第27話 文化祭
夏休みは惰性のように過ぎていき、あの暑さは信じられない程早く過ぎ去っていった。季節の移り変わりは呆れるほど早く、あんなにも青々としていた葉はもうすでに赤や茶色へと色を変えた。顔に吹き付けていた重苦しい熱風はもうすでに軽く、そして冷たく感じられる。
季節の移ろいへの感傷に浸る暇もないまま、ミツキたちの周りはすっかり秋模様へと様変わりしていた。
意外と寒がりで、誰よりも早く長袖へと衣替えしたキョウヘイが言う。手を動かすたびに、手元でマジックと画用紙が擦れるきゅっきゅっという音がした。
「なんちゅーか、季節があっという間ですねえ」
「あら、二年になったらもっと早くなるわよ」
場所はいつもの演劇部室。だが、室内の圧迫加減は過去最大と言えた。所狭しと並ぶ段ボールの背景に小道具。替えの模造紙や画用紙が隅に丸まって積み上げられ、色とりどりのマーカーがアキラの足元に散乱している。
彼女は一切手元から顔を上げずに言った。
「ほら、口動かす暇があるならさっさと手ぇ動かす! まだやることが山積みなんだから」
「はぁい! ……ミツキ先輩。演劇部って文化祭いうんは、こないえらい忙しいもんなんです?」
「いや、今年は特に気合が入ってる。部員も増えたし、あの人も部長になって最後だから、色々とやりたいんだろうさ」
「じゃ、じゃあ、須藤先輩がこないに苛ついとるんは……?」
「あいつはほら、クラス展の準備も兼ねてるから」
「聞こえてるわよ。しょうがないじゃないもう文化祭まで一週間もないんだから。中途半端なもんは出したくないでしょ」
そう言いながらアキラが手を止めることはない。何色ものマーカーや絵の具で手を汚しながらも、展示用の看板を見事に塗り上げていった。
「うちのクラスは文化部が多いからそっちに人員取られちゃってるからね。その分できる人間でやれることやってかないと……っとできた」
「ほー、先輩たちのクラスはゲーム展やるんですか」
「そ。簡単な輪投げとかね。そっちは?」
「僕んとこは人手あるんでお化け屋敷やる言うてて、暇あったら顔出して手伝い行こ思てます」
「お化け屋敷……あれ、片づけ大変だから気をつけなさいよね」
そう言うと今日やる分は終わったのか、アキラは散らばった紙やペンを元に戻していく。部活後に作業をしたせいか、窓の外は薄暗くなり始めていた。他の教室でも似たような状況なのか、ところどころの窓に明かりが煌々と輝き始める。
片づけを始める中、ミツキは再びスマホに目を落とす。相変わらず変哲のないロック画面をスライドし、チャットアプリを覗いてそこに新規の通知が来ていないことに肩を落とした。
「付き合わせて悪かったわね。最近変な不審者情報も来てるらしいし、さっさと………ちょっとミツキ」
「え? ああ、うん。聞いてるよ」
「気にするのは別に構わないけど、ぼーっとするのは危ないからやめてよね」
「……うん。分かってる」
「返事、来ない?」
その言葉にミツキはこくりと頷いた。夏のあの日からリョウタはミツキを避けているのか、顔を合わせることも無ければ、連絡を入れることもなかった。
キョウヘイが憤慨したように顔を顰める。
「っとにうじうじと……。まだまともに返事もしないんでしょ?」
「まあ、これが返事みたいなものなのかも」
顔見知りの、しかも同性に告白されたのだ。顔が合わせ辛くて当たり前だろう。ひょっとしたらこういったツールをブロックされていないだけましなのかもしれない。
「返事はし辛いだろうし、なら――――」
「駄目です」
別にこのままでもいい。そう言おうとしたミツキの言葉をキョウヘイが遮った。いつになく真剣な顔で彼は続ける。
「ミツキ先輩は勇気出して告白したんでしょ。なら断るんでも断らんでも、無視せんと返事せなあかんと僕は思います」
キョウヘイの言葉にアキラもそうだそうだと相槌を打った。
「まー、私も概ね同意見。というか相手に気い持たせるくらいならさっさと断りなさいよって話」
「せやせや!」
「そ、そうかもしれないけどさ。でも……」
「でもじゃない。待たせてるってことはそれだけ相手の考える時間を奪ってるってことなんだから」
事実、あの日からミツキはスマホの画面をよく気にするようになった。前のように支障が出るほどではないにしても、リョウタのことを考える時間は確実に増えている。
「全くあの先輩もとっとと言えばいいのに」
「先輩はほら、優しいとこ、あるし。断りにくいのかも」
「無視してる時点で優しくない。というかあんた断られる前提で話してるけど、一体どんな告白したわけ?」
「……好きになっちゃったからさっさとフッてくださいって」
「なんて後ろ向きな告白……」
その言葉にアキラは頭を抱えたものの、「まあとにかく」と切り替えて言った。
「どっちにしたって返事するまではあの人が何考えてるか分からないし、あんま考え込まない方がいいって」
「………そうかなあ」
「そうなの。ほら、考え込んでないで今日はもうさっさと帰るわよ」
アキラに促されるまま、ミツキたちは校舎の外へと出る。ひんやりとした空気が頬を撫で、吐いた息が真白に薄く空に溶けていった。
結局その日以降もリョウタの姿も返事も来ることはなく時間は流れていき、何も進展がないままでミツキは文化祭当日を迎えることになった。
抜けるような青空に目をしばたたかせながらミツキは学校へと向かう。足を一歩進めるたび、にぎやかな準備の声が彼の耳に届き始めていた。
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