23▷三十一歳 新月五日 - 4

「……とまぁ、そんな訳で、皆さんの職位はお話しした通りで、ビィクティアムさんとテルウェスト神司祭もご了承済です。近々、ファイラスさんが戻れば王都での承認と制定も完了ですからご心配なく」


 私達がまだ呆然としている中、タクトさんはこれからの私達の『職位』とその役割を既に決定しており、中央への申請も済んでいる……と仰有った。

 職位は『涵養士かんようし』という、私達のために新しく創られた職位。


 遊文館で子供達にゆったりと焦らず学ぶことと、徳性を身に着けることを手助けする神従士としてこの町の子供達のための仕事だと仰有った。

 こんな風に、準備をしてくださっていたのだ。

 私達がこの町に留まれるための、ここで生きていけるための手助けを。


 そしてタクトさんの説明が一段落した時に、ミオトレールス神官から声が上がった。

「あの、質問、よろしいでしょうか? えっと、テルウェスト司祭が聖神司祭となられて……タクト様との、その職位的な兼ね合いとは、どのように?」


 タクトさんから、テルウェスト神司祭に視線が送られる。

 教会階位のことは、やはり聖神司祭様のご説明が必要なことなのだろう。

 きっと、大魔導帝国のご出身ということも考慮された階位となられるに違いないし。

 私達は固唾を吞んで、テルウェスト神司祭の言葉を待った。


「タクト様は民間輔祭ではありますが、貢献度は教会所属神職の中でも最も優れていらっしゃる上に我々が獲得できていない『神聖属性』をお持ちですので」

 ……!

 思わず、私達三人は顔を見合わせてしまった。

 聖魔法はお持ちであろうと予想してはいた。

 だが、神聖魔法……セラフィエムス卿以外に獲得なされた方がいたなんて、初めて聞いた!


「『聖神位輔祭』という、教会所属聖教会神司祭と同等のお立場です」


 それは、民間神職の最高位だ。

 輔祭には聖技能だけの第三位、聖技能と魔眼などの特別な聖属性複数が出ている第二位、そして聖魔法が獲得できている第一位。

 一位の中でも聖魔法や技能の、数や練度の違いで格付けに差がある。

 そして複数の『最高段位』を獲得している聖魔法をお持ちで初めて『聖神位』が授けられる。


「凄い……最高段位は、セラフィエムス卿がお示しになった『極冠』に改められているというのに……」

 ぽつり、と呟くシュレミスの言葉に、改めて尊敬の念を抱く。


「ですが」

 テルウェスト神司祭の言葉は、まだ続いている。

「タクト様は『イスグロリエスト大綬章授章』と『正典完訳』『大陸史編纂貢献』と、数々の偉業をなされていらっしゃいますし、現在も多くの素晴らしい加護法具を生み出され続けておりますので、神司祭の中でも総括である聖リンディエン神司祭と同位であり、魔法階位ではセラフィエムス卿につづく皇国第二位でいらっしゃいますから実質、神司祭の上……ということです。私みたいな末席とは、天と地ほどの差ですよっ!」


 いや、既に畏敬、かもしれない。

 距離を感じることの淋しさよりも、今ここに居てくださることを喜びと感じるほどの。

 だけど、それでも……身近に思っていたいと願うのは……不敬だろうか。


「教会内ではそういう扱いにされてしまうのも仕方ないと諦めますが、町中ではどうか普通に接してください……大袈裟にしすぎですよ、テルウェスト神司祭は……」

 そう仰有るタクトさんに、テルウェスト神司祭は真面目な顔で向き直る。

「これでも抑え気味だと思うのですが」


 ……そうだったのか。

 皆さんも頷いているということは、もしもタクトさんが神職であったのならば、適性年齢前だと言うのに『聖教会筆頭神司祭』であるということなのかもしれない。


 それがどれほど遠いのかは、解っている。

 だけど、やはり、タクトさんには……もっと近くで私達のことを見ていただきたい。

 言葉を交わし、今までのように一緒に食事がしたいと、きっとシュレミスもレトリノも、この教会の全員が思っている。

 遊文館でも……ああ、そうだ、遊文館も輔祭様の『私設』だと……と言うことは。


「あの……い、今更なのですが……遊文館の所有者……というのも、タクトさ、まなのです、よね?」

 タクトさんは笑顔で頷く。

 すると、シュレミスが私の聞きたかったことを、代弁するかのように尋ねてくれた。


「この間いただいた野菜、とても新鮮で大変美味しゅうございましたが……その、どうして、まだ閉ざされていた時期に他領の物が……?」

 なかなか言葉がまとまらなかったので、正直ほっとした。

 するとタクトさんはあっけらかんと、さも当然と言うように答える。


「あれらの野菜は、俺が作っているものなので。原産は別の場所ですけど、全てシュリィイーレで採れたものなんですよ」

「作っている……とは、畑をお持ちだとしても冬場のシュリィイーレで、ですか?」


 レトリノの驚きは、ここに居る全ての方々のものだろう。

 当然、私も何度も瞬きをし『この時期のシュリィイーレの何処でそんなものが採れるのだろうか』と疑問ばかりが頭の中を駆け巡る。


「なんでアトネストさんやミオトレールス神官まで……ガルーレン神官も一緒に、うちの裏庭の硝子温室をご覧になっているじゃないですか」

「えええー……あの硝子の家は、そういうものだったのですかぁ……」

「私も、全然思い至りもしませんでした……」


 あーー!

 あの、裏庭……硝子の家は、そういうものを育てるためのものだったのか!

 シュレミスとレトリノにじっと見つめられているのは『なんで今まで言わなかった?』ということだろう……

 でも……すまない、今、思い出しても……硝子だったということ以外、何ひとつ……


「正式にシュリィイーレ在籍となられた皆様には、今後の協力もお願いするということで……野菜を作っているところも含め、遊文館の施設内総てをご覧いただいた方がいいかもしれないですね」


 え、遊文館でも、野菜を?

 あっ、もしかしたら、あの屋上の緑の中!

 そう考えたのは私だけでなく、レトリノから『……屋上……?』と漏れ聞こえた。

 あの遊文館という施設には、まだまだ私達の想像もつかない秘密があるのかもしれない。


「では、遊文館については近々ご案内することにして、新しく作りました『職位徽章』をお配りいたしましょうか」


 タクトさんがお作りになったという、錆山にしか咲くことのない冬碧草とうへきそうという珍しい花を象った『遊文館徽章』は、金属だというのに鮮やかな彩りの『袖章』。

 職位ごとに色違いになっているようだ。

 私達『涵養士』は、職位と自分の名が『縹色はなだいろ』で入れられていた。

 これは後日、テルウェスト神司祭から遊文館職員の皆様にも配られるものだという。

 一足先にいただけた、私達はとても誇らしいだけでなくなんだか『特別感』を感じて口元がニヤニヤしてしまっていた。


 そして、それではまた後日、と、タクトさんはあっという間にお帰りになってしまった。

 食堂の夕食時間だ、と仰有っていたからいつも通り給仕などを手伝われるのだろう。

 聖神位輔祭ということを悟られないため……という訳ではなく、きっとあれこそがタクトさんの本当のお姿なのかもしれない。

 飾ることも、権威を笠に着ることもない、本物の貴族のような。


 その日の夕食は、まるで宴会のように楽しかった。

 酒がある訳ではない、特別なご馳走ということでもない。

 だけど、新しい聖神司祭への昇位と、私達がこの町に留まれることのお祝いだから、と夕食のあとに紅茶とたっぷりの菓子が並んだ。

 聖神司祭位昇位と私達の在籍地変更が同等扱いというのも……おかしな話だが、その日は誰もそんなことを言うこともなくただ、楽しく過ごした。


 もしかしたら、家族というものはこういうものなのかもしれない、と私は初めての感情に時折不意に溢れそうになる涙を堪えるのが大変だった。



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『カリグラファーの美文字異世界生活』第639話とリンクしています。

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