第四章

第14話 特別練習

「…………もういいですか?」

「っ、ああ! ありが、とうな!」

「ほら、結局無理するじゃないですか。何急いでるんです」

 息も絶え絶えと言った様子のリョウタから手を引き抜く。何度も何度も触れられることを繰り返した彼の手はすっかり体温が戻っていた。

 リョウタの顔色は悪かったが、前のように吐くほどではないらしい。少し無理やりな笑顔をミツキに向け、極めて明るい声で返事をした。


 もうすぐ夜に飲まれる夕日が、最後の力を振り絞るように強く鮮やかなオレンジ色で公園一帯を染め上げる。ミツキたちの後ろでは、もうすでに気の早い星が準備をしている最中だった。


 ミツキは食べ終わったアイスの棒を包装に包み、公園のゴミ箱へと捨てる。からんからんと音を立てながら、ミツキはまだ座ったままのリョウタに振り返った。

「じゃあ、今日はもう解散ってことで。いいですよね」

「あ、えっと、そのぉ……」

「クラスの人たちを捲くついでの練習でしょ。なら終わりでいいですよね」

 しかしリョウタの歯切れは何とも悪いものだった。「ああっと」とか「えーと」などともごもご繰り返し、一向に明確な言葉らしい言葉を話そうとしない。

 何かまだ話したいのならさっさと言ってほしい。少しばかり苛立ったようなミツキの声でようやっと彼の決意は固まったようだった。


「練習、見た。すごかった。全然違う人間がいるみたいで、ああいうのが本気の演技って言うんだろうな」

「練習? ああ、勧誘のための通し練ですか」

「……こんなの、頼むのは迷惑だって分かってるんだけどさ」

 過去一番の迷惑な気配がした。けれどミツキは遮ることもせず黙ってリョウタの言葉を聞く。


「………………断り切れなくて、遊ぶ約束しちゃってさ」


 次の休み、空いてるか?

 恐る恐るといった様子で言う彼に、ミツキは変わらない表情でこう言った。

「ひょっとして馬鹿でいらっしゃる?」



※※※



 結果から言えばミツキは渋った。すごく渋った。「いや」とか「でも」とかをなん十個も使った。しかし。

「頼む! 好きな物買ってやるから!」

「…………何でも?」

「う……一万は越さない計算で頼む」

 ミツキはゲームが好きである。好きなシリーズのソフトであれば発売日に買いに行くほどには好きである。そして今、ミツキは欲しいゲームソフトの発売が重なったため一つは諦めようと考えていたところだった。

 だからまあ、結果的に言えばリョウタの作戦は成功したのである。

 そして押し付けるように連絡先が交換され、当日。



「おう、ちゃんと全員いるか?」

「いまーす!」

「パンフ取った? どこから回る?」

 当日に来たのはリョウタのクラスメイトの面々。女子が二人に男子が二人。それにミツキとリョウタを合わせての六人グループは遊園地の前で顔を合わせていた。

「そいつが例の後輩?」

「お、おう! 一緒に行こうって話になってさ」

「ほー、よろしくな!」

「……よろしくお願いします」

 あまりこちらに注目してくれるなと願いながら、ミツキは言われたことを思い返していた。

 この遊園地で彼が頼まれたことは二つある。

 その一、傍から見て普通に出来ているか確認すること。

 その二、いざ本気でやばそうだったらこっそり止めに入ること。


 ミツキは思う。ここは陽キャの巣窟だ。そして陽キャとは、何故か友人とのスキンシップを多発させる人種でもある。

 せめてエチケット袋はいつでも出せるようにしておこう。そう心に留めながら、ミツキたち一行は騒がしいアーチ状の門をくぐった。



「あれまじやばかったよな!」

「ねえ次なに乗る?」

 ジェットコースターにコーヒーカップ。ゴーカートに遠心力で振り回されるタイプのアトラクション。はしゃぐ彼らに連れられて、そのどれもを堪能する。

 内心久々に乗ったジェットコースターにテンションがあがりながらも、ミツキは言われた通りにリョウタの反応に気を配っていた。いざと言うときのためにエチケット袋だって即座に出せるようにスタンバイもしていた。

 そうして彼らと共に過ごしている中で、ミツキにはいくつか分かったことがある。


 一つは彼らが思っていた以上に人のいいクラスメイトであること。

「後輩君絶叫得意? あたしもあたしも!」

「俺飲み物買って来るわ。後輩君は? なにがいい?」

「今日結構暑いな。気分悪くなったらすぐに言えよ」

 初めこそ初対面のミツキに戸惑っていた様子の彼らだったが、それもすぐに無くなる。物珍しさもあるだろうが、部外者が入っていても退屈しないように気を使ってくれているのが良く分かった。

 初めこそ陽キャの巣窟だと胃を痛めていたミツキだったが、そんなことを考えていたことが恥ずかしくなるほどに彼らは人ができている。陽キャにも色々な種類がいるんだなと、彼らを見てミツキは自身の中の認識を少しばかり書き換えることにした。


 そしてもう一つは。

「あー楽しかった! リョウタは次なに乗りたい?」

「…………オレ、モウイッカイ、ジェットコースター、ノロウカナ」

「ほんと? 私もそう思ってたんだよね!」

 あの先輩が分かっていた以上に意地っ張りであったということであった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る