第21話 押しの強い後輩

「先輩! 飯食い行きましょ!」

「……君、毎日俺と昼食べてていいわけ?」

「良いに決まってますやん!」

 あの怒涛の出来事から一週間。ミツキの教室には毎日のようにキョウヘイが現れていた。


 初めはミツキ自身も正気かと何度も言った。リョウタが言うように自分は男で、好きだと言われても答えられる自信がないと。

 けれどそのたびにキョウヘイが

「でも、僕が好きって気持ちに変わりはないんです。お返事も強請ねだらんから、今は友達……後輩として傍にいちゃ駄目、やろか」

 と言ってくるものだから最後にはミツキが根負けしてしまい今に至る。

 

 毎日のように現れ、赤茶の大型犬のように満面の笑みを見せる彼に尻尾の幻覚を見てしまう者も決して少なくない。初めこそキョウヘイの大柄な体格と鋭い目つきに怯えるクラスメイトも多かったが、彼自身の明るい口調と性格であっという間にミツキのクラスにも溶け込んでしまった。

「キョウヘイ、この漫画お前好きそうだなって思うんだけど」

「おおきに! 鈴木先輩の見してくれるやつどれもおもろいからすっごい楽しみやわぁ」

「キョウヘイ君また如月君とご飯? たまには私たちとも食べよ―よ」

「あー、すいまっせん葛城先輩。僕がどーしても先輩と食べたい言うて誘わしてもろてるんです」

 一学年上のクラスに入るだけで、彼の退出を惜しむ声が続出する。そのどれもに笑顔で対応しながら、キョウヘイとミツキは教室を出た。


「すごいな」

「えっ、何がです?」

「俺のクラスの顔と名前、全部一致してるんだって思ってさ。クラスも学年も違うのに、よくやるよ君」

「へ、っへへ。そ、そりゃあ、だって、なあ?」

 騒がしく廊下を行き来する生徒が少なくなっていく中、キョウヘイは照れたように囁いた。

「好きな人がいるクラスやもん。そりゃあ気合も入りますって」

「……そういうことよく恥ずかしげもなく言えるよね」

「先輩やって言うてましたやん。『お前は真の愛する者と共にいるべきだ』って」

「よく覚えてるな、本当に」

「そりゃあだって―――」

「ああ、はいはい。もう言わなくても分かってるよ」

 キョウヘイが言ったのは一年生勧誘のため演じた「スペースかぐや姫」の中の一文だった。かぐや姫の美しさに夢中となった若者が、姫に追いすがるシーンのセリフだ。姫は若者が彼女の戦う姿を見て熱に浮かされているのだと気づき、王子の元へ行くなと言い続ける若者へ向けた言葉。


「僕、あそこがいっちゃん痺れたんですよ! 凛としたかぐや姫の芯が伺えるめっちゃいいシーンやったぁ……」

 そう言うとキョウヘイはまだ舞台を思い起こしているのかうっとりと目をつぶる。オーバーなやつだなと横目で彼を見ながらミツキは言った。

「ああいうのを言うのは舞台の上だからだし、あのセリフを言ったの俺じゃなくてかぐや姫だ」

 あれはミツキの言葉ではなく、かぐや姫自身の言葉だ。彼女が乗り移ったからこそ熱を込めて言えたセリフだった。


「普通あんな恥ずかしいセリフ、普通に生活してて言えるかよ」

「あ、先輩照れとる? かぁいいなぁ」

「…………っだからさあ!」

 熱のこもった言葉を言うたびに、キョウヘイからのまっすぐすぎる愛情表現に身を焼かれているようで、彼の言葉の通りにほんの少し頬を赤くしたミツキは言う。

「調子が狂うから、そういうのさらっと言うのやめろって……」

 けれどそう続きを言おうとした時、彼は言葉に詰まった。


「駄目なんです」

「……キョウヘイ?」

「言わんと、ずっとずっと言えへんままで終わっちゃうんですよ」

 熱のこもった目は静かにミツキを見つめていた。騒がしいほどに存在感のあるキョウヘイの表情に寂しさがよぎった気がして、ミツキはうまく返事ができなくなった。


 けれどたった一瞬の沈黙を破るように彼はぱっと笑みを見せた。

「――――っ、なーんて! どうです? 僕の演技ちっとはドキッてしました?」

「……おい」

「いやあ、この間借りたマンガに描かれとったんですよ。いつも元気な彼が見せる一瞬の憂い顔にドキ―っ! 思わずキュンって!」

 だからって迷うことなく現実で試すやつがあるか。にこにこと元気に隠しもせずマンガで学んだと言ってのけるキョウヘイにミツキは呆れ半分でため息を吐く。


「で、どうでした僕の演技」

「……いい演技だと思うよ。ただ舞台の上でやるならもっと聞こえる声でやることになるから、やり方は違ってくるだろうけどね」

 ドラマなどの映像媒体であれば確実に視聴者の視線を攫えることだろう。ミツキがそう言うとキョウヘイはことさら嬉しそうに笑みを深める。


「嬉しいなあ。先輩に褒めてもろた」

「……けど。自分の本心を演技って言ってのは感心しない」

「っへ?」

「見れば用意された言葉なのか自分の中にある言葉なのかそれくらい分かる。さっき言ったのは紛れもなく君が思ってることだ」

 その言葉にキョウヘイはあんぐりと口を開けてミツキを見る。


「でも、それだけ自分の気持ちを込めて言葉にできるっていうのは演じるうえで大きな武器だ。結構舞台の上で化けるタイプかもな」

「は、ははは…………全部お見通しっちゅうわけですか」

 かなわんなあ、そう口を押えて呟いたキョウヘイの言葉は先を行くミツキの背に投げかけられ消えていく。彼は溶けそうなほどの眼差しを引き締めると、先を行くミツキの姿を追った。

 身を焦がす様な恋心をその身に確信しながら。

 

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