38▷三十二歳 繊月二十日 - 昼2
「どうして、
レトリノの驚きの声に、私の思考がすっ飛ぶ。
女性が
私はマントリエルでも他の町でも全く見たことはなかったが、衛兵隊の女性隊員達は
だが……
やはり、私には『冒険者の装い』に思える。
大勢いた女性冒険者達も私がミレナと旅をしていた頃には、あまり見なくなっていた。
おそらく彼女達は下らない戦に駆り出されるのを嫌って、他国へと行ってしまったのだろう。
「いいではないですか。この町では、とやかく言う心の狭い頭の固い人が少なくて、とても快適なのです!」
カーラさんの凜とした快活な声が、やはり明るくて活発だった冒険者達のそれと重なる。
私がなりきれなかったもので、かつての故国で縋り付いていただけの『職』だと思い込んでいた逃げ場所。
だけどなんの未練もないはずなのに嫌だったことや、つらかったことを殆ど思い出さないで楽しかったことだけが思い出される。
ふと聞こえてきたのは、タクトさんがラトリエンス神官に女性の装いについてお尋ねになっている言葉だった。
「コレイルというのは、女性に対して何か服装などについて規制でもあったのですか?」
あ、そうか。
コレイルにだって少ないだろうが冒険者はいたかもしれないし、衛兵隊以外でだって仕事で
「そうですね……コレイルは『伝統的であること』を重んじる傾向が従者家門でも多く見られましたから、言葉遣いについても服装に対しても割と……固いというか、違うものを許さない傾向が強かったと思います。私は王都中央区で過ごしておりましたからコレイルでもさほど違和感を感じませんでしたが、初めてロンデェエストのアクエルドやリバレーラに赴任した時は……驚いたくらいです」
そう、だったのか。
それは知らなかった。
きっと、この町に引っ越してきてやっと、好きな服が着られるようになったのだろうなぁ。
レトリノは妹さんのこの姿を見慣れていないから、吃驚したのだな。
「その装いは、とても似合っていらっしゃいますね」
思わずそう言ってしまってから、レトリノだけでなくカーラさんも吃驚しているようでしまった、と思った。
突然、紹介もされていないのに話しかけるなど、失礼だというのに!
「あ、すみません。昔、少しの間一緒にいた……冒険者の女性も、そのような快活な装いをしていて……その、格好いいな、と思っておりましたので」
……あ、これも、まずかったかも……
ま、まずは名乗るべきだったのにっ!
あああああ、どうしてこんな言い訳めいたことを……!
「冒険者……ですか」
低い声で、明らかに不快感を訴えるような言い方だ。
さっ、と背筋に冷たいものが走った。
そうだった……忘れていた。
この町でも、皇国全体でも『冒険者』はあまり良い印象がないと……聞いていたのに!
もう、何も言わない方がいいんだろうな。
だけど、せめて謝罪くらいしなくては……と、俯いてしまった顔を上げたら、カーラさんと目が合う。
「あ、違う……ちょっとね、冒険者って……苦手で」
「いえ、私も、軽率な喩えでした。皇国では……あまりよく思われていないことは、存じておりましたのに」
「おまえが謝る必要などないぞ、アトネスト。こいつに偏見があるだけなのだ!」
気を遣わせてしまった、とオロオロしてしまった私をレトリノが庇ってくれた。
そのレトリノに、カーラさんが強い視線を向けた。
「偏見があるのはお兄さまです。女が
ど、どうしよう、レトリノとカーラさんの言い合いが激しくなってしまった。
私のせいだろうか。
神官の皆様達に縋るような視線を向けたが……皆さんもどうしていいのか解らないといった感じだ。
そもそも争い事の仲裁は難しいものだろうと思うし、家族の間のこととなれば尚更だ。
私は思わず、シュレミスと一緒に皆様方の陰に隠れるように、すすす……とカーラさんから離れるように移動してしまった。
なんと消極的なのだろう、と情けなくなるけど……どうしていいのか全く解らない。
そんな中、テルウェスト神司祭が、ゆったりと微笑まれていてなんとお心が広いのだろうと感動した。
きっと、ふたりにお互いの心の中を言葉にさせて、気持ちを落ち着かせようとしているのだろう。
だけど……遊文館の前室なので、そろそろ人が集まってきそうなのだが……
「えーと、カーラさん?」
声が大きくなってきていたふたりに、タクトさんが声をかけた。
ふたりの言い合いが止まり、少しだけ周りを見たようだ。
……よかった。
だけど、タクトさんはどう収めるのだろうか?
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『カリグラファーの美文字異世界生活』第722話とリンクしております
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