第6話 コミュ強先輩は演技がしたい
無言の室内にたっぷりと間を置いて、数分。リョウタは所在なさげにそわそわとあたりを見渡す。返事が返ってくると思ってたらまさかの無言だったのだから、彼の反応は至極当然と言えた。
「そ、それでどうなんだ」
沈黙に堪えられなくなったリョウタは伺うように目の前を見る。けれどミツキ反応は変わらない。あまりに手ごたえのない状況に半ば諦めが入った様子でリョウタは続ける。その顔には苦い笑い顔が浮かんでいた。
「まあ、無理すんなよ。あんなに嫌がってたしな」
しかし黙り続けるミツキに、流石にリョウタもむっとした表情を変える。
「……聞いてる?」
ミツキは考え込んでいる。
「無視は良くないと思うなー俺」
ミツキは悩んでいる。
「もしもし?」
ミツキは難しい顔をしている。
「ひょっとして本気で聞いてない?」
「……」
「っあーもう! 断りたいならさっさと――」
ついに業を煮やしてリョウタは言った。ここまで返事を渋るのだからきっと断り方を考えているに違いないと。
「いいですよ」
「はいはい。得体のしれない厄介ごとだもんな。じゃあ俺はさっさと帰って」
そう言いかけたリョウタの首が猛スピードをつけてぐりんと振り向く。
「へ? 今、なんて」
「罰ゲームのためとか、そういうんじゃないんでしょ」
ミツキの言葉に彼はもげんばかりの勢いで首を縦に振った。それに一切目を合わせないまま、彼は言葉を続ける。
「なら、いいです。馬鹿にしにきたわけじゃないなら」
「ほ、ほんとか? 俺が言うのもなんだけど、あんなに逃げ回るからてっきり俺自体が嫌いなもんだとばっかり」
「陽キャはみんな苦手ですよ。特に先輩みたいな人は特に」
ばっさりとそう言い切ったことにリョウタは尚のこと良く分からないと言いたげな表情を浮かべた。確かに彼の考えることは最もだろう。苦手と言うのであれば何故こんなことを引き受けるのか。
ミツキは変わらない表情のまま言った。
「でも、ちゃんと目的があるなら遊び半分ってわけでもないでしょうし」
女子生徒に囲まれていた時の反応、表情。それはともに嘘偽りがないものだった。
恐らく、彼は本心から人との肉体的接触を恐れているのだろうとミツキは推察する。頼み込む姿勢も必死さも、どちらも仲間内のゲームのためになんてものにはとても見えなかった。
それにいいキャラクターとしての観察にもなりそうだし。
そう思ったことを心に仕舞いながら、ミツキはちらりと相手を見た。リョウタはまだ自体が上手く呑み込めないのか、驚き半分嬉しさ半分と言った顔である。
「できるか分からないし、とりあえず聞くだけでもいいなら。俺なんかがお役に立つとも思いませんけど」
若干皮肉交じりの言葉だったがリョウタは毛ほども気にしていないようだった。目をつぶりたくなるほどの輝かしい笑みはミツキより頭二つ分ほど大きいにも関わらず、随分と無邪気なものだった。
本当に、俺とは正反対な人だ。
無防備に晒された笑顔を前にミツキは思う。よくもまあ、そこまで開けっぴろげに出来るものだと。そんな彼の思いなど知らないままリョウタは言った。
「じゃあ、これからよろしくな! ミツキ!」
「……いきなり名前ですか」
「いーだろ、かたっ苦しいの嫌なんだよ。俺のことも名前でいいからさ! な?」
「――――なるほど。これが陽キャの距離の詰め方か」
変わらない表情のままミツキはぼそりと呟く。本来であれば握手の一つでもありそうな場面だが、両者とも片腕を上げることもしなかった。
「っていうかさ」
話がまとまったのを見てか、ずっと黙っていたアキラが声を上げる。
「あんたが変に逃げ回らずに最初から話聞いてたらこんなにこじれなかったんじゃない?」
「………う」
今のミツキには何よりも痛い正論であった。確かに彼が初めから話を聞く姿勢さえ見せていればこんな回りくどい事態にはならなかったはずである。
しかし言葉に詰まるミツキとは逆に、リョウタはアキラに向って「ああ!」と合点がいったような顔をした。
「君にもお礼を言っとかないとな!」
「お礼?」
アキラが思い当たる節がないと言う顔をすれば、リョウタは笑って言った。
「ほら、今日の昼休みの時の。君が伝えてくれたんだろ?」
「え、私先輩見たのさっきが初めてなんですけど」
彼女がそう言えばリョウタは「はて」と首をかしげる。
「口調も髪型も似てたんだけどな……。他の部員か?」
首をひねるリョウタに対し、アキラは急に何かに気が付いたような表情にを勢いよくミツキに向け、そして言った。
「あんたまた私の真似したでしょ!」
その言葉にミツキの肩があからさまにびくりと跳ねた。
「へ? 真似?」
「先輩が見たのはあいつですよ。私じゃなくてあいつ」
「は?! いや、どう見ても女の子だったけど」
「すいません。俺です」
リョウタの目は過去最高、それこそ眼球が零れないのが不思議なほどに見開かれ、アキラの剣幕にミツキはバツの悪そうな顔を浮かべた。
「……咄嗟の気の強い感じの性格なんてお前以外思いつかなくて」
「ややこしいし私にまでとばっちりが来るからやめてって言ってるじゃん」
「悪い」
「反省が足りない」
「大変反省しております」
やはり表情は変わらないまま、妙に真面目な芝居がかった態度の言い方に思わずと言った風にリョウタが噴き出した。
そうして初めよりは緩まった空気の中、聞こえてきた最終下校を知らせるチャイムに三人は慌てて各々の荷物をまとめるのだった。
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