第6話

予告状に指定された時間は、その日の0時………丁度、日付が変わる頃。

時間は、刻一刻と迫っていた。


モリタは、この日の為に無数の監視カメラやドローンを購入し、いつも以上に厳重な監視の元、怪盗ウォッカの出現を待っている。


………その割には警備員を増やさない所を見るに、この男は「人間に金を払う」事が余程嫌いなのが見て取れた。

そして何より、ここには警察がいない。

モリタが警察の介入を拒んでいるのだ。

国民の無関心を盾に、後ろめたい事をしているという自覚は一応あるらしい。



ビルの眼下では、今もネバーランドの電飾が光輝き、自分達が弱者を踏みにじっている事を知らない客が遊び呆け、踏みにじられる側である従業員や作業員が張り付いた笑顔で接客をしている。

大事な相手アズマの同胞にとやかく言いたくはなかったが、これを見ているスカーレットの脳裏には、やはり「愚民」だとか「上級国民」という言葉が過る。



「ううむ、後五分か!怪盗ウォッカめ、どこからでも来るがいいッ!」



酒でも飲んだかのようにテンションの高いモリタと合わせて、この名ばかりの夢の島・ネバーランドを取り巻く全てに、スカーレットは冷ややかな目を向けていた。



「………ここが、中世のイギリスじゃなくてよかったわね………」

「む?何か言ったかね!?」

「いえ、何も」



そんなスカーレットの皮肉にも気付かず、モリタは給湯係に持ってこさせた紅茶を一口。

瞬間、彼の表情が怒りに歪んだ。



「おいお前!私はいつも夜は何の茶葉を使えと言っているかね!?」



目の前にスカーレットとアズマがいる上に、この様子が配信されているにも関わらず、モリタは紅茶を淹れてきた給湯係の社員を怒鳴り付けた。



「いいかね!?人というものはこういう小さな事の積み重ねで形作られるのだ!君のようにこうした事をどうでもいいと片付ける人間というのは、かならずしっぺ返しを食らう事になる!いいかね?!過去はかならず君を逃がさない!」



上部だけの言葉を張り付けているのを見るに、恐らく自分が意識の高い人間である事を演出したいのだろう。

だが所詮は老害の発想だ。

そんな事で好感度を覚える人間など、今の時代にはいない。


気になったアズマは配信のコメントをチラ見したが、やはり視聴者はそれを見抜き、モリタに対して罵声を浴びせている。

所詮、意識の高い言葉をメッキとして塗りたくっただけの、パワハラでしかない。



「いいかね?!人生というものは………」



そんな、老人の独りよがりの説教ショーに辟易としている中、最初に気付いたのはスカーレットだった。

紅茶の香り、そして口汚く罵られても表情一つ変えない給湯係の社員。


………こんな事は、前もあったのだ。

デジャヴなどではなく、たしかな記憶として。



「あの………お取り込み中失礼します」

「むっ!?なんだね?!」



スカーレットが、モリタと社員の間に割って入る。

その間も社員は、相変わらず無表情を貫いている。



「………そのお紅茶、ハーブティーですよね?ええ、知り合いに好きな人がいるんですよ………」



カチ、コチ、と、壁にかけられた時計は次第に12時丁度へと針を刻む。


そう、「あの時」もそうだった。

SNSに流れた犯行証明に従い、その日スカーレットはある企業のパーティー開場にいた。

その時も、企業の重役がワインではなくハーブティーを用意していた事にキレ散らかしていた。


潜入のつもりなら、なんてバカなんだと思うだろう。

だが、「あいつ」にとってのこれはポカでもミスでもなく、いわゆる一つのパフォーマンスだ。

風来坊がハーモニカを吹きながら登場するように、「あいつ」が現れる時は必ずハーブティーの香りが共にある。



「………いい加減、ワンパターンなのよ」



目を鋭くして、スカーレットは睨み付ける。

瞬間、無表情を貫いていた社員の口角が、初めてニタァァとつり上がる。

同時に、時計の針がカチリと12時を………予告状の通りの時間を指した。




………どしゅううううううううううっっっ!!!!




次の瞬間、社員は破裂するかのように全身からスモークのように、冷気を放つ。



「ッ!?」

「冷たッ!?」



完全に不意打ちである。

スカーレットとアズマが視界を奪われると同時に、冷気の向こうから触手か鞭のように伸びてきたアンカーが、モリタを捕らえた。



「ひ、ひぃぃぃっ!?」



捕まったモリタは、そのまま冷気の向こうへと消える。

それから間を置いて、パリンッ!!というガラスの割れる音が響いた。



「しまった………!!」



完全にしてやられた。

スカーレットが気づいた時には会長室の展望ガラスが割れ、煙幕代わりの冷気が屋上から吹き出しはじめた後。

無論、そこには既にモリタも、あの社員の姿もなかった。






………………







マンハッタンの摩天楼という程ではないにしろ、このテトラグループ本社ビルは超高層に分類される。

モリタは、そんな自分の城から縛られた状態でまっ逆さまに落ちていた。



「うわあああああああああああああああ!?!?」



人生の中でバンジージャンプはした事はあったが、これは命綱なしの飛び降りだ。

顔に猛烈な風圧を受けながらモリタは、自らに猛烈な勢いで迫ってくる地表を確かに見た。



「しぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!ぬるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」



死にたくない。

そう叫ぶモリタの声を「彼女」が聞いたのは、彼に対する慈悲の気持ちからでは断じてない。

こいつはもっと怖がらせてから死ぬべきだ、と考えたからだ。



「………ふんっ!」

「ぐぇっ!?」



直撃の寸前、「彼女」はモリタを縛るアンカーを握る手を振るい、アンカーから解放。

激突の寸前に彼を空中に放り投げた。


これにより落下の勢いは死に、彼は本社ビルの周囲に植えられた街路樹に突っ込んだ。

これがクッションとなり、モリタは木の上から地面に背中から落下。

潰れたトマトにならずに済んだ。



「うっ、げほっ!げほっ!」



けれども、縛られた事で内臓に受けた負担は大きく、モリタは苦しそうに腹を押さえて咳をする。

そこに、「彼女」はツカツカと靴を鳴らして近付いてくる。



「おやおや、貴方は8階のビルから社員に飛び降りろと言ったくせに、自分はこの有り様か………」

「お、お前は………!」



動画撮影用のドローンが、倒れたモリタを見下す「彼女」を取り囲む。

だが見上げるモリタは、まるで「彼女」がドローンを従えているかのように錯覚した。



街頭とスポットライト、そしてパークの明かりの中で、彼女はまるで舞台に立つ役者のように凛と立っていた。


スラリと高いスレンダー体型で、小さな肩幅とホルターネック式のコルセットで強調された膨らんだ胸が、彼女が女性である事を物語る。


キラキラと光る銀色のショートヘアに、陶磁器を思わせる白い肌。

上記のコルセットと合わせて、皮のベルトにズボン、ブラウス、そして素顔を隠す仮面に羽根つき帽子。

それはあまりに漫画的であり、三銃士だとか怪傑ゾロだとかのイメージを持ってきて、男装の麗人に落とし込んだようにも見える。


露出が少なく、胸も強調しているが控えめと、あらゆる面で面白いぐらいにスカーレットの「逆」をいく彼女。

ただ共通しているのが、彼女が単なるコスプレイヤーの類いではないという所。


そう、彼女もスカーレットも「本物」なのだ。

見た目通り、彼女は混迷する現代におとぎ話の中から現れた、本物の義賊。

人々を苦しめる権力者や金持ちから、その「宝」を奪う事で懲らしめ、苦しむ人々を救う。



「やあやあ配信をご覧の皆さん!私は怪盗ウォッカ!万雷の拍手で迎えてくれたまえよ!!」



誰が呼んだか、現代の美少女化したアルセーヌ・ルパン。

「怪盗ウォッカ」が、ついにモリタの前に姿を現した。

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