第4話
結局、スカーレットはモリタの仕事を受ける事にした。
確かに、控えめに言っても自分が悪とすら自覚していない悪人であるモリタと組むのは気が引けたが、怪盗ウォッカを前に引くのは、彼女と長年激闘を繰り広げてきた身が許さなかった。
スカーレットからした怪盗ウォッカというのは、
いわば某怪獣王に対する三つ首竜であり、
光の巨人に対する宇宙忍者であり、
白い悪魔に対する赤い彗星。
それを前にして背を向ける選択肢など、最初から無いのだ。
しかしながら、彼ら
そこで、スカーレットが下した生存戦略、それは………。
ポチポチポチ。
スカーレットと共通で使用している、SNSのはみだしテイカーズ公式アカウント。
アズマはもっぱらそこに、愚痴とも謝罪とも取れる呟きを淡々と投稿している。
無論、アズマが病んでいる訳ではなく、これはスカーレットからのビジネス的な指示によるものだ。
「ガンメンブッグ、イクスィー、トゥゲッター………これコピペじゃダメなんですか?」
「ダメに決まってるでしょ、イクスィーの方は私がやっとくから」
アズマとスカーレットがやっているのは、所謂「お気持ちツイート」というやつだ。
今回の仕事はスカーレットの本意でやっている事ではないという事を、意味深な愚痴や呟きに混ぜてネットに放流しているのだ。
例を挙げると「仕事な以上本心では嫌でもやらなきゃいけない事がある」「働き手と雇い主が同じ思想を持っているとは限らない」とか、そんな感じに。
モリタが本人の発言通り、ネットを見ないかどうかは解らない。
見ないにしてもトレンドリサーチ目的の腹心がいるかもしれないという事を考慮し、できる限り連中に悟られないよう、かつファンに真意が伝わるギリギリのラインを攻めて、お気持ちをネットの海にポイポイしている。
「スカーレットの燃え萌えチャンネル」のフォロワーや視聴者には解ってくれる人が多いらしく、内容を汲み取って本当は嫌なんだと察してくれている。
………彼等の周りに限定すれば。
「………うっわ、やっぱ出てくるわよねぇ、こういうの」
スカーレットが顔をしかめたのは、彼女のチャンネルもある動画サイトに投稿された、一本の動画。
その、サムネイル。
ヤクザのような風貌の筋肉質の半裸の男が、腕組をしてこちらを威圧的に見下ろしている。
目下の相手を頭ごなしに叱りつけるような男の両サイドに「おいスカーレット」「聞け」という文字。
そして動画のタイトルは「スカーレット・ヘラドンナを救いたい」。
よくある物申す系である。
救いたいなんてのはタイトルだけであり、その中身はこちらの真意も立場も無視した頓珍漢な説教を詭弁を交えて正論に聞こえるようそれっぽく仕上げただけであり、独りよがりなワンマンショーでしかない。
「何が救いたいよ、私は困ってもいないし苦しんでもいないわ」
が、そんな動画の再生数がぐんぐん上がっている様は、今スカーレットとアズマがどんな立場にいるかを物語っていた。
………彼等の「お気持ち」の効果があったのはファンのみであり、現在のはみだしテイカーズはほとんど炎上しているような状態であった。
今まで無関心だった層が、スカーレットへの反感と怒りを持って向かってきているのだ。
元より、乳や尻をウリにしているスカーレットだ。
こうなった際に、いくらこちらが正しくとも助けてくれる者はいない。
そうじゃないというファンの弁明も、バカな信者の戯れ言として片付けられる。
「こんな事になってまで、スカーレットさんは怪盗ウォッカと戦いたいんですか?」
「それはそれよ………あ、ちょっとトイレしてくるわね」
そう言って、スカーレットは一旦ベンチから席を外す。
パーク内のトイレに消えて行くスカーレットを前に、アズマは手元のアイスクリームを一舐め。
甘いバニラの味が口に広がったが、それはこのネバーランドと同じく、どこか人工的な添加物の味しかしなかった。
仕事を引き受けたはみだしテイカーズに対して、モリタは対価の一つとしてこのネバーランドの特別パスポートを進呈した。
本来なら十数万円するそれは、発行から一年の間のみ、このネバーランドへの入場及び、売店、アトラクション、その他諸々をタダにできるという破格のアイテム。
しかし、アズマもスカーレットも、ネバーランドを楽しめずにいた。
上手く具体的な言葉にできなかったが、パーク全体が異様なのだ。
スタッフからキャストに至るまでが、まるで張り付いたような笑みを浮かべているような、不気味な雰囲気を漂わせているのだ。
そんなだから、どのアトラクションもパーク内の着ぐるみでさえも、関わる事の気が引けた。
故に、間食として買ったアイスクリーム以外には、まだこのパスポートを使っていない。
恐らく、この後も使う事はないだろう。
「………はあ、やめだやめだ、一旦休憩!」
一通りのお気持ちツイートを終えた事と、それでも炎上状態は収まらないだろうという諦めから、アズマは一旦携帯から手を離して天を仰ぐ。
夏の青空に、雲がゆっくりと流れてゆく。
爽やかな夏のワンシーンのハズなのに、アズマの心はどしゃ降りだ。
「そこの少年、隣よろしいかな?」
空を見上げて放心していたアズマに対して、その背後から飛んでくる、知らない女性の一言。
姿勢をただして振り向くと、そこにはそのハスキーボイスの通りの外見の女性が一人立っていた。
背はスラリと高く、胸こそ無かったもののジーパンで強調された尻・太ももはムッチリしたラインを強調している。
青いメッシュの入った黒いショートヘアーと、これまた青いアイシャドウの輝く、切れ長の目をした美女がそこにいた。
スカーレットとは系統が異なるが、美形である事には変わりない。
「………どうぞ?」
「ふふ、感謝するよ、少年」
美女は、アズマの隣に座ると、ポケットから取り出した飴を口の中で転がしはじめた。
包装紙にはコンビニのシールが張っており、ここで買った物ではないと解る。
「………時に少年、面白い物を見せてあげよう」
しばしの沈黙を置いて、美女はポケットから一枚の紙を取り出し、アズマに見せた。
それは。
「………なんです?これ」
それは紙幣にも見えたが、通常偉人が書いてある所にあったのは、このネバーランドのマスコットキャラクターの顔。
単位は100となっており、子供銀行のような玩具の紙幣を思わせる。
「これはね、このネバーランド内でのみ通用する紙幣さ」
「ネバーランド内でのみ………?」
アズマは、彼女とは初対面であり、普通なら彼女の言う事は信じないだろう。
しかし、あのモリタの悪い意味で強烈な人間性と、ここの作業員やキャストの精気のない死んだ魚のような顔。
………そして何よりある賭博漫画にて、権力者が労働者を劣悪な環境に縛り付ける為の手段の一つとして、似たような事をしていたが故に、
アズマの脳裏に「まさか」と過る。
「ここの人達はね、日本円は払って貰えないんだよ」
「じゃあまさか………」
「その通り、ここで作業員従業員に支払われるお給料というのが、これさ」
聞いてアズマは背筋が冷えると同時に、やっぱりなと納得していた。
「当然ながら、日本円への換金はできない………ここから脱出しようにも手段すら作れず、会社はそれをいいことに労働者に対してどんな劣悪な労働環境をも置く事ができるのさ」
現実世界において似た例を挙げるとすれば、1936年に使われていた西表炭鉱で使われていた「炭鉱切符」があるだろう。
これも炭鉱内でしか使えない通貨であり、借金を背負わされて炭鉱に来た人々に支払われていた。
これにより外界と関わる手段を断ち、一度炭鉱に入れば二度と出られず、炭鉱を管理する権力者は給料のいらない労働力を使い潰しにして利益を稼いだ。
当然、現代の日本で同じ事をすれば犯罪である。
だが。
「そんなの、警察が黙ってないんじゃ………」
「モリタの権力で揉み消されるのがオチさ、法の正義も資本には勝てないからね」
そんな漫画の悪役のような事と、アズマは唖然とした。
だが、そもそもモリタという男は、自らの利益の為なら平気で多くの国民を路頭に迷わせる男だ。
こんな非道な行為ぐらい、平気でやるだろう。
「それに、日本人というのは不美人と他人に冷たいからね、実際使い潰しされる労働者よりも猫が虐待された事に怒り狂う民族が、どうしてただの労働者を助けようと思う?」
「それは………」
件の漫画の権力者は、過酷な環境で人権を一切無視される労働者に対して「こいつらはクズだからこれぐらいされていい」と自らの非道を正当化していた。
だがモリタは、罪もない人間に対してもこんな事を平気でやっている。
それもきっと、罪悪感すら感じずに。
「ここの頭領はこの遊園地を「夢の島」とか言っているらしいが、確かにごみ捨て場の方の夢の島だろうね………あるのは醜い欲望と、それに巻き込まれた可哀想な人達の死体だけどね」
アズマは、何も返さなかった。
否、返せなかった。
彼女の言葉の一つ一つを、自分も身を持って知っていたから。
「そういう連中の片棒を担ぎたくないなら、極力ここで買い物はしない事だ………
「えっ!?」
アズマは驚いた。
自分と彼女は初対面のハズ。
それなのに、何故彼女が自分の名前を知っているのか?と。
君は誰だ?そう訪ねようとアズマは振り向くが。
「………えっ?」
既に、そこには誰もいなかった。
まるで、酒気を帯びた際に見た幻がごとく、彼女は姿を消していた。
ハッカ飴の爽やかな香りが残留する中、トイレから戻ってくるスカーレットの姿が見えた。
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