第7話

怪盗ウォッカが現れた瞬間、ネットは沸いた。

つい先程まで誹謗中傷一色だった動画コメントは、途端に歓喜に変わった。


邪悪な権力者に正義の鉄槌を下し、弱き人々を救う怪盗ウォッカは、権威主義と年功序列状態の悪魔合体が横行する日本という国においても当然人気はある。


それに今回は、大勢の国民を非正規と派遣の地獄に落として自分は甘い汁を吸っていたモリタが相手だ。

被害に逢った者の多い日本国民は、多いに盛り上がっていた。



「ではお宝を頂く前に、君の悪行について少し振り替えってみようか」

「な、なんだと………!」



口角を吊り上げて嗤う怪盗ウォッカ。

嗤われる側になったモリタは声を荒げるが、怪盗ウォッカには通じない。



「政治家時代、政権を変える日本を変えると、バカなメディアに踊らされた国民のお陰で、あなたは日本の中枢に食い込んだ………そして、あなたの立案した法律のせいで、多くの国民が路頭に迷う事になった」



モリタへの忖度の為にテレビが報道しないだけで、実際には彼の行った政策あくぎょうの傷跡はまだ残っている。

企業が正社員の採用を渋り、若者が就職できずにいる現状が、まさにそれだ。



「それに対して責任を取る訳でもなく、自分の事業の食い物にした挙げ句、あなたは逃げるように政界から去った」

「ふ、ふざけるな!私はそんな事はしていない!!」

「結果そうなっているだろう、見苦しい言い訳はやめたまえ」



モリタが吠えようと、怪盗ウォッカは話を続けた。

まるで舞台に立つ役者のように、身振り手振りを交えて、自分を映す配信用ドローンの向こうにいる視聴者に向けて。



「そして極めつけが………これだ」



次に怪盗ウォッカが取り出したのは、一枚の紙。

紙幣のように見えるそれは………。



「そ、それは………!」

「ああ、「プリカ」だ………」



モリタの顔がプリントされた「紙幣モドキ」。

この、ネバーランド園内でのみ使えるそれは「プリカ」という名前が使われていた。

そして。



「あなたは、ここで働いている作業員や従業員に給料を払わず、こんな玩具の金を渡しているそうじゃないか………」

「な、何が悪い!?」

「悪いに決まっているだろう、立派な法律違反だ」



無論、プリカはネバーランドを出てしまえば通貨としての価値のない紙切れだ。

いくら貯めようが、ネバーランドの外の物を買う事はできない。


日本円の給料を支払わないにより、ネバーランドの作業員・従業員の元に金は入らない。

ので、どれだけ過酷な労働を課そうが人権を踏みにじろうが、逃亡はおろか弁護士を立てて訴える事もできず、彼らは苦しみあえぎながらのネバーランド内での生活を余儀なくされる。

そしてモリタを初めとするテトラグループの重役達は、給料のいらない労働力で得た利益によって、懐を暖かくする。


なんとも、良くできた奴隷システムである。

そして怪盗ウォッカの言う通り、これは人道に反するだけでなく、日本においては立派な法律違反、すなわち犯罪だ。

バレなきゃ犯罪にならないとはよく言ったもので、従業員・作業員が訴えを起こせず、なおかつマスコミが忖度して追及しなかったが故に、今まで隠し通せていただけである。



「ネバーランドとはよく言ったものだね、他人の人生や命を踏みにじって提供される夢の島………まさに、君らのような上級国民とやらの体現じゃあないか」



そんな、欺瞞にまみれたこのネバーランドを、痛烈に皮肉る怪盗ウォッカ。

彼女の話を聞いている間黙っていたモリタを前に、この配信を見ている視聴者は「正論を突き付けられて黙っているのだろう」と考えた。


だが。



「………それのどこに問題があるのだね!?」

「………は?」



違った。

苦し紛れの反論でなく、モリタの言葉は心の底からのものだった。

上記の所業の数々を、モリタは悪いとすら思っていない。



「たしかに、全うな給料を払えばまあ幸せは感じるだろう、労働基準法にしたってそうだ………だが、それは「人生」と言えるかね?!」



お前は何を言っているんだ?

配信のコメントにもそう流れたし、怪盗ウォッカも仮面の下で呆然としていた。



「真の人生とは、金や遊びの中で得られる物じゃない、人は苦しみ、苦しみ、苦しみ抜いて、人間として大きく成長できる、違うかね?!」



おそらくモリタは、自分が異常な事を言っている事に気づいていないのだろう。

その病的な程にキラキラした瞳には、自らの発言の矛盾点から目をそらし、自己の美学に酔いしれる歪んだ精神が写し出されていた。



「怪盗というズルをしているお前には解らんだろうが、働くという事は給料の為にする事じゃない、休日を目指してする事でもない!」

「………じゃあ、何の為なんだい?」

「それは………「ありがとう」をもらうためだ!」

「………は????」



怪盗ウォッカの、にやけていた口角が僅かにひきつる。

モリタはそれにも、配信のコメントに飛ぶ罵詈雑言にも気付かず、その独善的な持論を話し続ける。



「人間は食べ物を食べなくても、お金なんてなくても「感動」を食べる事で生きていける………そしてこのテトラグループが目指しているのは、そんな「ありがとう」を地球で一番集めるグループなんだ!」



怪盗ウォッカは、その稚拙という言葉すら生易しい、モリタの妄想にも似た持論を見て気づいた。


ああ、こいつは限りなく「善良」なのだと。


ただ自分の行動や理念に対する疑い………おおよその人間なら誰しもが持っている「本当に自分は正しいのか?」という疑問のみが欠場している。

だから、周りからどう言われようと自分の考えに一切の疑いも持たず、それが全ての人々を幸せにすると信じて疑わず、大勢の第三者を巻き込んでこの地獄げんだいを作り出した。


そう思うと、怪盗ウォッカの胸の内に二つの感情が沸き上がった。


一つは怒り。

こんな奴の為に、こんな妄想でしかない理念のために、何人もの人が死んだのかという燃えるような怒火。


一つは諦め。

同じ人間なら、少しは自分の行動に後ろめたさは持っているのではないか?という、僅かな希望が裏切られた事への、呆れに満ちた諦め。



「………所で、モリタ会長、私が盗むと宣言したあなたの「お宝」だが………何だと思う?」

「な、なんだね………!」



改心も贖罪も期待はできない。

何故なら、彼にとってその悪行………企業側に悪魔の力を与え、何人もの若者を食い物にさせて、自分もついでに甘い汁を吸うという行為が、善意から放たれた物だったから。

ならば。



「それは………あなたの「命」さ」



だったらもう、殺すしかない。

そもそも最初からそう予定していたタキオンの手の内で、アンカー………ドッペルゲンガーの力により産み出されたそれが、姿を変える。

対象を捕獲する為のワイヤー付きアンカーから、対象を殺す事を目的とした、怪盗ウォッカ愛用のサーベルに。



「な、なんだと………!!」

「モリタ会長、あなたはやりすぎたんだ………あなたのような、他者を食い物にする挙げ句その行為に罪悪感すら抱いていないような人間を、生かしておくワケにはいかないね」



シャラン。

刃が、殺意を込めて鈍い光を放つ。



「ま、待て!私はまだ「ありがとう」を集めなければならないんだ!金が欲しいならやるぞ!?」

「言い訳はあの世ですることだ」



目の前の人間が殺すしかない相手だと解ったなら、もう一切の容赦はいらない。

怪盗ウォッカが、その刃を持ってモリタの命を刈り取ろうと駆けた。

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