第8話

「言い訳はあの世ですることだ」

「ひいいっ!!」



シャラン、と、黒い刃が夜に舞う。

狙うは、眼前の狂ったピーターパンおじさんモリタ

殺すしかない相手なら、元の非道さと合わせて、何の躊躇いもなく殺せる。


彼の政策や経営の犠牲となった人々の無念と嘆きを乗せて、唸る刃がその首を刈り取ろうとした。


その、直後。



「ん?」



サーベルを振り下ろそうとしたウォッカの手に、何かが落ちてきた。

ハエでもついたか?と思ったが、よく見ればそれは………砂粒より少し大きい、コンクリートの破片であった。


なんだこれ?と思った直後、その答えは衝撃的な形で訪れた。



「ウォッカぁあああああああああああ!!!!」



ガリガリガリ!と、何かが本社ビルを削りながら、すごい勢いのスピードでこちら目掛けて迫ってくる。

衝撃的な光景であったが、その際の、咆哮にも似た自分を呼ぶ声で、怪盗ウォッカはその正体に気付く。



「スカーレット!?」



仮面の奥の瞳は、驚愕により見開いていた。

そこに居たのは、宿敵スカーレット・ヘカテリーナ。

褐色のダイナマイトボディを、ボンテージのような装備に身を包んだ、彼女の目印とも言えるテイカールックは変わらない。

そして、愛剣・イフリートを本社ビルに突き立てて落下の衝撃を殺しつつも、猛スピードでこちらに迫って降りてきていた。



「ファイアッ!!ファイアッ!!ファイアッ!!」

「くっ!!」

「ひ、ひいいっ!!」



怪盗ウォッカとモリタの間を引き裂くように、スカーレットのファイア連打が飛ぶ。

着弾をバックで避ける怪盗ウォッカと、周囲に降り注ぐ火球を前にしてビビり散らすモリタ。


目的は、怪盗ウォッカへの攻撃ではなく、あくまでモリタから離す事だろう。

証拠に、怪盗ウォッカはモリタから離れたし、モリタもまた目立った外傷はない。



「ふんっ!!」



そして壁を蹴り、本社ビルを抉っていたイフリートが抜ける。

スカーレットの身体は夜空の宙を舞い、怪盗ウォッカの眼前に降り立った。


この時、配信用ドローンに映し出されたスカーレットは、はじめてアンチコメントを受けとる事になった。

結果的にモリタを庇った事になったのだから、まあ当然だろう。


しかし、そんな事は今のスカーレットにはどうでもいい。

重要なのは………眼前に宿敵が、怪盗ウォッカがいるという事。



「やめなさいよウォッカ、殺しなんて、あんたらしくもない」

「ははは、相変わらず嬉しい事を言ってくれるじゃあないか、スカーレット!」



何も知らぬ第三者から見れば、軽口を飛ばし合っているようにしか見えないだろう。

しかし彼女達の間では、何度も何度も殺意の刃が叩き合わされている。

それでもなお、両者とも踏み込みを避けようと思える程に、隙がないのだ。



「お、お前ッ!私の本社ビルに傷を………!」

「黙れサイコジジィ!!あんたに殺された人々に比べたらどうって事ないわ!!」

「ひ………!」



余計な茶々を入れてきたモリタを逆に怒鳴り散らす程には、スカーレットは殺気だっていた。

まさか雇い主に暴言を吐くと思っていなかったモリタは、この予想外の反撃に恐れおののく。

ネットの罵詈雑言が、少しだけ和らいだ。



「………スカーレット、そいつが何をしたかは………まあ、知っているね?」

「知らないワケないでしょ、有名よこいつ」

「そうか………」



怪盗ウォッカの没サーベルの切っ先が、スカーレットに向けられた。

それは攻撃の準備ではなく、スカーレットに向けられた「指」であった。

追及の際に突き付けられる、指だ。



「なら………私の邪魔をしようとするのは何故かね?こいつは、生きるに値しない人間だ」



スカーレットには、怪盗ウォッカの主張を真っ向から否定する事はできなかった。

こんな露出狂同然の格好をしているスカーレットではあるが、彼女とてそれなりに社会生活を重ねた大人だ。

世の中には、どうしようもなく救い用のない人間が存在する事も十分知っている。


モリタが、そんな人間の一人であるという事も。



「そうね………でも、それを決めるのは私達じゃないわ」

「ほう?」



同時に、自分にも怪盗ウォッカにも、モリタを裁く権利も資格もない事も。



「私達が生きているのはね、社会を持たせる為の法律で守られた国よ………なら、そうした連中の処遇も裁きも、国のシステムに委ねるべきだわ」



それは彼女の大人としての………怪盗ウォッカとは違う、法治国家で生きる善人としての意見だった。


そうした事は、警察や裁判所といった組織のする事。

テイカーのような力を持ったとしても一般人に許されるのは、正当な手段で告発するか、捕まえて警察に突き出すぐらいだろう。

アメコミのヒーローにこれが多いのも、彼女の生活圏内であるアメリカで、そうした考えが広まっているからだろう。



「腹が立つのも、許せないのも解る………でもね、私達にはそこのサイコジジィを裁く権利なんて、ありはしないのよ」



日本のフィクションにおいては、逆にウォッカのように「外道は殺す」というしたスタンスのヒーローはいる。

だが、その多くは非合法専門の闇の仕置人であり、あくまで悪いものという扱い。

物によるが、基本的には正当化される事はない。



「ふふふ………素晴らしい、実に模範的だな、スカーレット」



そんなスカーレットの答えを聞いて、怪盗ウォッカは笑った。

嘲ってバカにするのではなく、喜んでいるようにも………いや、実際に彼女は喜んでいた。

スカーレットの、その答えに。



「正論と言うには青臭く、綺麗事と言うには事務的で………いいね、いいじゃあないかスカーレット」



そして改めて、サーベルの切っ先をスカーレットに向ける。

今度は主張でも、指摘でもなく、お前と戦いたいという宣戦布告として。



「実に、君らしい」

「褒め言葉として受け取っておくわ、ウォッカ」



スカーレットもまた、イフリートの身の丈ほどある巨大な刀身を、怪盗ウォッカに向けた。


そうだ。

いくら舌戦を交え、己の主張と理想をぶつけ合ったとしても、結局最後に物を言うのは武力だ。

正義なき力は暴力でしかないが、正義を主張し貫くには、相手に言う事を聞かせられる程度の力が必要なのも、また事実。

そういう意味では、人間という種族は石器時代から何一つ進歩していないと言えるだろう。


だが、スカーレットも怪盗ウォッカも、今はそれに感謝していた。

己の正義を貫く事に、細かい資格も主張も必要ない。

ただ、眼前の相手を倒せばいいのだ。



ヒュウウ。


と、夜風が吹く。

その、古い西部劇映画のワンシーンのような一瞬が、両者の決闘の火蓋を切って落とした。



「では始めようか………スカーレットぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」



出身は東洋。

控えめな乳房と、露出の低い上品な格好。

雪のような白い地肌に、仮面で隠した素顔。

ドッペルゲンガーの効果の都合により、常時冷気を帯びたか細いサーベルの刃を振るう、怪盗ウォッカ。



「ウォッカぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



出身は西洋。

揺れる巨乳に、ボンテージのような下品な格好。

燃えるような褐色の地肌に、水着同然の露出っぷり。

得意の火属性魔法を付加した、熱い熱気を放つ大剣イフリートの刃を振るう、スカーレット・ヘカテリーナ。



何もかもが正反対である、互いを宿命の好敵手として見据えた二人の女剣士が、互いを倒すべく駆ける。

そして、欺瞞と狂気に彩られたテトラグループ本社ビルの元で、両者の刃が激突する。

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