第五章
第19話 新風勃発
「よっしゃ! 今日も特訓だ特訓!」
「……いいの、あれ?」
「もう慣れた」
すぱーんと開け放たれる扉と共に満面の笑みで、演劇部部室に乗り込んでくるリョウタ。もう最近ではおなじみの昼休みの光景に、アキラはまたかと言わんばかりの表情で彼を見る。ミツキはといえば台本から顔を上げることすらなかった。
「おっ、今日はアキラちゃんもいるのか」
「どうも。須藤って呼んでくれて結構ですよ。御子柴先輩」
「あれ俺、今露骨に距離取られた?」
「取られた、じゃなくて取ってるんです」
彼女の態度に首を傾げるリョウタに、アキラはため息を一つついて言った。
「先輩と仲良くしてると女子の目が痛いんですよ」
「へ? なんで?」
「先輩ひょっとして無自覚なんですか? 先輩の人気すごいんですよ」
「……へえー? ほぉーん? ふーん。そうなんだぁ?」
「何嬉しそうな顔してんですか。先輩と歩いてるだけで噂になったり変な喧嘩腰のこと吹っ掛けられたり正直面倒なんですよ」
げんなりして表情でそう言う彼女はもうすでに似たような目に遭っているのだろう。ひらひらと絵の具のついた手を振る。
そして何故か嬉しそうに顔を崩すリョウタに、ミツキの胸がまたじくりと痛んだ。 アキラはちらりとミツキを横目に見て、続ける。
「………だーかーら、変に馴れ馴れしい感じは出さない感じでお願いします」
「まあそうだよな。アキラちゃんだって好きな相手以外に噂なんて立てられたくないだろうしな。悪い」
「いや、そう言うことじゃ……、というか先輩が謝るようなことじゃないですよ」
そんな対応をされると思ってなかったのだろう。素直に頭を下げるリョウタに対し、アキラは落ち着きなく視線を彷徨わせた。彼女は別に、と続けて言う。
「……まあ、いるんですよどこにでも。異性が仲良しそうに見えたら恋愛にすぐ結び付けて怒る恋愛脳が」
その目はどこか遠くを見るようにぼんやりとしていた。ミツキの知る中学時代と同じ、年齢にしては大人びた表情。
「勝手に想像して、勝手に揶揄って。勝手に恋愛関係を消費するやつっていうのはね、相手が誰だってお構いなしなんですから」
「あ、須藤、さん? ひょっとしてなんかあったか?」
「――――何でもないですよ。微妙な空気になりましたね、すいません。もうこれで私は教室戻るんで」
特訓頑張って、と言い残しアキラは部室から出て言った。
「……なんか俺まずいこと聞いたかな」
「人には色々あるってことです。大丈夫ですよ、怒ってるわけじゃないんで」
「そうだったらいいんだけどなぁ……」
「それよりほら、今日も例の特訓するんでしょう? 昼休み終わる前にちゃっちゃとやっちゃいますよ」
「お、おお! そうだった」
台本から目を離さないままミツキがひらりと手を振り、それをリョウタが恐る恐る触る。これが最近の二人の流れだった。
リョウタの不自然さを時折指摘しながらミツキは言う。
「まあ、アキラの言うことも最もですよ。リョウタ先輩モテるんですから。特定の女子と仲良くしてれば、変なやっかみしてくるやつもいるでしょう」
「俺は別に誰のものってわけでもないんだけどな」
リョウタは微妙そうな表情で頬を掻く。確かに外野からあれこれ憶測を立てられるというのは決して気分のいいものではないだろう。
ミツキは中学の教室、アキラを指さしながら笑っている生徒たちを思い出す。そして諦めたような表情で「行こう」と言うのだ。
「相手の頭の中ではもう決まってるんですよ。誰がくっつきそうで、誰がみんなのものなのかとか」
勝手にやられる方からしたら、たまったもんじゃないでしょうけどねとミツキは続ける。別に付き合ってるわけでもないのに、ただ皆のあこがれの先輩と仲良くしているという異性というだけで、敵視されるというのは実におかしな理論だった。
「だけどまあ、あいつはそういうの地雷なんで。ちょっと気い使ってもらえると助かります」
「……了解」
生真面目な顔で答えるリョウタに対し、ミツキは台本の文字を目で追いかけながら言った。
「……にしても、最近の先輩のモテようはすごいですね」
「へ?」
「アキラも言ってたでしょ。二年にも噂が流れてますよ。イケてる先輩がいるって」
四月も終わりに差し掛かるころ、日々の特訓や、件の「普通の自分」の演技が実を結んだのか、リョウタの人気っぷりは日に日に勢いを伸ばしていた。本人は気づいていないが、下級生たちがこっそりファンクラブを作っていることもミツキは知っている。
そんなに変わったかな、とミツキはリョウタを見る。彼には相変わらずのんきな先輩としか思えない。
「俺のクラスでもきゃーきゃー言われてましたよ。球技やってる先輩かっこいいって」
「体育の時の妙な視線はそれか……。ま、それもこれも俺にはいい先生がついてるからだな! これからもご指導頼むぞ後輩君!」
「先生なのか後輩なのかどっちかにしません?」
そう言いながらも初めと比べ余裕ができてきたリョウタにミツキも成長を感じていた。ここまでくればすぐにでも彼の理想の彼女が作れるだろう。
しかし調子のいいリョウタと反対に、ミツキは異常を抱えてしまったようだった。
「……先輩もすぐ、できそうですね」
「ん? なにが」
「彼女さんですよ。作るって意気込んでたでしょ」
「え、あーっと、うん、そうだな。それもミツキのおかげだ」
ちくちくと、痛い。
リョウタが彼女と言うたびに、それを自分の口から言うたびに。
あの遊園地の帰りのように、ミツキの胸は小さく軋んだ。
「頑張ってくださいね」
その痛みを、彼はまた無視した。
「な、そういえばさ。部員どのくらい増えそうなんだ?」
少し静かになった空気の中、リョウタが明るくそう聞いた。
「まあ手ごたえはぼちぼちってとこですかね。やっぱり花形の部活には取られがちだし。でも見学には何人か来るでしょうし、そこで――――」
そう言おうとした時、部室のドアが勢いをつけてガラガラっと開く。あまりの力強さに、大きな音を立てて引き戸がバウンドした。
「失礼しますぅっ!」
張りのある太い声が部室内に響き渡った。二人が驚いて入り口を見れば緑の上履きを履いた一年が目を輝かせて立っていた。そして彼は訛りの滲む声ではきはきと言った。
「如月先輩! あなたの演技に惚れました。んで、あんた自身にも惚れました!」
「………………は?」
「ちゅーわけで、恋人を前提に先輩兼お友達になってください!」
突然やって来た嵐のような来訪者。あまりの事態にミツキもリョウタも互いの顔を見合わせることしかできなかった。
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