ、この後は当直だから」


 お代だけ置いて行くと、ファルネーゼさんは店を後にした。その背中は、非常に頼もしく見えた。


「か、カッコいい……」


 思わず、そう呟いてしまうほどに。でも、カレンさんはすかさず横槍を入れる。


「やめときな、アイツは。結構堅物で融通が利かないからね」

「別にそういう意味で言ったんじゃないですよ!」


 変な勘違いをされていた。

 そんなこんなで、あたし達も店を後にした。

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