第15話 遊園地の中で

「少しトイレに行ってもいいですか?」

 そうミツキが提案し、それにリョウタもじゃあ俺もついでにと言った。待ってる間乗っててと言いながら二人は少し集団を離れる。


「何やってんですかあんた」

「……悪い」

「悪いじゃなくてですね」

 そうして彼らはジェットコースターから離れた位置でこっそり休憩を取っていた。冷汗の滲む額でぐったりと背を預けるリョウタにミツキが自販機で買った水を手渡す。彼は受け取ったそれを力なく飲み、はあとため息を吐いた。

「……あんなの人が乗る乗り物じゃねえ…………」

「この遊園地の目玉ですからね。あのスパイラル上下反転絶叫スネーク」

「名前もあれだけどなんであんな上下左右がっくんがっくん揺らされて『キャー! もう一回乗ろう!』になるんだ……?」

「あのスピード感が良いんですよ。日常じゃ味わえないスリルってやつです」

「スリルなら地面の上でも味わえるだろっ……!」

「そう言うのとは別ですよ別。ほら水飲んで」

 ぶつぶつと何かを言い続けていたリョウタだったが、二口目の水でようやっと落ち着いたようだった。


「というか、ジェットコースター苦手なんですね。てっきり得意な方だとばかり」

「……よく言われる。でもな、速いのも高いのもどっちも駄目なんだよな」

「じゃあジェットコースターなんて苦手も苦手じゃないですか」

「そうなる。っていうか俺と遊園地の相性が悪いんだよ」

 高いところも駄目、速いのも駄目。確かにそれはスピード感あふれるアトラクションや四方八方から絶叫マシンの雄たけびが聞こえる遊園地とは相性が悪いと言えた。


「そりゃ悪いでしょ。こういうところのアトラクションなんて速いか高いかのどっちかみたいなとこありますし。その条件をどっちも満たせるのって、それこそメリーゴーランドくらいなもんじゃないですか?」

「そんな率先して乗りたいもんでもないし」

「……あんた何しに遊園地来てるんですか」

 乗れないどころか九割方乗れないという状況ではどうやったって遊園地は楽しめそうもない。それなのにどうして遊園地に遊びに来た上、苦手なジェットコースターをお代わりしようとしているのか。

 呆れたように聞くミツキに対し、リョウタは言う。


「だって、遊園地に行きたいって言ってたし。こういうもんだろ遊ぶのって」

「遊園地苦手だから別のとこ遊びに行こうって言えばいいじゃないですか」

「……でも、行きたいって言ってたし。あいつらすごく楽しみにしてた。なら、がっかりさせたくない」

「………」

「理想的な俺ならジェットコースターは得意だし、友達もがっかりさせない」

「別にジェットコースターに乗れなくたって、いいと思いますけど」

「でもイメージは壊れるだろ?」

 理想の彼自身になるために、細やかに組まれた御子柴涼太というキャラクターの設定。


 演じるためには設定が必要だ。それこそ自分から離れたキャラクターを演じるのであれば特に細かな設定が必要になる。

 正直な話、別に何を演じることがあるのかと思った。友達もいる。コミュニケーション能力もある。社交的でミツキのような人間にも率先して話しかけに行ける。触れること自体に嫌悪感があったとしても彼の理想と彼自身は近いところにいるのではないかと。


 けれど今こうして見る限り、リョウタはそれとは少し違うらしい。

 まるで彼自身が思う「普通」の型にリョウタ自身を無理やり押し込んでいるかのような、暴力的なほどの強引さ。多少本人の形が変わっても、痛みが生じても「これが普通だから」と押し進めていく痛々しさがあった。


「………先輩がやりたいなら、まあやればいいんじゃないですか」

 ミツキにはそれを止める権利はない。どれほど辛そうでも、苦しそうでも。リョウタは演技が知りたいと言い、ミツキはそのやり方を教えたのだから。

 リョウタ自身が理想になりたいとそう踏ん張っているのを「素のままでいい」などと軽々しくは言えなかった。

 けれど。


「でも、ずっとやってるのはしんどいですから。ちょこちょこ演技やめて、素のままの時間を作ってください」

 これだけは言える。一度それに苦しめられたミツキだからこそこの言葉は言うことができた。

「そうしないと。どれが自分で、どれが自分じゃないのか」

 ミツキの演技は演じる一人の人物になり替わるレベルでどっぷりつかることでそのリアルさを演出する。だからこそ演じた時の不自然さがない。


 けれどだからこそ、ミツキは時々分からなくなるのだ。ここに居る自分は、話している言葉は本当に自分のものなのかどうか。


 リョウタは静かにその言葉を聞いていた。

「ご忠告どうも。肝に銘じとくよ」

「……あとこれは、俺個人の意見なんですけど。別にあの人たちは遊園地が好きじゃないって言っても、ジェットコースターが苦手って言っても。別にどうもならないと思います」

「そんなの、分かんないだろ」

「言ってたんですよ。先輩はいっぱいいっぱいで聞いてないかもしれないけど、『リョウタと遊びに行けて嬉しい』って。いつも忙しそうだから一回は遊んでみたかったって」

「………」

「苦手ならどこに行きたいって、聞いてくれると思います」

 リョウタはその言葉を聞きながら、黙ってジェットコースターを見上げていた。ぼんやりとしたその横顔に、ミツキは初めて彼の気が抜けた表情を覗いた気がした。

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