第2話 幻聴と対面
「おやすみ」
妹のノアに声をかけるとスマホを持ってサラは自分の部屋へ上がって行った。
ベットに横になり、明日のお弁当は何にしようかと時短料理の雑誌をあれこれめくる。サラはバイト先でまかないが出るが、サラ以外の家族は弁当を持って行く。
料理好きのサラは3人のお弁当を担当していた。メニューは冷食のチキン南蛮と金平ごぼうを入れた具だくさんのお握らずに決めた。手を汚さず、残り物をご飯でサンドし、海苔で包めばいいのだ。切り口は
静寂な時間が流れ、時計の音が眠りを誘うように優しく刻む。もうすぐ意識が無くなり温かな雲のベットに到着しかけた時だった。
「約束通り話しかけさせてもらうよ」
忘れていた彼の声がやや遠慮気味に聞こえた。サラの心臓は最大に膨らみ、全てを思い出さざるを得なかった。
(幻聴との約束)
「本当に約束守ってくれたんだね。用事って何だっけ」
サラははっきりと覚醒し幻聴と向かい合った。
「ありがとう。やっとまじめに交渉できるんだね。君はビートアイランドの料理人に選ばれた。そこには異世界からやって来た者たちが集う酒場や食堂がある。と言っても皆が痛手を負ってヤバい状態の奴らなんだけど…。そこで君の腕を振るって欲しい」
「私が?」
「そうサラが」
「どうして私の名前を知ってるの?」
「ずっと君のことを観察してたからね。まぁ僕がスカウトしたもの同然だ」
「わかった。寝ている間?だけでいいのね。本当に明日のアルバイトに間に合うのよね」
「もちろん!交渉成立ってことでいいかな。じゃあ握手を」
そう言うと幻聴はおぼろげな姿を現した。
黒髪のイケメンだった。サラはアイドルのようなスタイルと顔を持ち合わせた幻聴と対面した。いいや、もはや幻聴ではない。実体化したのだ。
「ヒャーかっこよすぎる~」
サラは声にならない声を漏らした。彼を見た瞬間から、もう夢か現実かの判断はつかない領域に達していた。
「僕の名前はアッシュだ」
彼は名乗ったようだが、サラの耳には届いていたのだろうか。
サラはパジャマのままベットに寝かされた。
アッシュは急いで旅立ちの準備を始め、胸ポケットから1枚の写真を取り出しサラに見せた。写真の中央には月明りに照らされた川のほとりにそびえ立つ1本の大樹が写っていた。
幹は階段のように斜めに傾き、その上にあるツリーハウスのような空間からは強い明りが溢れ出している。上空から撮られた写真なのだろうか。大樹までの道を案内するように、かがり火が焚かれていた。
「ここを目指して飛ぶからね。覚えておいて」
そう言いうとアッシュはサラの片手を握った。
「目を閉じて
空に浮かび上がるイメージをして
ほら、君の家の屋根が見えるね
東を目指すよ
沈みかけの月とは反対方向だよ
じゃあゆっくり前に進むよ
絶対に落ちないから安心して
手は離さないから大丈夫」
サラはアッシュから紡ぎ出される、魔法のような甘い言葉に酔いしれながら空に浮かんだ。もちろん初めてだ。サラは自分の部屋に横たわる自分の体に別れを告げ、夏の夜空に飛び出した。
ちょっぴり肌寒く、アッシュと繋がれた指先からのぬくもりが心地よい。夢なら覚めないで欲しいとサラは願った。
「初めてなのに飛ぶのが上手いんだね」
サラはアッシュの言葉に胸がきゅんとなった。こんな気持ちは初めてで、数時間前まで腹を立てていた幻聴に、今では恋心まで抱いてしまっている自分が恥ずかしかった。
「太平洋は大きいからね。もっとスピートを上げるよ」
そういうとアッシュはサラを引き寄せ肩を抱いた。アッシュの体温がサラの背中にじんわりと伝わって来る。サラの頭は湯気を噴出さんばかりに混乱していた。
「ビートアイランドへの行き方覚えておいてね。次からは1人で来てもらうよ」
アッシュの問いかけにもサラは小さく頷くことしかできなかった。アッシュは風を避けるかのようにサラを抱いていないもう片方の手を前に出した。
「サラ、寒くない?」
「あっ、えっ、少し寒い」
パジャマなので当然の話である。
「ちょっと服を変えるよ」
そういうとサラのパジャマはオレンジと白を基調としたメイド服へ変っていた。今までの自分には無いファッションに驚いた。
「これから行く所は色んな人種がいるから驚かないでね」
「……。」
「サラ、どうかした?」
「私にそんな仕事ができるのかな。異世界から来た人たちに食事を作るんだよね。例えばどんな人が来るの?」
アッシュの説明が始まった。
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