第28話 文化祭ど真ん中

「チョコバナナどうですかー!」

「あ、うちの展示喫茶店やってるんですよ。ちょっと寄ってきません?」

「あーちゃんおひさ! こっちうちのクラスなんだ! 見てって見てって!」

 ばたばたと駆けまわる足音に、いつもとは違う非日常に浮かされたような高揚感。静かなはずの廊下ではひっきりなしに呼び込みがされ、また別の生徒は段ボールで作った看板を片手に練り歩く。


 生徒だけでなくちほらと見える他校の生徒の姿に保護者の姿。家族友達兄弟姉妹。多種多様な関係の人々でごった返していた。

 文化部の生徒たちは特に忙しそうに廊下を行ったり来たり。勿論演劇部も例外ではない。


「準備大丈夫そう? お客さんの入りは?」

「ほぼ満員です! 小道具の準備完了しました!」

「よっしゃ!」

 文化祭中の演劇部の公演は午前の部と午後の部、二部に分けて行われる。ミツキたちは衣装に着替え、いつもとは違った熱気であふれる体育館脇で待機していた。

 午前の部はそこそこ空席が目立ったものの、午後は文化祭の活気も最高潮になる時間帯だ。少し座って休みたいという感情も手伝ってか、体育館はついに人で埋め尽くされていた。その様子を聞き、メイは小さくガッツポーズを決める。

 

「……どう? いる?」

「……ううん、いない。やっぱり来るなんて思えないけど」

「いや、絶対来る」

 アキラにせっつかれる形でミツキは会場内を覗き見るものの、急いできてくれたらしい親と妹は見えるが、そこにリョウタの姿はない。

 しかし肩を落とすミツキに対し、アキラはどうしてかリョウタが来ると自信満々だった。

「……勘よ。ほら、準備準備」

「? なんか怪しいな」

 アキラの態度に不信感を覚えるミツキだったが、初めの音楽が流れ始めそんな気持ちはどこかへ飛んで行ってしまう。

 頭の中は即座に切り替わり、役にどぷりと漬かり込む。

 今回は文化祭にふさわしく、見る方も思わず乗ってしまう楽しく面白い話。勇者のヘンゼルが魔王を倒しにいったものの戻ってこず、勇ましい妹のグレーテルが兄を探しに行く珍道中。


 ぱちりと目を開けばもうそこにミツキはいない。ただ利発に輝く目を持つグレーテルがいるのみだ。

「じゃあ、いこう!」

「おー!」

 舞台に響かないような小声で結束を高めた後、舞台の幕が静かに開いていった。



※※※



「兄さんはどこ? 言わないならその舌引っこ抜くわよ!」

「ひええっ! お助けをグレーテル! もう嘘はつきやしないよ!」


 どっと会場から笑いが起きる。グレーテルは二本の剣を携えたまま、ずんずんと勇み足で前に進んでいき、魔王の住むお菓子の城でついに魔王との対峙を果たす。

「あなたが魔王? さっさと兄さんを返しなさい!」

「ひひっ! 返すものかね。こんなにもうまそうな勇者だというのに」

「返さないならあたしの剣が黙っちゃいないわ!」

 軽やかに舞うように、グレーテルの裾がひらりと舞台の上を泳ぎ、観客の目が吸い寄せられるように動いた。


「あなたはどうして勇者を食べるの? こんなにも素敵なお菓子の家があるのに、どうして勇者が食べたいの?」

「ひひひ、それはねグレーテル。私にも分からない」

「分からない?」

「ああ、分からない分からない分からないんだ。どうしてこんなにもお腹がすくのか、どうしてこんなにも勇者の血肉を欲してしまうのか、私にも分からない」

 静まり返った会場に、狂ったような笑い声が落ちていく。


「ああ分からない分からないんだグレーテル。私は哀れな魔王。己が何をしたいかも忘れてしまった醜い王だ。分からないままここまで来てしまった。分からない、分からないんだ」

 哀れな哀れなお菓子の魔王。長い時間の中、もうどうして勇者を求めるのかすら忘れてしまった魔王。

 なにも返事をくれない先輩。逃げるように身を隠したまま、断りも受け入れもせず宙ぶらりんにしたままの彼。 


「分からない。分からないんだ。私は、どうすればいい――――」

 分からないと言いたげに自分を見た彼。


 けれどその言葉にグレーテルはただ冷静に、たった一言こう返す。


「分かんない分かんないって馬っ鹿みたい」


 怒りを隠さない声色で魔王が立ち上がる。けれどグレーテルは一歩も引かなかった。 

「……なんだと?」

「何度だって言ってやるわ。あんたは馬鹿よ。大馬鹿よ!」

「この私を、馬鹿だと?」

「分かんないから分かんないって、考えることを止めたら向こうから答えが降ってくるわけ?」

 魔王の言葉にも負けない程の声量でグレーテルは凛と言い返す。

「違うでしょ。私もあんたも、分かんないなりに考えて考えて自分なりの答えを出してくもんなの!」

 誰かが入って来たのか体育館後ろの扉が微かに音を立てるが、今のミツキはそれすら気にならない程に役へと没頭していた。グレーテルという役を通して、溜め込まれた気持ちが爆発する。


「思考停止してる暇があるならちょっとは考えて自分の答えを出しなさいよ大馬鹿野郎っ!」

 あと逃げてないでとっとと返事しろ馬鹿!


 そう叫びながら魔王に切りかかるグレーテル。合わせるように鳴り始めた音楽が、会場の熱気を更に押し上げていった。



※※※ 



「お疲れ様です! 先輩すごかったですね」

「私も私も! 思わずなんか力はいっちゃいましたよ」

 まだざわめきが残る体育館脇でミツキは一年生に囲まれていた。ヘンゼル役のキョウヘイはまだ体力があるのか、率先して舞台の撤収に手を貸しているのが見える。


 舞台って立ってるだけでわりと消耗するのに体力あるなあいつ。そう考えながら彼はへとへとの体をパイプ椅子へと預けた。

「なんか午前よりも迫力ありましたよね」

「そうそう。なんかすごく気持ち籠ってたっていうか」

「いやあ、はは……」

 とてもじゃないが今告白して返事待ちしている先輩への気持ちをぶつけたとは言えなかった。

 しかしそんな中、外から「ちょっと、困ります!」と焦った声が聞こえてくる。そしてその次に聞こえてきた声に、ミツキは耳を疑った。


「いいじゃんちょっとくらい。俺さあ、あいつのダチなんだから」


 下級生の静止も聞かずに体育館裏の扉が開け放たれる。

「よう。能面君、お久しぶり、っつっても遊園地以来か」

 金髪の男がにへらりと笑って立っていた。

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