第七章
第29話 反抗する勇気
「……なんで」
「なんではご挨拶だろうが。冷たいこと言うなよ」
けらけらと金髪は笑いながら、舞台裏へ押し進む。一年生たちが怯えた眼差しで彼を見つめる中、侵入者はミツキの前で立ち止まった。
「見たぜ。お前の演劇ってやつ?」
ミツキはじっと目の前の男を見る。
「ありゃすげえな。人が変わったかと思ったぜ。能面君が随分感情豊かになったもんだな」
すごいとは言いながらも、その口調には尊敬も感嘆もない。ただ自分とは違う者を小馬鹿にしようとする意地の悪さが透けて見えていた。
「お前あんなさ、大勢の前で女装して叫んでさ。恥ずかしくないわけ?」
「っ、あれは演劇です! あの格好も口調も、必要な演劇の一部です!」
「そ、そうですよ。あなたが思ってるようなことじゃ」
「……あのさあ。俺、こいつと話してんの。ダチと。な?」
分かるよな、そう言いたげな眼差しに一年生たちがたじろいだ。金髪は頬ゆがめた笑い顔のまま、ミツキにまた一歩近づいた。
「高校デビューのつもりか? 俺から逃げ出して?」
「……」
「能面君が必死になってさ、頑張ってんなあおい。実はあの遊園地のもご自慢の演技だったりして」
足が震える。もうあの教室ではないはずなのに、あの顔を見るだけで意識が中学の頃に引き戻される。進んだように思えていた。吹っ切れたように思っていた。けれど、実際目の前にすると分かる。己の弱さを突き付けられる。
あの日の夕暮れがフラッシュバックしたような気がして、ミツキは手をきつく握りしめた。
俺は、全然前に進んでいない。振り切ったように思えるだけで、まだずっとあの教室前に取り残されているのかもしれない。
「なあ、聞いてんの? 陰キャの能面君が必死にキャラづくりしちゃってさあ」
耐えろ。耐えろ。耐えれば、いつの日か。
「はっきり言っちゃってキモイわけ。俺、お前のためを思って友達として言ってんのよ? 痛いからやめろって。なあ」
耐えれば、いつかは過ぎ去るから。ほんの嵐のようなものだと思って耐えていれば。
「黙ってんなよ。おい」
こんなに気にするのは俺がきっと弱いから。俺が気にしすぎているから。こんなのはほんの戯れで、ほんのお遊び――――。
金髪の顔がにいっと歪んだ。
「マジで怒ちゃったわけ? マジになってんじゃねえよこの程度で」
――自分が辛くて苦しいと思ったんなら程度はどうでもい。立派な加害だ。
そうだ。俺は、あの時教えてもらった。
「――――さい」
「あ?」
相手がどんなにそれを軽く思っていても、その程度のものと言っていたとしても。
「うるさい出でけこのスカスカ金髪頭」
自分が苦しいと思ったのなら、それは怒っていいことなんだ。
※※※
金髪は絶句していた。口をに三度金魚のようにパクパクと動かしてから、信じられないものを見るような目で、ミツキを見る。
「はっ、はあっ⁈ なんだよお前、ふざけたこと言ってんじゃねえっ!」
「ふざけてんのはお前の方だ。大体ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
ぎっと黒い目が目の前の男を見つめる。かつてない力強い視線に金髪の足が後ろへと後ずさった。
「ひょっとして字も読めないかったりするのか。お前」
「……な、なにマジになって怒ってんだよ。こんなみんながやる遊びだろ」
「俺にとっちゃ遊びじゃない。あと主語がでかい。お前しか遊んでない」
それから、とミツキは深く息を吸った。
「演劇を馬鹿にするな。俺たちは本気でやってんだ」
「っ、高校の部活程度に、なに本気になってんだよ。馬鹿じゃねえの⁈ ダッセ。必死に熱くなっちゃってさ」
「……あ、そ。お前は今まで生きてきて、必死で夢中になるようなことを一回も見つけられなかったわけか」
「――――な」
「ああ成程。それで何回も俺に絡んで果ては他校の文化祭にまで顔を突っ込んできたと」
ミツキは呆れたような目を向けて、これでもかとため息を吐いて言う。あの日、彼が言ったことを思い出しながら。
「――――クソダッセえな。お前」
その言葉に金髪の顔はかっと赤らんだ。
「っうるせえ! 好き勝手言いやがって」
金髪が激高したようにミツキの胸倉を掴み上げる。しかし吊られたような状態のまま、ミツキは小馬鹿にしたように続けた。金髪の口調を真似し、完璧に鏡映しになるようにその滑稽さをあぶり出す。
「あれ? マジで怒っっちゃったわけ? 本気にすんなよこの程度で」
「ってめえ!」
「……お前らの間じゃ遊びなんだろ? なあ、勝手に怒ってんじゃねえよこの程度で。自分が言っといて言われるのが嫌なんて言わせねえぞ」
意趣返しに気づいた金髪の顔にかっと血が上る。ミツキは絶対にこの目を逸らすものかと、金髪の視線に目を合わせ続けた。
「何回だって言ってやるよ。お前はクソダセえし、俺のために他校の文化祭にまで潜り込んでくるその執着力ははっきり言ってキモイしどうかしてる。だからとっとと帰れこのクソ野郎!」
「っ、お前程度が、俺を馬鹿にしてんじゃねえっ――――!」
金髪の腕が振りかぶられる。最後まで目を逸らしてやるもんか、そう思いながら彼は目を見開いていた。
自分の反抗はこの程度しかできないけれど、なら最後まで抗ってこの男に消えない傷をつけてやる。そう意気込んで、目を開き続けた。
「――――ほい。そこまでやお客さん」
後ろから声がしたかと思えばいきなりパッと手が離され、ミツキの足が地面につく。驚いて前を見れば、金髪が目を白黒させてもがいている途中だった。
「えろうすいません。お客さん。ここは立ち入り禁止なんですわ」
「なっ、なんだ、お、お前っ⁉」
「せやからちーっとお話しよか。な?」
「ひいっ⁈」
キョウヘイの大きな手のひらはがっしりと男の顔面を掴んでいた。みしりみしりとおよそ人の頭から鳴るべきではない音に、金髪は情けない声を上げて縮み上がる。見上げれば、大柄な後輩の声は実に穏やかだったが目はまったくもって笑っていなかった。
「ミツキっ!」
「あ、アキラ……」
「ちょっとあんたのとこに先輩来てないの?」
「え? 来てないけど……」
「っかしいなあ。だって私見たのよ。あの人が、最後尾で見てるの―――」
その言葉に、彼の周りの音が一瞬消え失せる。
先輩が、見に来ていた?
「だからひょっとしてあんたに返事を――――って、ちょっと!」
「ごめんっ、後任せた!」
話を聞くか聞かないかというところでミツキは体育館を飛び出す。その心臓が、張り裂けそうなほどに激しく鳴っていた。それは緊張なのか怒りかそれ以外か。ミツキ自身にもそれは分からず、彼は必死に前を見て走り続けた。
※※※
「……きらっきらしとるやろ。好きなもんになんでもまっすぐで一生懸命で。お前には理解できへんかもしれんけどな」
あっという間に見えなくなったミツキの方を見ながら、キョウヘイは言う。金髪はぶら下がったまま何も言わなかった。
「夢中になって走り続けて、それが何より楽しいって笑うとる。なあ、あんたがなんて思ってるか当てたろか」
キョウヘイは一際強く輝く星を見るように目を細めて言った。
「それな、羨ましいっていうんやで」
一連を黙って聞いていたアキラはようやっと口を開く。
「……そいつ」
「この阿呆のお知り合いで?」
中学で一度でも見たことがあるのだろう。金髪はアキラを縋るように見た。彼女は一瞬口を開くが、酷く冷めた目をした後は男に一瞥もくれずにこう言った。
「…………顔も名前も知らない。覚えてるわけないじゃない。こんな奴」
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