第2話

断れる雰囲気ではなかった。

見れば、スカーレットとアズマの周りには、「彼等」のマークが記された車が何台かあり、静かな厚をかけていた。

黙って我々についてこい、と。


おおよそ、企業がテイカーにやるアポイントメントの取り方とは思えないやり方に辟易としたスカーレットだったが、アズマの身に何かあってはと考えると、断る気にはなれなかった。



「スカーレットさん………」

「大丈夫よ、何かあればこいつら全員ぶちのめせばいいんだから」



笑ってみせるスカーレットだが、日本でそれをやれば不利になるのはこちらである。

二人を乗せたバルチャー号は、彼等の運転する車の後に続いて、高速道路を走る。

行き先は一つ………ネバーランドだ。



「………悪趣味な門だこと」



本島と繋がる橋を越え、ネバーランドの門を潜る際に、スカーレットはぼやいた。


ネバーランドの申し訳程度のオリジナル要素であるマスコットキャラが、門の前で客を笑顔で出迎えるモニュメントがあった。

素人から見れば単なるカートゥーン調のキャラクターであったが、アメリカ育ちのスカーレットからしても、何処か違和感を感じるデザイン。

そういう所でも、この遊園地はリスペクトに欠けていると見えた。



駐車場にバルチャー号を停めたはみだしテイカーズの二人が通されたのは、ネバーランドの奥の、観客からはギリギリ見えない場所にある奇妙な高層ビル。


ネバーランドの事務所兼、ここの運営会社の本社ビルだ。

隠しておいて拘ったのか、ネバーランドの景観を壊さないよう、ファンシーな装飾が施されている。



「こちらへどうぞ」

「………ありがとう」



ただし、その門を潜るスカーレットには、それが悪趣味な装飾を施した、魔女の城にしか見えなかったという。





………………





通されたのは、ビルの最上階。

このビルの持ち主………すなわち、このネバーランドの支配者のいる部屋。


入ってすぐ目についたのは、来客を威圧するように置かれた、荘厳な美術品の数々。

成金主義、ヤクザのやり方。

そんな言葉が、スカーレットとアズマの脳裏に浮かぶ。


そして。



「ようこそ、はみだしテイカーズのお二人様、そしてはじめまして………私がこのネバーランドのオーナー兼、運営会社テトラグループ代表取締役会長………」



明らかな営業スマイルでスカーレット達の前に現れた、肥満体の身体を作業着に包んだ、ハゲ頭の男。

曰く、労働者の初心を忘れないようにとの事だが、彼がやった事を考えると「寝言は寝て言え」と言いたくなる。

そんな、胡散臭さの塊のような、この男は。



森田泰造モリタ・タイゾウと申します、よろしく」

「ええ、お噂はかねがね聞いておりますわ、会長さん」



皮肉るようにスカーレットが返したが、この男に意味は通じてないようだ。


名を「森田泰造モリタ・タイゾウ」。

ネバーランドの運営である株式会社テトラの代表取締役会長であり、少し前は当時の政権で議員もやっていたという、エリートだ。

敏腕で、新興企業だったテトラを一台でここまで大きなグループにした………というのが、世間からの認識。



「実はですね、私のお宝が狙われているのです! 」

「お宝ぁ?」



いきなり何を言っているんだ?と首をかしげるスカーレットの前で、モリタは話を続ける。



「いやですね、一週間前に予告状が届いたんですよ、明日の夜に私の大切なお宝を頂く、と!」



モリタ曰く、こういうこと。


遡ること一週間前、テトラ社の全作業用PCに、送り主不明のメールが送られてきた。

メールには、指定された日時と「森田泰造の大切な宝を頂く」というメッセージが記されていた。


最初はただの悪戯かとも思われた。

が、後日「悪戯ではない事を証明する、ネバーランドの立像を一ついただく」というメールが届き、実際にネバーランド内のアニメキャラの立像の一つが消えていた。


どうやら、犯人は本気でその「お宝」を盗むつもりらしい。

緊急事態に対して、モリタが取った対策。

それは。



「と、いう事で、明日の夜現れるであろうその不届きものを、君達の手で捕まえてほしいっ!企業コラボという形で動画にもしよう!悪い話ではあるまい!?」



………さて、今の話を聞いてほとんどの方が思っただろう。

それは警察に頼め、と。



「………申し訳ありませんが、この仕事を引き受ける事はできません」

「なんと!?」

「私達はテイカーです、泥棒の撃退は警察の仕事です」



スカーレットも、同じ考えだ。

それにモリタの顔を見れば、警備代をケチりつつ、若者に人気のテイカーとコラボして金を稼ごうという魂胆がよく見れる。


………仮にそうでなかったとしても、最初からモリタの依頼を受ける気はしなかっただろう。



「それにモリタさん………あなたネットでご自身がどんな評価か知ってます?」

「………はて?ネットは見ませんからな!」

「………はぁ」



それ以前にも、このモリタという人間には問題がありすぎる。


過去の政治家時代、彼が当時の内閣でやった政策により、派遣社員が急増した。


企業が社員を雇いやすいようにする為の政策との事だったが、実際は企業が自らの利益の為だけに、従業員を好きに切り捨てリストラしやすい環境を作っただけだった。

結果、多くの市民が低賃金に苦しみ、企業ばかりが得をする構図が出来上がった。


その元凶を作ったのが、このモリタだ。

………さて、これだけだと無能な政治家の政策による悲劇に見える。

だが、実際はもう一つ、きな臭い話がある。


それは、当時から経営者であったモリタは、自らの傘下の企業に派遣社員の派遣サービスをやらせていたという点。

これらから、派遣社員が増えた事で、モリタの企業が得をしたという構図が出来上がる。


点と点を繋いでゆくと、ある疑惑が浮かび上がる。

それは、モリタが自らの利益の為に派遣社員を増やし、人々が貧困に苦しむ中自分は甘い汁を吸っていた、という事実。


モリタは政権が糾弾される前に政治家を引退し、責任を取らなかった。

メディアも大手スポンサーであるモリタへの忖度ごきげんとりの為に、それを一切報道しなかった。


結果、モリタの悪行はネットで騒がれるだけに収まり、世間はモリタに対して罪の糾弾も落とし前も付けさせる事なく、ずる賢い権力者として甘い汁を吸わせ続けている。


これが、アズマでさえ顔をしかめた理由。

スカーレットは、その悪評をネットで聞いて知っていた。

というか海の向こうにおいては「下劣な卑怯もの」として、大いに叩かれている人間である。


しかし日本においては、一部を例外としてネットよりもメインとなるのはテレビである。

また、被害を受けた若者世代が世間の中心でない事から、モリタの悪行は世間を騒がせる事はない。

ネットの事は知らないとガハハと笑って見せたモリタだが、仮にも敏腕である事を考えると、きっと知っててのコトだ。

その上で「ネットで騒いだ所で無意味だ」と嗤っているのだ。



「テイカーというのは、魔力の収集以前に人気商売なんです、あなた方とコラボして、我々には損しかありません」

「ふむ、そんな物なのかねぇ………!」

「ええ、貴方は知らないでしょうが」



そんな連中とのコラボなんて、ファンからは反感しか買わないだろう。

スカーレット個人としても、こんな欲望を人肉と皮で包んだような人間とのコラボなど、したくもない。



「では、この話はなかったという事で………行くわよ、アズマ君」

「はい、スカーレットさん」



威嚇するように少しだけ口調を強め、スカーレットはアズマと共に、来た道を逆に進む。

だが、その手が会長室のドアノブにかけられた瞬間、モリタの口角がニタァと上がる。



「予告状の送り主が………怪盗ウォッカだとしてもかね!?」

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