第22話 バチバチ火花

「――――で、なんで毎回部外者がおるんすかねえ?」

「へえ。どこにいるんだ? ちょっと俺には見えないものが見えてるんだな」

「お前やお前! 耳腐っとるんかこのドアホ!」

 頼むから誰か助けてほしい。


 死守した台本を手にミツキは遠い目をしていた。今現在進行形で彼はキョウヘイに抱え込まれ、それをニコニコ笑顔のリョウタが見ているという中にいる。どういう状況だと誰もが思うだろう。実際ミツキも思っていた。

「先輩も先輩やで! なんでこんな部外者の侵入許しとるんですか⁉ 追い出さにゃ!」

「……いや、まあ、うん。成り行きと言うかなんというか」

「残念だったな。俺はミツキの許可をもらってここに来てる」

 あんたもあんたで何張り合ってるんですか。どうしてか得意げに語るリョウタに心の中でツッコミを入れながらミツキは息を吐く。

 

 ここ一週間、キョウヘイはミツキに付き従う形で演劇部室での昼食を一緒にとっている。そして毎回のようにいるリョウタとにらみ合いになるのも、もういつものことだった。キョウヘイがどうして部外者がいるんだと噛みつき、リョウタがそれは誰のことだと白を切る。もはやテンプレと化したやり取りだった。


 そしてもう一つ、困った事態がある。

「ほら、ミツキ」

「……もう勝手にしてください」

「あ――っ! まーた性懲りもなく先輩の手ぇ握りよって! 先輩だからって堂々とセクハラかこの野郎!」

「これは合意の上だから問題ないし。なあミツキ」

「……そーですねー」

 リョウタもリョウタでこの調子なことだ。

 初めこそ初対面が最悪な二人であったし、ひょっとしたらリョウタは来なくなるかもしれないと考えていたが、ミツキの予想を反してリョウタは変わらず昼休みは部室に顔を出し続けていた。

 その上どうしてか毎度の如く見せびらかしでもするようにミツキに特訓を願うので、キョウヘイに抱え込まれたまま、彼はリョウタの特訓をしなければならなかった。


「はっ、そんな手ぇ触りたいんやったら僕が手ぇ思いっきり握りましょうか先輩? 僕、握力には自信あるんですわ」

「あいにくだけど俺はミツキと約束してるだよなぁ! お前後輩として先輩の邪魔にならないようにっていう気遣いはないのか?」


 心なしかとげとげとした言い合いにも慣れてしまった。片手をぶらりとたれ下げ、もう片方の手で台本をめくりながらミツキは思う。

 手の甲には特訓の内に大分慣れたのか少しの間であれば長く触れるようになったリョウタの指先の感触がある。爪の先が骨や少し膨らんだ血管の上を通るたび、ぞくりとした感覚が彼の中を通り抜けるが、それにもミツキは大分慣れたようだ。

 けれど、触れられる前に少しだけ心構えをするようになった。触れる時の熱を、より強く感じるようになった。


 ミツキを抱えたまま、キョウヘイが言う。

「……先輩も先輩でなんで好きにさせとるんですか」

「まあ、人間色々あるんだよ。色々」

「色々? 毎回のように昼休みに来て、毎回手ぇ触らさなきゃいけない何かがあるっちゅうことですか」

「言葉にするとまあ、そんな感じ」

「訳わからん……恋人でもないくせに」

「ははっ、悪いな。お前のあこがれを取っちまって」

 リョウタもリョウタで拗ね気味のキョウヘイに気分を良くしたのか何故かにこにこと機嫌がいい。触る手つきもどこか軽快なものだ。

 なんなんだこの二人は。そう思いながらミツキはされるがままに大柄な二人に体を預けていた。 


「……先輩。さっき言うてましたよね。人には色々あるって」

「え? ああ、まあ言ったけど」

「色々あるから、何か知らんけどこいつは先輩の手をやぁらしく触っとるんですか」

「誰がやらしいだ誰が」

「―――なら、僕も色々あるから触ってもええってことですよね」

「っは?」

「そいつだけなんて言わせん。僕も触る」

「え、あ、ちょっと――――ひっ⁈」

 ぞわ、とミツキの肌が粟立つ。彼の首筋に、確かに何か濡れた感触があった。それに気を良くしたのか、キョウヘイの声が弾んだようにミツキの耳を揺らした。

「かあいいなあ。せんぱい、ちっこくて僕の腕んなかでもぞもぞって動いとって。ほんまにほんまにかあいい」

 砂糖もかくやというほどの、とろけた甘い言葉が熱い空気のこもる中に流し込まれていく。キョウヘイが何かを言うたびに振動がミツキの耳の中を響き、こそばゆさと共に背骨を駆け抜けていく。

「あ、っや、ちょっと、こらっ」

「かあいいなあ、かあいいかあいい、僕の――――」

 暑い。いいにおいがする。ぞわぞわする。何だこれ。俺、今どうなってんだ。

 首筋を伝わっていた唇が耳に触れ、高い嬌声にも似た声がミツキの口の端からこぼれかけた瞬間だった。


「――――っ、何してんだてめえ!」

 

 今までにない力で腕を引かれ、すっぽ抜けるようにしてキョウヘイの腕から脱出する。熱く籠った空気から抜け出したミツキが最初に見たものは、見たことのないどこか怒ったような表情をしたリョウタだった。

「黙って見てりゃべたべたべたべた。困ってんのが分かんねえのか」

「……なあに自分のこと棚に上げて言うてるんですか。あんたやってべたべた手ぇ触っとったやないですか」

 それに冷ややかな口調でキョウヘイが返す。その言葉にリョウタは戸惑ったように視線を彷徨わせた。

「――――っそれは」

 そして言葉に詰まったリョウタに対し、畳みかけるようにこう言った。


「自分は良くて、他人が触るんは我慢できひんって? あんたなあ、あんなに俺に正気かなんや失礼なこと言っとったくせに―――あんたも先輩のこと、なんちゃいます?」


 ミツキの心臓が、過去最大に大きく跳ねる音がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る