28▷三十二歳 新月中旬 - 2
「アトネスト、もう忙しくはないのか?」
ああ……そうか、春祭りで教会に来てくださる方々が多かったのを見ているのか。
「いや、私は……まだ、さほど忙しくはなかったのだが……」
気遣ってくれたことが嬉しい反面申し訳なくて、ついそんなに忙しくないなどと口にしてしまいガイエスは少しだけ怪訝そうな顔をした。
……そうだよな、嘘だと、解ってしまうものな……何を言っているのだろう、私は。
変に慌てふためく私に、シュレミスは背中をぽん、と叩いて訂正してくれた。
「アトネスト……何を言っているんだい。結構忙しかっただろう?」
「そうとも、やっと一刻半前に少しだけ、子供達の所に来られたのだ。明日からはまた、色々と準備もあるし」
「そ、そうだった……」
気を遣ったということも少しはあるのだが、私としては……忙しいより楽しかったのであまり気にしていなかったから、そう言いたかったのもあって……
はぁ……どうしてこう咄嗟の受け答えが、いつまで経っても下手なのだろうなぁ。
自省してしまう私にガイエスは、今ここで会えてよかったと言う。
「俺も、十六日にはここを発つつもりだから」
「あれれ、随分と早いのだね?」
「秋の時はもっと長くいたのではなかったか?」
私より、他のふたりの方がガイエスにそう言ったのは少し驚いたが、きっと司書室の時のように色々と話がしたいと思ったのかもしれない。
「もう少しいればいいのに、約束でもあるのかい?」
シュレミスの言葉にガイエスは、言葉を選んでいるように応える。
「まぁ……いろいろと、やりたいことがあるんだよ。あんた達は、いつまでだって?」
ああ、そうか。
まだ伝えていなかったっけ。
「私達は、ずっとシュリィイーレに居ることになったんだ……」
「え?」
ガイエスが驚くのも無理はない。
私達がここにいられることを細かくは説明できないのだが、ここにいていいと言っていただけたのだというとガイエスは小さい声でそうか、と言って微笑む。
彼はきっと、まだタクトさんからも聞いていなかったんだな。
それともタクトさんは、もうガイエスが私と会っていて知っていると思っていたのかもしれないが。
「来月の教会の改修工事では、俺達の部屋もできるのだぞ」
「ふふふん、在籍地も移したし、アトネストの仮籍もシュリィイーレになっているからね」
シュレミスとレトリノが既に在籍地を変えていると知り、更に吃驚している。
だが、その後またすぐに私に向き直る。
「そうか。それならまた会えるな」
また、会える。
ここで、シュリィイーレで。
冒険者であるガイエスがまた、ここに来てくれると約束してくれたと言うことは必ず生きて戻るという約束だろう。
やっぱり、彼は強い人だなぁ。
タクトさんとは種類が違う強さだけれど、私にはどちらの心の強さも羨ましくて眩しい。
「……ああ。そうだね。また、君はここに来てくれるのだろう?」
「タクトに渡すものとか、話したいことができれば、な」
タクトさんの名前に、私はどうしても反応してしまう。
それはふたりも同じみたいだ。
「君はタクト様とは……随分親しいのだね?」
「まぁ……友達ってだけだ」
さらり、と当たり前だというように『友達』と言えるのは、ガイエスが『タクト様』のことを知らないからだろうか。
レトリノもそう感じたのだろう、ガイエスに尋ねる。
「タクト様も職位のことも知っていて、そう言っているのか?」
「友人になるのに、そんな『条件』は必要ないだろう?」
迷うことのない言葉に羨ましく思う。
ガイエスはタクトさんが輔祭であることも、神聖魔法師であることも知っているのだろう。
あ、レトリノとシュレミスが……ちょっとだけ鼻息を、ふすっ、と漏らしている。
少しばかり『得意気』なのだろうか。
そして、どうやって知り合ったのかとか、どれくらいの頻度で会いに来るのか、とかガイエスに矢継ぎ早に質問する。
ガイエスはちょっと驚きつつも、淡々と答えていく。
書師であるタクトさんに指輪印章を作ってもらったという話には、ふたりがもの凄く悔しそうで羨ましそうで、私は思わず吹き出してしまいそうだった。
「これからは、我々の方が親しくなってみせるぞ!」
「そうともっ! 僕等はずっとこの町にいるのだからねっ!」
「だが……シュリィイーレに来たら、ちゃんと教会に来いよ。いいなっ!」
このふたり、タクトさんをダシにしてガイエスと話したいだけなんじゃないだろうか。
ガイエスは苦笑いだ。
ぼんやりと道の端が明るくなり、随分と辺りが暗くなっていることに気付いた。
「いかん、アトネスト! 夕食を作る時間だよ!」
「しまった! まだ、食堂の掃除も残っていたのだった!」
「あ、ああ、そうだった。すまん、ガイエス……また」
私達は歩くことは諦め『移動の方陣』で教会に戻った。
また、会える。
その言葉は、以前よりもするりと私の中に入り温かい気持ちに変わる。
教会に着いて方陣札で掃除を済ませて、夕食の準備を整えた。
三人とも随分と手際がよくなったものだ。
なんだか、シュレミスが思い出し笑いをしていた。
「いや、この間テルウェスト神司祭がお作りくださった焼き菓子のことを思いだしてしまってね」
「ああ……! 美味しかったなぁ」
「うん。きっと僕等が居ない時に、おひとりでこの厨房で作っていらしたのだと思うとさ、なんだか……つい」
きっと上衣を外し、料理人のような前掛け姿だったかもしれないよ、と言うシュレミスの言葉に想像してしまって吹き出した。
そんな格好の司祭様なんて、きっとどの教会にもいらっしゃらないだろう。
私達の、特別な方なのだと思うと、胸がいっぱいになる。
賑やかな夕食の後、片付けを手伝ってくれたレトリノも一緒に厨房で少し話していた。
果実水と、タクトさんの焼き菓子を少しだけ目の前に置いて。
遊文館で私達がずっとここに居ると言った時に、子供達に喜んでもらえたことが嬉しかった、と。
「実は、そんなに気にもされていないのではないかと思っていた子供にまで、よかったと言ってもらえてな……吃驚したのだ」
「レトリノもかい? 僕も、あまり話さなくなってしまった子達が、今日ずっと話を聞いていてくれたのが嬉しかったよ」
きっと、子供達も『すぐにいなくなってしまう人達』と親交を深めることに躊躇していたのだろう。
「子供達に……気を遣わせてしまっていたのかもしれないね……」
私が呟くと、そうかもな、とレトリノも溜息を吐く。
「だけどさ、僕等をああして迎えてくれたのだから、これからずっと一緒にいろいろと話もできるようになるさ。楽しみだね! 算術好きな子がきっと増えるぞ!」
「いやいや何を言う。芸術家が生まれる方が多いだろうて。絵を別の方に習っている子もいてな、そのお教えくださっている方と子供達も一緒に、素晴らしい絵画のことを語り合う機会を作るつもりだ」
ふたりは絵画だ、算術だと言っているけれど、私は『絶対に絵本が好きな子だと思う』と心の中で確信し用意していた焼き菓子をひとつ、口に入れた。
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『緑炎の方陣魔剣士・続』參第118話とリンクしています。
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