44▷三十二歳 弓月一日 - 2

 儀式は滞り……は、少々あったものの、なんとか昼前には予定通り終えることができた。

 私達は町の方々が名石板の『移動登録』をするというので手伝った方がいいかと思ったのだが、聖堂の柱に魔力を流せば予め名石板に魔力登録がされているので簡単に『目標』の設定ができるようになっているのだそうだ。


 私達に手伝えるようなことは何もないので、皆様の食事の支度をすることにした。

 あとはパンを焼き上げるだけなので、大して手間ではないのだが。

 二階の厨房で用意を始めると、すぐに……神官の皆様が上がっていらした。

 まだ、予定していた昼食時間よりは半刻ほど早い。

 パン……は、ギリギリ間に合うか。


「はぁ……凄かったですねぇ……」

「タクト様が『演出』と仰有っていましたが……あれは、神々からの啓示としか感じませんでしたよ」

「まさか、聖堂の中で星々の夜空が見られるとも思っておりませんでしたし、あのように劇的に主神像が現れるなど……私は息が止まるかと思いました」

「私もですよ、アルフアス神官……聖神司祭様方も、随分と……その、取り乱されていたというか……」

「あれを初めて見て、冷静でいろという方が無理でしょう、ヨシュルス神官」


 あれ?

 席に着いてしまわれたけど……?

 聖神司祭様方にお食事を届けるのでは?

 シュレミスが、聖神司祭様方はどちらに、と確認すると皆さんが顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。


「実は、皆様が暫く聖堂で祈りを捧げるので、私達に先に食事をするように、と……」


 流石、聖神司祭様だ。

 きっと、聖教会として新たな一歩を踏み出したシュリィイーレに、祝福の祈りを捧げてくださっているのだろう。

 用意をしながら、本当に先に食べてしまっていいのだろうか、とモヤモヤしていた。

 それはレトリノも同じだったようだ。


「あ、あのぉ、ラトリエンス神官……」

「なんだ、レトリノ?」

「よろしいのでしょうか、私達の方が先に昼食をいただいてしまって……」

「ええ、聖神司祭様方が『聖堂から離れ難い』と仰せなのだから、仕方ないさ」


 パンを配りつつ、ミオトレールス神官もラトリエンス神官に同意なさる。


「そうですよ、レイエルス神司祭が私達から先にと仰有ったのですから、先に食べ終わって、皆様をゆっくりおもてなし致しましょう」

「は、はいっ!」


 全員が席に着き、食事が始まってもまだ確認しておかないといけないことがあったとばかりに、シュレミスがヨシュルス神官に尋ねていた。


「皆様もこの食堂にいらっしゃるのでしょうか?」

「いいえ、新しく造られた三階の賓客室ですね。おもてなしの支度は調っておりますから、あとは皆様がお席に着かれたら温かい料理を運ぶだけです」

「緊張しますけど、嬉しいです! 聖神司祭様方に私達の料理をお召し上がりいただけるなんて!」

「ふふふっ、聖神司祭様方も驚かれますよ、料理を私達で作ったとお知りになったら!」


 そうか……聖教会では日々の料理は、外の食堂で作られたものを買うのだと伺ったことがあった。

 神務士はともかく、高位の神官である皆様までもが料理をなさる教会など、皇国中何処を探してもないだろう。

 他と違うことが『聖教会』だというのであるのなら、間違いなくシュリィイーレ聖教会は唯一無二であろう。


「今日の揚げ鶏と赤茄子ダレは完璧です。素晴らしいですよ、シュレミス、レトリノ」


 レトリノの作った赤茄子ダレは、甘味と酸味が丁度いい。

 以前のレトリノからは信じられないほど、繊細な美味しさだと思う。


 シュレミスの揚げ鶏は、タクトさんの作るものを徹底的に研究したと言っていた。

 その甲斐もあって、しっかりとしたとてもよく似ている味付けだ。

 ちゃんと醤油を使っているのだ、と教えてくれた。


 私も……タクトさんの焼くパンがどれも美味しくて、どうしても真似したくて最近は少しずつ近い味のものができるようになってきたのだ。

 ミオトレールス神官が、味を確かめるように噛みしめながら何度か頷く。


「アトネストの作ったパンも最高です……! こんなに薫り高く、香ばしい上に食感も素晴らしい……」

「タクト……様のお作りになるものを真似て練習致しました。お喜びいただけて嬉しいです」


 食事は和やかに進んだのだが、いつもよりゆっくりはできなかった。

 だけど、儀式で緊張していたせいか魔力を随分使った気がしていたので、先に食べられて良かったかもしれない。


 テルウェスト神司祭からもこまめに何か食べた方がいいと言われていたから、お菓子を摘もうかと用意していたのだが食事の方がいい。

 でも、私達三人の衣囊いのうの中には、いつも焼き菓子が入っている。

 子供達と過ごす時に持っていると、すぐに動けない時に都合がいいからだ。


「さて、皆さん、食べ終わりましたか?」

 ガルーレン神官の言葉に全員で頷き、片付けようとしていた時にアルフアス神官が声を上げる。

「……あ、聖堂横の昇降機が動きましたよ! 皆様、三階におこしのようです!」


 近くに控えていなくても動きが解るように、境域指定の魔法を仕掛けていらしたのだろう。

 待合に人が来た時に解るものと同じものだ。


 片付けは後回しにして、皆様の分の食事を皿に盛りつける。

 タクトさんが用意してくださった『冷めない器』なので、ここから三階まで持って行っても暖かいまま召し上がっていただける。


「それでは私達も、上に準備に参りましょう。アトネスト、レトリノ、シュレミス、あなた達も手伝ってくださいね」

「「「はいっ!」」」


 盛りつけた料理を確認しつつ数を数えると、なんだか少ない気がした。

 ラトリエンス神官もお気づきになったのだろう、もしかして、とアルフアス神官に確認をなさる。


「ところで……タクト様は?」

「タクト様は昼食会にはご参加なさらないぞ。遊文館で子供達とお過ごしになりたい、と仰有っていたから」


 あ、そうだったのか。

 確かに子供達にはあの『主神像降臨』の後は……大人達が多くてゆっくり見られないだろうから、つまらなくなって遊文館に行ってしまったかもしれない。

 大聖堂の扉が開かれていたから『移動の方陣』は難なく使えただろうし。


「きっと、聖神司祭様方は残念にお思いですね」

「その分も、私達でしっかりと!」

「ええ、そうですね!」


 今日は遊文館に行く時間が……今日は取れるかどうか解らないのが、少し残念だ。

 タクトさんの話を聞きたい、といつも以上に思っている。


 タクトさんの意思は何処にあるのか、神々の意志がタクトさんに届いてそれに添うように行動なさったことがあるのか。

 そもそも……神々の意志は……ご自身と同じだとお思いなのかどうか……したくないことまで、無理矢理にさせられるように仕向けられてるのではないのか。

 こんな突拍子もないことを伺って大丈夫だろうかと思わなくもないが、気になって仕方がなかった。


 なんでだろう。

 どうして、こんなに心が締め付けられるような気持ちになるのだろう。



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『カリグラファーの美文字異世界生活』第761話とリンクしております

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