27▷三十二歳 新月中旬 - 1
春の祭りが終わり、町には日々の生活が戻ってきた。
生誕日にいただいた釦飾りは、なんだか勿体なくて透明な箱に入れたまま机の上に飾ってある。
暫くはこうして、自分の手の中で眺めていたい……なんて思っているのだ。
祭りの準備でなかなか夜の遊文館に行かれず、あの子にお礼を言うことができなかったのだが今日、やっと会えた。
夜の遊文館で私はいつも通り、寝床の部屋に入った。
するとその子が走り寄ってきて、よかったね、という小さい声が聞こえた。
そうか。
あの時の願いを、この子が聞いていてくれたのか。
もしかしたら、一緒に願ってくれたのだろうか。
だから、その言葉が神々に届いたのだろうか。
胸の奥が温かくなり、瞳に涙が溜まっていくが泣く訳にはいかない。
子供達に心配をかけてしまう。
他にも何人かの子供達に囲まれて、どこにも行かないんだよね、と尋ねられた。
「うん、何処にも行かない。ずっと、この町にいるよ」
「他のお兄ちゃん達も?」
「そうだね。みんな、一緒だよ。夜にお願いをしたら、叶えてもらえたんだ。教えてくれてありがとうね」
その子達は急に今まで見たこともないような笑顔になり、私にしがみついてきた。
素直に可愛い、と思えることが本当に嬉しかった。
久し振りに何冊かの本を読み、一緒に眠った。
私は、何処にも行かない。
きっと、この町で大きくなっていくこの子達が、いつか旅立っていくのを見送る側なのだろう。
そう思えることも、喜びなのだと感じている。
翌日の昼間もなんだか妙にばたばたとしてしまったが、なんとか時間を作りレトリノやシュレミスと遊文館に来られて、子供達に会うことができた。
ほんの一刻間程度だが、私達は子供達に会えるのが嬉しかった。
まだ昼間の子達には、私達がずっとここに居ると言うことは話していなかった。
……大人達に聞かれて、理由を尋ねられてもまだ教会昇位のことを言う訳にいかなかったから。
子供達にこっそりと私達がずっとこの町にいると言うと、昼間の子供達ももの凄く喜んでくれた。
「じゃあさ、こっちの本とかも読んでよっ!」
「えっ、アトネストさんに読んでもらうなら、絶対にこっちの本の方がいいっ!」
「ええー、それ、子供っぽいーー」
「……これがいい」
私は本を持ってきてくれる子達が集まって動けなくなり、そしてレトリノは図録を一緒に選ぼうとはしゃぐ子達に手を引かれて行ってしまった。
シュレミスは……既に書き机に陣取って、成人に近い子供達に囲まれていた。
彼等が側に来て微笑んでくれるのは、きっと私達三人の顔に不安とか悲しみなんてものが全部消えた晴々とした安堵感があったからではないかと思う。
中にはまだ伝えていないのに、春祭り前と違って私達に気遣うような、別れることを前提に遠慮がちに接するような雰囲気がなくなっている子供達もいることに気付いた。
「君達は、私達がずっとここに居ると知っていたのかい?」
その子供達はちょっと顔を見合わせて、内緒だけど、と教えてくれた。
「こっそり、タクト兄ちゃんに聞いたんだ。心配だったしさ。タクト兄ちゃんだったらよく教会にも行ってるから……知ってるかと思ったし」
「春祭りが終わるまで、秘密って言われたのにしゃべっちゃった……」
「ルエルスは悪くないんだよ、俺が聞きたくて、いろいろ言ったからなんだからねっ!」
「もう、秘密じゃないから大丈夫だよ。春祭り、終わっちゃったからね」
私達がこの町を離れるかもしれないことを、心配してくれていたのだろう。
それできっとタクトさんに尋ねて……タクトさんは、この子達を安心させたくて『秘密』と言って教えておいてくれたんだ。
私はどうせこの町にいるのはひと冬だけなのだからと、子供達には自分のことを極力話さずこの子達の名前さえ覚えようとしなかった。
別れる時に何もない方が、傷つかないと思っていた。
それは子供達のためだと思い込んでいたが、全て自分のためだったのだ。
だけど、やっと気付けて気持ちを見つめ直せたのは『ここに居て欲しい』と言ってもらえたからだろう。
この子達の、いや、この町の子供達全員の名前を覚えよう。
そして、毎日呼び合うことで『今ここに在ること』を喜ぼう。
この子達が大人になるのをずっとずっと見ていられることが、こんなにも嬉しい。
夕方になり、帰宅時間を知らせる音楽が流れると子供達は夕食の時間だ、と家に戻っていく。
今日は沢山の子供達と久し振りに話ができて、私達三人は本当に楽しくてそのまま『移動の方陣』で帰ってしまうのが惜しくなっていた。
「歩いて帰るくらいの時間はあるな」
「そうだね。折角春なのだから、町を歩くのもいいものだ」
レトリノとシュレミスの言葉に頷きつつ、遊文館の外へと出ると前庭に見覚えのある姿を見つけた。
「ガイエス!」
思わず声をかける。
振り返った彼は、私達を見て軽く微笑んでくれた。
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