41▷三十二歳 剣月七日

 昼食が済んで、私達は片付けのために厨房に入った。

 あれから、遊文館でカーラさんの姿を見ることはなくなり、彼女は仕事に打ち込んでいるのだろうとほっとしていた。

 レトリノの話によると、彼女は南東地区の傍流家系の方々のところで学んでいるらしい。

 少し首を傾げてしまった。

 彼女が探していた工房ではなくて、南東地区……?

 レトリノは少し溜息をつきつつ、実は助かっている、と漏らす。


「あいつは自分の意見を曲げないからな……まぁ、元従者家系というのはそのような傾向が強いし、うちは女系で……あいつが最後の……あ、いや、関係ないんだけどな、もう」

「そうだね。家系魔法がなければ、その辺は関係ないさ」


 レトリノの少し自嘲気味の言葉に被せるように、シュレミスがそう言った。

 それは嫌味とか呆れなどではなく、そんなことは気にすることではない、と言っているように聞こえた。

 従者家系が嫌いだ、と言っていたシュレミスだからこそ『関係ない』と言うことで、レトリノに含みはないという意味だろう。


 このふたりのことはなんとなくだが、汲み取れるようになってきたと思う。

 きっと、彼等のことを『理解をしたい』と思って接してきたからだろう。

 友人なのだから、と思える自分のことが少し照れくさいけど。


 レトリノにも、シュレミスの言わんとすることが解っているのだろう。

 ひとつ息を吐き、そうだな、と微笑む。


「彼女のことはもう、君の手を離れたものとしていいのではないのか?」

「そう……かもな。いつまでも幼い時の感覚でいてはいかんよな」


 ふたりの会話に、兄弟というものは同性でも異性でもきっと、関わり方が難しいものなのかもしれないと想像を巡らせる。

 それこそ、互いに気持ちを汲むということが大切になるのだろうな。



 片付けも終わって、レトリノとシュレミスは先に遊文館に行っている。

 私はヨシュルス神官と一緒に、少し足りなくなった野菜を買いに東市場へとやって来た。

 温かくなってから、市場はどんどんと活気づいて明るくなって、来るたびに心が躍る。

 シュリィイーレに初めて来た弦月つるつきの頃も多くのものが売られていたが、春から夏にかけては最も売られるものの種類が多いのだと、ヨシュルス神官が教えてくださった。


「この時季はカタエレリエラとルシェルスからも、美味しいものや珍しいものが届くのですよ!」

「そんなに遠くからでございますか」

「ええ、この町が閉じている冬でも、暖かい領地では作物が育ちますからね。冬の間は北の方の領地まで運んでも傷みにくいので、南方の領地からマントリエルやウァラクへも届けられます。今くらい暖かくなると傷まず運べるのは、エルディエラの北くらいまでになりますね。シュリィイーレに来るのは……まぁ、ついでかもしれないですけど。この時期が一番荷馬車が安いですから、山道でも運んでもらえるのかもしれません」


 冬の間には稼働する荷馬車も少なくなって北の領地に行く便が減るので、遠くまでの場合は専用便を手配する必要がある。

 だが、温かくなると混載便という大型の荷馬車が多くなり、運搬費が安くなるのだという。


 少量しか送ることのできない、あまり人手のない生産者達も運んでもらいやすくなるらしい。

 そして作物を長距離で運んでも最も傷みにくいのが、夏になる前のこの時期だけなのだという。


「お詳しいのですね」

「私は、マントリエルの南側におりましたからね。シュリィイーレほどではありませんでしたが、南方からのものは入って来る季節が限られていました。私は毎年、ルシェルスの赤茄子が入ってくるのが楽しみだったのです」

「ロンデェエストやセラフィラントのものとは、違うのですか?」

「そうっ! 違うのですよーー! ルシェルスのものは甘いものが多くて、香りが全然違うのです!」


 そうか……マントリエルのシュトレイーゼ川南側には残念ながら行ったことがなかったし、私があの領地にいたのは夏だったから見かけなかったのだろうな。

 残念なことにシュリィイーレには滅多に入って来ないらしいが、タクトさんの作る保存食の『焼き鰆の赤茄子煮込み掛け』の味はとても近いものだと仰有った。


「あ、いけません、魔石の予備を買い忘れてしまいました!」

「では私が買いに行きます」

「ああ、すみません、アトネスト。頼めますか。荷物は私が先に持って戻りますから、こっちの新しい袋を持って行ってください」


 ヨシュルス神官の【収納魔法】は随分と容量が増えたようで、今日買ったもの程度であればなんともない、と全て引き受けてくださった。

 ここからなら、私ひとりで『移動の方陣』を使って戻ることもできる。

 最近、また少しだけ魔力が増えててガルーレン神官にも積極的に魔法を使った方がいいだろう、と言っていただけた。

 きっと、私は今、もの凄く魔法を使うことが楽しいのだ。


 香辛料や葉物野菜の売り場を通り抜けて奥の方に入ると、魔石の磨きを請け負ってくれる店と、磨いた魔石を売っている店が多くなる。

 北側の工房で買うこともできるが、碧の森と錆山が開いている季節は採掘に行ってしまって工房が閉まっていることも多いからこちらで仕上がったものを買う方が多いらしい。

 他領から買い付けに来る人達に向けた店が中心だからか、大きさが揃っていて美しい石が多い。

 ふと、前を歩く人が見せた横顔に、思わず声を上げた。


「ガイエス!」


 思ってもいなかった。

 こんなに早く、再会できるなんて!

 小走りに近寄ると、ガイエスも小さく手をあげて応えてくれる。


「来ていたんだね。遊文館でも見かけなかったから、気付かなかったよ」

「すまん、遊文館で見かけたんだが子供達に本を読んでいたみたいだったから、声は掛けなかったんだ」


 そうだったのか。

 確かに遊文館では、私達に声をかけづらいかもしれない。

 だけど、そうして過ごしているのを見ていてくれただけて、なんだか嬉しかった。


 今回は、買い物に来ただけで明日には出ると言う。

 そうか……少し残念だが、今は私達も教会ができあがっていなくて仮住まいだ。

 ゆっくりと話すにも……遊文館では、子供達に囲まれてしまうし。


「残念だけど、新しい教会が来月初めにできるから、それ以降にまた教会に来てくれると嬉しい」

「聖教会は、俺も楽しみだな。今は何処にいるんだ?」

「本当は君を今の仮住まいに招きたいのだが、衛兵隊の施設の中なので入ってもらえないんだ……」


 ガイエスは、それはしょうがないよな、と軽く微笑む。

 なんの含みもない、感情を偽ることもない、ガイエスは……ずっと変わらない。


「教会ができたら必ず行くから、その時にまたゆっくり話そう」

「ああ、そうだね。楽しみにしている」


 短い、立ち話だけの会話だったが、別れた後も気持ちが温かいままだった。

 そして試験研修生宿舎に戻った私にヨシュルス神官が、何かいいことでもありましたか、とお尋ねになった。

 顔に出ていたのかもしれない。

 私は自分でも思ってる以上に……感情を顔に出せるようになったのだろうか。


「はい、とてもいいことがあったのです」


 素直にそう言って、友人と再会の約束ができた喜びを話すことができた。



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『緑炎の方陣魔剣士・続』伍第11話とリンクしております

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