第17話 笑った日

「え、いや、ちょっと」

「聞いてる? 俺は何してんのって聞いてんだけど」

 金髪は動揺したように腕をひこうとする。だが、彼の腕は空中に固定されてしまったようにびくともしなかった。じっと奥底を覗くようなリョウタの目から逃れるように金髪は笑う。


「あ、あんたこいつの友達でしょ? 俺もなんすよ」

「ミツキの友達? 本当か?」

「そーそー。中学の時のダチっつーか。仲良くしてもらったつーか」

 金髪の目が縋るようにミツキを見た。

「な? そうだよな? 俺らいつも一緒にさあ」

 だからいち早くこの手を離してくれ、男の目はそう言いたげだった。

 

 この金髪はいつもそうだった。いつだって平気な顔で嘘を吐く。いつだって一番ミツキを傷つける言葉が何か、支配できる声色が何か知っている。

 たった一言でいい。「ちがう」と、そう言いたかった。でもできなかった。

「なあ、何黙ってんだよ。なあ」

「ッ……」

「お前がそんなんだから、俺が変な目で見られてるじゃねえか。なあ」

 ミツキの中で中学の頃の風景と、男の顔が重なる。息が詰まるような、逃げ出したいような、息苦しさと焦燥感。恐怖で喉が張り付いて何も言えなくなる不自由さ。

 駄目だ。俺は、あの時から一歩だって進めてない。


「おい、聞いてんのかお前っ――――」

 金髪は苛立ったように黙ったままのミツキへ苛立ったようにもう片方の手を伸ばす。思わず反射的にミツキが首を竦めたその時。


「………俺はさ」

 金髪の姿がミツキから剝がされるように遠のいた。

「お前が何してんのって聞いてんだけど? 何、答えられないわけ?」

 見れば力強くリョウタが遠ざけるように腕を引いていた。痛みと衝撃に金髪は顔を歪めて懸命に笑いながら言った。

「答えられないようなこと、してたわけ?」

「だから言ってるじゃないですか! 俺はこいつのダチで―――」

 しかしへらりと笑った金髪に対し、リョウタの声がワントーン低くなる。

「……お前とミツキがどんな関係だったかなんて知らねえよ」

「へ?」

「俺が聞いてんのは、なんで俺の連れを追い詰めてるかってことだ」

 普段からは考えられないようなドスの効いた声が金髪の耳朶を揺らす。いつもであれば笑っているはずの茶色い瞳はちっとも笑っておらず、声は有無を言わさぬ迫力があった。


 それを感じ取った金髪の声に動揺が混じる。慌てたような口調は相も変わらず同じことを繰り返していた。

「だ、だ、だって、俺はこいつのダチで、それで久しぶりに会ったから、その、こいつちょっと久々に会ったから様子おかしいみたいで! 変っすよね! はは」

 友達だから。知り合いだから。傍から見ても分かるほどに様子のおかしいミツキの前で、あくまでもそう言い続ける男にリョウタは言った。


「俺の知ってるダチってのはな、様子がおかしいのを笑うもんじゃねえんだよ」

「……はぁ?」

「少なくとも俺にはお前がこいつを脅してるようにしか見えねえ」

 それとも、とリョウタは続ける。

?」

「―――っな!」

 その言葉に金髪の顔がカッと赤らむ。

「何言ってんだテメェっ!」

 彼は腕を振り払おうとリョウタに掴まれた側の腕を乱暴に振る。けれどそれとは反対にリョウタがパッと腕を離したので、金髪は自身の腕の力に振り回されるようによろめいた。


「行くんだったらさっさと行けよ」

 冷たくリョウタが言う。

「そういうのがかっこつけてるって思ってるかもしれないけどな。今のお前、

 それが決め手だったのだろう。金髪は二、三度口をはくはくと動かしたものの最後には足を滑らせながらもミツキの前から体を退かした。

「……っくそが! 俺が悪者みたいに扱いやがって」

「悪者みたいじゃなくてまんま悪者なんだよ。これ以上注目集めたくなかったらさっさと行け」

 最後にお手本のような舌打ちを残して、金髪は元居た方向へと走って行った。それが完全にアトラクションの影に消えていくのを見届けると、ミツキはようやっと締め付けられていたような呼吸を戻すことができた。


「あ、あの、先輩」

 忘れていた言葉を取り戻すように、ミツキは声を上げてリョウタの顔を伺った。

「あの、ごめんなさい。俺、俺がちゃんとしてないから」

 けれどその言葉の続きは盛大な尻もちの音に掻き消される。ミツキが驚いたようにリョウタを見ればさっきまでの恐ろしさがまるで嘘のように消えて、いつものような力のない笑顔に疲れた表情をにじませて言った。


「は、はぁぁぁぁ………………」

「先輩⁈ 大丈夫ですか?」

「あー……。大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば大丈夫じゃない」

 見ればリョウタの手は小刻みに震え、額には汗が流れている。

「でもどう? 結構よかったろ俺の演技」

「……すごかったですよ。全然分からなかった」

「お、やけに素直に褒めるじゃん」

「でも、なんでここまで」

 勝手に走り去ったのはミツキだったのに、リョウタはどうしてわざわざ追いかけてきたうえに助けてくれたのか、それがどうしても彼には分からなかった。


「やっぱり理想、だからですか」

「――もちろん、それもある。でもそれ以上にさ、なんか」

 リョウタはほんの少し顔を反らして、言った。

「……体が、その、勝手に動いてたっつーか?」

「へ?」

「そんだけ! っあーもーなんだ恥ずかしいなもう! 今日の俺、なんか変だな!」

 予想外の返答に目を丸くするミツキ。そんな彼の視線が耐えられないとばかりにリョウタは掻き消すほどの声でガシガシと頭を掻く。さっきまでドスの効いた声を出していたはずなのに、今ではすっかり何かをごまかそうとしてる子どものようで。


「……っふ、くくっ、何ですか、それ」


 そう言って、ミツキは。 

 それは演技でもキャラクター上のものでもない、ミツキ自身の素直な笑みだった。

 

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