42▷三十二歳 剣月二十九日

 教会の改修はすっかり終了し、明日が公開日。

 私達は今日までお世話になった試験研修生宿舎を後にして、新しい教会へと足を踏み入れた。


 既に移動の方陣鋼が各部屋に設置されており、たいして大きくもない手荷物ばかりだったから難なく運び込めた。

 大きな家具なども全部真新しくなっていて、私達全員がウキウキと心を躍らせていた。


 まだ聖堂には入れないが、全ての内装はできあがっている。

 三階建てにしては高い建物となっている聖教会は、一階部分の天井がとても高い。

 待合の部屋でさえ、天井に丸みのある装飾が施されて以前よりも蔦や花の彫刻が増えている。

 とても優しげで、温かみのある装飾に私達は心が穏やかな気持ちになる、と話していた。


「ううむ、これはコレイルでも見たことのある花だから、カタエレリエラでも多く咲いているのだろうな」

「遊文館に行ったら、資料があるかもしれないね。今度、植物の本も探してみよう!」


 レトリノとシュレミスに頷きつつ、私達は地下の司書室へ行ってみようと階段に向かう。

 今までは廊下の奥にある狭い階段からしか下りられなかったのだが、正面扉を開けてすぐの待合の部屋から広くて明るい階段が下へと伸びている。

 司書室はやはり以前と同様に清浄な空気に包まれ、地下とは思えないほど天井も高い。


「僕等の写本は……ここでは、やらないのだよね」

「二階の部屋も素晴らしかったが、ここでできないのも少し残念だな」

「なに、本を読みに来ることはできるさ。あ、でも遊文館にも同じ本があったな……」

「あ、あちらの奥にも階段がある……?」


 私の声に本棚を見始めていたふたりが、部屋の奥へと視線を移す。

 行ってみようと思ったのは私だけではなく、丁度三人が同時に階段への入口でかち合った。

 私達三人が横一列に並んでもそのまま降りられるほどの広々とした階段は、一階から降りてきたものより段が少なく折れ曲がっていて階下は見えない。


「あれれ? 段差があるというだけなのか」

「そのようだな……少し低くなっているのは、下の段の方が静かに読書ができるからだろう」


 天井を造らなかったのは開放的にするためかもね、と上を見上げながらシュレミスが呟く。

 そうか……確かに低い天井を造るよりは、この方が気持ちいいな。

 ほんの少しの違いに感じるが、抑えつけられている感じもなくてとても開放的だ。


 そういえば遊文館にも、こんな風に段差のある場所があった。

 子供達がその階段に座って、並んで本を読んでいることもあったっけ。


 ……屋上の主神像は、今日まで……だな。

 今晩は明日の準備があって、遊文館に行くことができない。

 きっと最後の夜は、みんな屋上で過ごしているだろう。

 あの子達は悲しんでいるかもしれないし、寂しがっているかもしれない。


 これからは教会にも……来てもらえるようになったらいいのだけれど。

 この場所が、あの子達にとって心地いい場所であるようにするために、これから私達にできることがあるだろうか。



 その後、全員が二階の食堂に集められて、明日の段取りが説明された。

 まだ夜が明けないうちから、衛兵隊の方々がお越しになって聖神司祭様方をお迎えする準備……え?


「聖神司祭様が……いらっしゃるのですか?」

 思わずそう口にして注目を集めてしまった。

 だが、ヨシュルス神官も少し疑問に思われたのか、私の気持ちを慮ってくださったのかテルウェスト神司祭に問うてくださる。


「私もテルウェスト神司祭とレイエルス神司祭のおふたりだけかと思っていたのですが、他にはどなたが?」

「全員です」

「え?」

「第一位聖教会は、主神像を聖堂にお迎えして初めて『開く』ことができます。そして主神を迎える儀式には、神司祭全員の『祝詞』が必要なのですよ」


 ぜ、全員?

 ということは、聖神司祭様方……というのは、今いらっしゃる全ての聖神司祭様……ということ?

 テルウェスト神司祭の言葉に私達神務士だけでなく、神官の皆様も驚いていらっしゃるから全員というのは想定外だったのだろう。


「シュリィイーレ聖教会は、王都中央区聖教会と同じ扱いですからね。神司祭全員の儀式が行われて当然です」

「ええ、神聖位の輔祭様と神斎術師の衛兵隊隊長がいらっしゃるというのに、神司祭が来ないなどあり得ません」


 しかも、全員で聖堂の儀式に出席するだけでも私達にとっては光栄で緊張することだというのに、昼食まで私達で用意するとか!

 い、いや、タクトさんにも『美味しい』と言っていただけているのだ!

 が、頑張れ……る、だろうかっ?


 私は、ミオトレールス神官と一緒にパンを作らせていただけることになったようだが……肉料理を任されたシュレミスとガルーレン神官は『王都風など解りません』とオロオロしている。

 よかった……もし主菜をなどと指名されたら、咖哩にしてしまうところだった。


「いえいえ、王都風など絶対に駄目ですよ! シュリィイーレ以上に美味しいものがある町はありません! あなた達が一番美味しいと思う料理を、用意してください!」

「テルウェスト神司祭の仰有る通りです。王都のものは、皆さん食べ飽いていらっしゃるでしょうし」


 聖神司祭様おふたりにそのような力強いお言葉をいただき、私達は早速準備に取りかかる。

 明日は早朝から儀式があって、タクトさんの『演出』とやらが見られるというワクワクした気持ちと、その儀式のお邪魔にならないようにせねばという緊張があったというのに、更に料理をお気に召していただけるのかというドキドキまで加わってしまった。


「さぁ、アトネスト! 私達も焼くパンの候補をあげましょう! あまり凝ったものでない方がいいですよね……」

「は、はいっ! 材料を吟味して参ります!」


 真新しい厨房で作る、一番最初の『おもてなしの料理』だ。


「私達も張り切って作りましょう!」

 ……え、テルウェスト神司祭も……?

「木の実と蜂蜜の焼き菓子は如何です?」

「それはいいですね!」


 どうやら食後の菓子は、テルウェスト神司祭とレイエルス神司祭でお作りになるらしい。

 えーと……儀式でお疲れなのだし、聖神司祭様なのですから、どちらかというともてなされる側なのでは?

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