第3話 演劇部部室にて
「は? 演技?」
ミツキから事の次第を聞いた彼女はコロッケをキャベツと挟んだ総菜パンを驚きのあまりに取り落としそうになった。うまいことバランスを持ち直した後、ソースの一番かかった先端部分を口に突っ込む。そのままむぐむぐごくんと飲み込んでから、彼女は続けた。
「……その先輩のこと本当に知らないの?」
「知り合いも何も、名前だって今日初めて知った」
リョウタは前触れも無く唐突にクラスにやってきて「如月はいるか?」と言ったのだ。そこからは嫌な予感がしたミツキが教室を飛び出して今に至る。
「あんな先輩知らないし、見たこともない」
「苦手そうなタイプだもんね。特にあんたの」
彼女の指摘にミツキは黙ってツナとコーンのおにぎりを押し込んだ。元々ここで読むつもりだった台本を床に広げる。
如月光希と
「で、女装してまで追い返したかったってわけ」
手の動きを止めないまま、彼女ははっきりとそう言った。
「わざわざウィッグに光まで利用しちゃってさ」
「……ああでもしないと帰ってくれなさそうだったし」
髪は調整中だったウィッグで。顔は逆光で隠し、スカートはブレザーを腰に結んでそれらしいシルエットで代用した。そうして出来上がった女子生徒をリョウタはまんまと信じてしまったというわけだ。
「そんだけの演出で完璧に信じさせちゃうのがあんたのすごいところよね。流石は次期部長候補」
「部をまとめるのと演技力は別だろ」
「そんなこと言ってもこういうのは技がある奴に憧れが集まっちゃうもんなの」
演劇部の小道具係は髪の長さを横から確認しながら言う。
「それで、どうするわけ」
「どうって、何が」
ぺらりと台本のページをめくりながらミツキが答える。夏休みに向けての公演の内容が書かれたまだ大雑把な仮台本にはすでにいくつもの言葉が書き込まれていた。文字列から目を離さないままの彼にアキラがため息を吐く。
「その御子柴先輩って人のこと。どうすんの」
「どうするって、別に何も……」
「同じ学校でずっと顔を合わせないわけにもいかないでしょ」
顔を合わせるたびに逃げなきゃいけないなんて面倒じゃない。そう続けながらアキラはようやっと気に入ったらしいウィッグを誇らしげに眺める。彼女の最もな言い分に対しミツキはもごもごと「そうだけどさ」と口ごもった。
「先輩はあんたの演技を見込んで教えてほしいって言ってきたんでしょ」
「でも、変な理由だったら、嫌だし」
「あんたが逃げてるから話しそびれてるだけでしょ」
「う……」
「劇ではあんな堂々としてるのになあ」
話している間にも彼女は整え終えたようだった。ウィッグを元の場所に置くと、次に使う小道具の調整を始める。
「とにかくさ、受けるにしても断るにしてもちゃんと言わなきゃ流石に可愛そうじゃん? 先輩待ってるって言ってたんでしょ」
「………分かってる」
「ま、変なことしようとしたら適当にごまかして連れ出すからさ」
顔色を変えないまま微かに震えている手をちらりと見てから、アキラは明るい声色でそう言った。その言葉にミツキはあからさまにほっとしたような表情を浮かべる。
「……悪い。助かる」
「いいよ別に。迷惑してるわけじゃないし」
彼女はミツキの中の理解者の一人だ。こういった相手が苦手なことを知り、その上で手を貸してくれる。ありがたくも頼もしい友人だった。
その会話を最後に部室にはただページをめくる音と、ハサミが紙を切る音が響く。その沈黙は二人にとって決して気まずいものではなかった。
演劇部である彼らの昼休みは今日も同じように過ぎていく。
※※※
私立
この学園は特色は多種多様の部活動を行っているところだ。その力の入れようは校舎とは別に専用の部活棟を作るほど。生徒の知的好奇心を尊重するという校風の元、天文部やクイズ部など他校ではなかなかないような珍しい部活動も多く見られる。
しかし、それほどまでに膨大な部活をやるとなればもちろん部活同士の生存競争も厳しいことも確かだ。現に少しでも部員数が下回る、活動が乏しい幽霊部活などは他部活動に予算を回すべくあっという間に廃部にさせられてしまう。そのため、どの部活も精力的に活動する意欲に繋がっている。
そんな生存競争に負けかけていたのが当時の演劇部であった。
劇をすれば幼稚園のお遊戯会と揶揄され、学校の舞台ではあまりの大根ぶりに笑いが起きるほど。当然部員は一人また一人と消えていき、とうとう指定部員数を下回るまでになってしまった。
もう廃部まで秒読みか、だがそう考えられていた最中に二人の一年生が現れる。そしてその二人の奮闘により演劇部は見事息を吹き返すことに成功したのであった。
そしてその部員はたった今校門に立っている。
「先輩っ! 探してたんですよ!」
「……へ?」
あんなにも避けていた人物の裾を掴みながら、内心で滝のような冷汗を流していた。
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