第3話

「予告状の送り主が………怪盗ウォッカだとしてもかね!?」



立ち去ろうとしたスカーレットを呼び止めるに、その名前は十分な効果を発揮した。



「………今、なんと?」



ビジネスにすらならない話を持ちかけてきたモリタであったが、なるほど、その名を聞けばスカーレットも黙ってはいられない。



「フフフ、食いつくと思ったよ………!」



モリタの勝ち誇った笑みは見ていて腹が立ったが、彼の見せてきたパソコンの画面を見れば、そんな感情も引っ込んだ。


「あいつ」の直筆の予告状を画像データとして取り込み、メールに張り付けるというアナログな形で、それはこのインターネットのイの字も知らないと自称する男のパソコンに送り付けられていた。


いつもなら、「あいつ」は同じ手口でありながら、送り付けるのはSNSのDMダイレクトメッセージ

なるほど、ターゲットがどういう人間かを理解しているのだろう。



「スカーレットさん!これは………!」

「間違いないわ………筆跡も、癖も、間違いなくヤツ………」



「あいつ」は、あまりに有名である。

日本にこそ現れていないが、アズマを筆頭に、その悪事かつやく悪名ぶゆうも日本全土に知れ渡っている。

当然だ、世界にすら知れ渡っているのだから………。



………予告状の内容は、こうだ。



日出る所の、虚構にまみれた夢の国。


その、欲深きピーターパン気取りのフック船長に、その薄汚れた欲望にまみれた夢の終わりを告げる。


目覚ましの時は××日。

シンデレラの魔法が解けると同時に、悪夢に終わりを告げるとしよう。


心して待て、貴様の宝はこの私が頂く。


悪党の天敵にして、罪なき人々のよき隣人………………




「………………怪盗ウオッカ………………!」




宿敵の名を読み上げるスカーレットの横顔は、高難易度のダンジョンに潜っている時のように鋭かった。

それは間違いなく、彼女と「あいつ」の、長きに渡る因縁と激闘を裏付ける証拠に他ならない。






………………






………「怪盗かいとうウオッカ」。


その名が初めて現れたのは、今から7年前。

奇しくも、スカーレットがテイカーデビューすると同時である。



当時、今はすでに失脚した北方某国の独裁者がいた。

独裁者は威圧的な恐怖政治で有名であったが、はっきり言って世界は彼を楽観視していた。

国外においてなら、某国も彼の恐ろしさも、インターネットミームとして消費される「ネタ」に過ぎなかったから。


だから、彼が領土問題で長らく揉めていた隣国に対して、あまりに雑な理由で侵略戦争を起こし、世界は仰天した。

ネタはネタでなく現実であり、独裁者は残虐かつ非人道的なやり方で、国力で劣る隣国を蹂躙した。


当然ながら国際社会から批判を浴び、様々な国が某国に制裁を加えた。

この日本ですら断交・経済制裁を行った程だ。


しかし、アメリカと並ぶ程の大国であった某国は、制裁を受けようと自給自足ができる程の国力はあった。

国内にすらこの侵略戦争を批判する声はあったが、独裁者はそれらを粛清し、国民をミーム通りの恐怖によって縛り上げた。


国民の声にも耳を貸さず、踏みつける。

制裁を加えても、ほぼ効果なし。


この独裁者を止められる者はいないのか?

そんな時、某国の政府に向けて一通の手紙が送られてきた。


そこには「邪悪な魔王の鼻をあかしてやろう」と記されており、自分を侮辱されたと憤慨した独裁者は、送り主を粛清しようとした………

………が、世界最凶と恐れられた某国の捜査機関を持ってしても、送り主を特定する事はできなかった。


業を煮やした独裁者は、手紙を届けた郵便配達人を犯人と決め付け、戦争に反対した国民同様に粛清しようとした。

そして、郵便配達人は銃殺刑の霞と消え………る事はなかった。

処刑の直前、郵便配達人は忽然と姿を消したのだ。


ハゲ頭を茹で蛸のように赤くして怒り狂う独裁者の眼前。

某国の宮殿にて、世界に向けた報道が行われる中、「そいつ」はついに世界にその姿を現した。


厳重な警備で守られているハズの宮殿に現れた「そいつ」は、かの仮面の怪傑を思わせる、仮面にサーベルを備えた男装の麗人であった。

「誰だ貴様は!」と声を荒げる独裁者に、それは歌劇の一幕のように答えた。



「お初にお目にかかります大統領!そして世界の皆様!私の事は、いわば甘い酒気の中で見た幻………そう「怪盗ウォッカ」とでも呼んでください!これより、そのちっぽけなプライドの為に人々を泣かせる暴君の王座を、見事頂いてご覧にいれましょう!」



完全にバカにされ、頭に血の登った独裁者は、周囲にいた護衛に怪盗ウォッカの処刑を命じた。


彼女に突き付けられた銃口から、何百発の銃弾が放たれたが、どれも怪盗ウォッカを貫く事はなかった。

宣言通りの幻がごとく、怪盗ウォッカは銃弾の間をすり抜けて、護衛の兵隊を次々と行動不能においやる。


痺れを切らせた独裁者は、自らの手で怪盗ウォッカを殺そうと向かってきた。

今は大統領だが、これでも旧政権では殺し屋であり、怪盗ウォッカのような小娘なら殺せる、と考えたのだろう。


しかし怪盗ウォッカは、独裁者をサーベルの一撃で切り伏せた。

そして気を失う独裁者を尻目に、再び幻のように消えてしまったという………。


………その直後、独裁者の軍資金の出所を記した情報が国連に、宮殿の極秘の見取り図を記した情報が某国内の反政府レジスタンスの元に、怪盗ウォッカ名義で流出。


独裁者が目を覚ました時には、資金源は差し押さえられ、脱出経路は封鎖。

逃亡はままならず、そのまま寒いツンドラの牢獄へ直行という形で、国連下で行われた発の侵略戦争は終結した。



大国国家元首の座を盗むという鮮烈なデビューを果たした怪盗ウォッカは、以降も世界各地に姿を現し、その名を轟かせた。


ターゲットは、人々を苦しめる権力者や金持ち達。

政治家、企業、果ては王族やカルト教団まで。


一時は戦争を終わらせた救国のワルキューレとして持て囃された怪盗ウォッカであった。

が、自分達の立場を危うくするならと、政府や企業、それらに買収されたマスコミは、次第に彼女を単なる泥棒として扱い出した。


けれども、市民を苦しめる権力者達の鼻を明かし、結果的にではあるが自分達を圧政から救ってくれる怪盗ウォッカは、市民の英雄であり続けた。



そんな、ある日。


当時、ザ・ブレイブのエースとしてメキメキと頭角を現し、成人したての娘の着る過激なコスチュームで人気を博していたスカーレットが、怪盗ウォッカと対峙した。


理由は、怪盗ウォッカが次のターゲットにしていた企業と、ザ・ブレイブがタイアップしていたから。

その時スティーブンは怪我で離れており、スカーレットは一人で、その企業の重要機密を盗もうとする怪盗ウォッカと対峙しなくてはならなかった。


企業ビルの屋上。

月明かりの元対峙した怪盗ウォッカは言った「君は冒険者テイカーか、下品な露出コスプレイヤーかと思ったよ」と。

スカーレットは答えた「自分の正しさを押し付けるような、つまらない女よりはマシよ」と。


その時のスカーレットが、まだ大海を知らぬ蛙であった事を考慮に入れても、ザ・ブレイブのエースである以上はトップクラスの実力を持っていたのもまた事実。

しかし、怪盗ウォッカはそんな大海の存在だった。

スカーレットの炎は、煙のような怪盗ウォッカには引火すらせず、つばぜり合いと剣を叩きつける火花が散るだけの状況が続き………



………思えば、あれはまぐれだった。

しかし、スカーレットが振るったイフリートの一刃が、世界ではじめて怪盗ウォッカに触れた。

怪盗ウォッカの胸リボンジャボに刃が掠り、ほんの少しだが削れた。


直後、いつものように怪盗ウォッカは幻のように消えてしまい、結果的には逃がしてしまった。

けれども、スカーレットはその時に見た怪盗ウォッカの表情をよく覚えている。


仮面の下の瞳は解らなかったが、その口角はつり上がり、まるで狂喜するかのような笑顔をこちらに向けていた。

ようやく、楽しませてくれる相手を見つけた、と………。



………その日からだ、スカーレットと、怪盗ウォッカの因縁が始まったのは。


スカーレットは、何度も怪盗ウォッカと戦った。

その度に激闘を繰り広げ、時に圧倒され、逆にあと一歩の所まで追い詰めて………結果、逃げられるを繰り返していた。



この所、スカーレットがザ・ブレイブを追放されてしばらくは鳴りを潜めていた。

が、数日前にイギリスの悪徳ブラック企業の情報告発という形で久々に姿を現し………まるでスカーレットを追ってきたかのように、この日本に姿を現そうとしていたのだ。


久々に遊ぼうか。

いつかのようにそう微笑みかける怪盗ウォッカの姿を幻視し、スカーレットは少しだけ腹が立った。

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