第三章

第11話 演劇部革命

「授業に来ないと思ったら」

「悪い。ノート見せて」

「いいけどさ。あんたどうすんの?」


 放課後。教室で出ていなかった授業のノートを渡しながらアキラは言う。彼女はミツキの正面にある席に腰掛け、頬杖をついた。几帳面に書かれた授業の内容を自分のノートに写しながら彼は答える。

「何を?」

「その練習相手っての。結局押し切られたんでしょ」

「……まあ」

「どういう風の吹きまわし? あんたあんなに先輩みたいな人嫌ってたでしょ」

「今だって苦手だよ。というかほんとに押し切られただけで別に何も返事してないし」

「それはまた、なんで?」

「答える前に先輩が逃げた」


 リョウタはミツキが唖然としている間に「やべ、今日の日直俺じゃん」と言ったかと思えばさっさと教室に戻ってしまった。それゆえ受けるも何も答えていないと彼が言う。

「だからどうなるか俺にも分からない。以上」

「あんたといい先輩といい、もうちょっとお互いの話聞いたらどう?」

 また面倒なことになってると頭を抱えるアキラを他所に、ミツキはノートを写し終える。彼女にノートを返し、席から立ち上がる。

「いこう。今日が最後の通し練だろ」

「……あんたら二人を逐一聞かされてる私の胃のこともちょっとは案じなさいよね」

 淡々とした彼の態度に皮肉めいた返しをしつつ、アキラは一足早く教室を出たミツキの背中を追う。

 彼らは少し急ぎ目の小走りで、普段の部室ではなく体育館へと向って行った。



 新学期。それは出会いの季節。

 初々しい一年生が入学し、緊張しながらも学校生活を謳歌し始める花の季節。 

 そしてその季節は新入部員勧誘のでもある。


 普段であれば運動部が占拠している体育館は珍しくガランとしていた。

 その中では数人で出来たグループが、表彰式や挨拶に使われるステージの前で固まっている。ミツキとアキラも加わったその五、六人ほどの集団は皆ぞれぞれが運動着に着替え、読み込まれた台本と筆箱を手に立っている。輪になった彼らの視線は一人の女子生徒へと向いていた。


 眼鏡をかけた彼女は見た目からは考えられないような張りのある声を体育館に響かせた。

「今回で通し練習は最後です。体育館も借りれたし、ミスしても止めないから本番だと思って全力でやっていきましょう!」

 彼女の言葉に周囲の生徒が元気よく「はい!」と答える。眼鏡の女子生徒はそれを見て嬉しそうに笑った。

「部長、小物も本番のやつ使いますか?」

「いざ本番で使えないってなったら困るからな。じゃんじゃん使っていくぞ!」

「分かりました。用意しときます」

 アキラの言葉に部長と呼ばれた眼鏡の彼女ははきはきと答える。


「じゃあいつも通りに準備運動サーキットから発声練習で。その後準備時間を空けてから通し練に入ります。よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

 元気のいい返事がまた響き、体育館天井に引っかかったバレーボールを振動させた。彼らは空木学園演劇部。毎年のように廃部の危機に陥っていた部活である。



 演劇部というのは文化部であって文化部ではない部活の一つだ。

 文化部の名を冠していながらも、長時間にわたる劇への体力づくりと肺活量のために筋トレと運動は欠かせない。柔軟後、部員たちは様々な運動を織り交ぜ体育館を走るのだ。

 声を大きく、綺麗に届けるためには発声練習も不可欠。それもまた腹筋をよく使う。下手すれば生半可な運動部より運動をするのが演劇部なのである。



 懸命に準備に取り組む部員たちを見ながら、いち早く己の分をやり終えた眼鏡の女子生徒は目を細めて彼らを見た。

「やっとここまできたか……」

「良く立て直しましたよね、本当」

「そうだろうそうだろう。もっと偉い先輩を褒めてくれてもいいんだよ?」

 己の運動を終えたミツキが彼女の横に立つ。汗を拭いながら彼が言った言葉に眼鏡の彼女は鼻高々と言った様子で答えた。


「ま、廃部寸前でどうなるかと思いましたけど」

「今でもギリギリだけどな! その中でも存続ができているのはひとえに私の手腕あってということだ!」

「誇らないでください。第一、木島先輩が部長になってから大勢やめたから廃部になりかけたんじゃないですか」

「うん。それは――――すまん!」

「元気よく言うことじゃないです」

 ミツキは呆れた表情でそう言った。



※※※



 そもそも前の代の演劇部はお世辞にも精力的とは言えなかった。形ばかりの顧問に、ほとんどが幽霊部員の幽霊部活。当時の部長の意向で練習もなく、活動らしい活動と言えば送別会と新入部員勧誘の劇のみ。

 練習もやらないままの劇が稚拙なのは当然で、それでも名前だけの部活所属欲しさにやる気のない部員だけが増えていく。そんな部活だった。


 しかしそれは夏休み明け、部活所属に意味をなさなくなった三年が、ある二年生に部長の座を丸投げしたことで大きな変化が訪れる。


 現部長、木島芽衣きじまめいは手始めに部長権限でやる気のない部員をばっさり切り捨てた。


 皆の前で「これから本格的に活動をするのでやる気のない生徒は退部してもらう」と言い切り、実際大勢の幽霊部員が退部していった。

 残った部員は彼女自身を含めても存続ギリギリの有様で、一事は教師の間で廃部にした方がいいのではという話が持ち上がるほどだった。だが、教師たちの噂は噂のまま幕を閉じる。


 送別会当日。彼らが最高の舞台を演じきったと同時に、廃部の噂はぴたりと止まったからだった。



※※※



「教師連中の一番の誤算は我が部に化け物じみたエースがいるってことだろうな!」

 そう言いながらメイは満面の笑みでミツキの背を叩いた。力加減を知らない彼女に非難の混じった目を向けながらも、彼は言う。

「……まあ、あのままだったら碌な演劇はできなかったろうし。先輩には感謝してますけどね」

「おお? 今日はやけに素直だな。というか部長と呼べ部長と!」

 演劇部を改革した張本人はにっと笑う、黙っていれば大人しく見える彼女はこの部一番の豪快さを持っていた。運動と発声練習を終え、準備に取り掛かり始めた部員を見てメイはもう一度ばしんと彼の背を叩く。


「ほらほら早くお前も準備しろ! 主役の姫君がいなきゃ舞台は成り立たないんだからな!」

「………先輩って背中叩かないと話せないようなパワータイプだったんだ」

「ん? 激励がもう一回ほしいのか?」

「準備しまーす」

 心なしか目がぎらついている彼女にそう言って、ミツキは逃げ出すように準備に取り掛かかった。

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