22▷三十一歳 新月五日 - 3

 私達の気持ちが一段落した頃、ガルーレン神官がテルウェスト司祭に尋ねる。

「テルウェスト司祭、我々の意思確認はいいとしましても、どうして急にこの教会で神従士が認められるようになったのですか?」

 そうだった。

 でも、シュリィイーレで神従士が受け入れられていない理由をそもそも知らなかったが……この町に貴系の方々が多いから、だけではなかったのだろうか?

 それが理由ならば、認められる方がおかしい。


「あ、実はシュリィイーレ教会が、正式に直轄地の教会として王都中央教会と並び『第二位聖教会』となりましたのでね。今まで通り、神官でここへの異動希望が出せるのは第三位以上ですが、神従士第四位以上の神職教育をすることも、必須になりまして。勿論、この町の在籍者であれば、第六位から受け入れますよ」


 え?

 えーと……あ、教会法だ。

 確か、『聖教会』の第一位は王都皇宮聖教会で、第二位が王都中央区教会。

 第一位教会は、そもそもが神官や神従士の居る一般の教会とは違う。

 よくある町の教会の一番上位が第二位の王都中央教会だと聞いた。


 そこと同等……?

 では……シュリィイーレ教会の司祭は『聖神司祭様』?

 ヨシュルス神官の慌てたご様子と、ミオトレールス神官とラトリエンス神官の驚きの表情にテルウェスト司祭はさらり、とお答えになる。


「はい、正式に辞令もいただいてますし、叙位式も済ませましたので神司祭としてこれからも私がシュリィイーレに居ることになりましたよ」


 一瞬の沈黙と、湧き上がってくる歓喜。

 だが、私はその大きな感情の動きについていけず、しばし呆然としていた。

 そんな上位教会に……私などが居て、いいのだろうか?

 しかも、第二位教会ということは聖神司祭様がおふたり以上……もうおひとりは、レイエルス神司祭だとテルウェスト司祭……いや、聖テルウェスト神司祭は仰有る。


 歓声があがる。

 私だけが、あまりの驚愕の中でどう気持ちを表現していいのか解っていない。

 ただ、その素晴らしさとこのシュリィイーレ教会で皆様と共に暮らせることの喜びに満たされていた。

 本当に嬉しいと、声も出なくなるものなのだろうか。


「そうそう、教会の改装もいたしますから……えーと、剣月けんつきの終わり頃……ですね。第二位聖教会としての仕様に変わりますからね」

 テルウェスト神司祭のその言葉に、期待の声も上がる。

「確かに、伝統的で古式ゆかしい作りの教会であるが……老朽化が進んでいるから魔力の保持力が弱くなっていたものなぁ」

 アルフアス神官の言葉に、皆で頷く。

 そうか……新しくなるのか……楽しみだなぁ……!


「それと、もう一度確認ですが……本当に在籍地の変更をしてもよろしいのですね? 当分というか、ずっとというか、他領の教会への移籍もおそらくできなくなりますし」

 テルウェスト神司祭は私達の意思を尊重してくださってはいるが、やはり心配なのだろう。

 でも、厳しいといわれるシュリィイーレの冬をこんなに楽しく乗り切れたのだ。

 町への不安もないし、他領に移りたいとは全く思っていないので問題ないです、とレトリノもシュレミスも笑顔で答える。

 勿論、私も。


 シュレミスとレトリノは、司祭様から渡された保証書と転籍承認書を受け取ると、そのまま競うよう役所へと走って行った。

 その後を、ラトリエンス神官、アルフアス神官が追いかける。

 きっと、ふたりの保証人として転籍を手助けしてくださるためだろう。


 そしてテルウェスト神司祭は、私の身分証を登録板に載せるようにと促すと『帰化誓約許諾司祭』の変更をしてくださった。

 元々仮籍の保証だけでなく『仮在籍シュリィイーレ』と表示され、全ての証明に聖テルウェスト神司祭のお名前が記される。


 これで、帰化の時に間違いなくシュリィイーレ籍が取れる……そう思っただけでも、また胸の奥が熱くなる。

 きっと、今の私はもの凄くニヤついていると思う。

 こんなにも、嬉しいことなどこの町に来る前は想像もしていなかったのだから。


 そして、あっという間に隣の役所で在籍変更を終えたふたりと一緒に、追いかけて行ったおふたりも戻った。

 これから、テルウェスト神司祭の聖神司祭位昇位のお祝いについて話し合おうか、という時にテルウェスト神司祭から、実はですね、とまた全員を集められた。


「今、ここにこの教会の輔祭様にも、いらしていただいているのですよ」


 ええっ?

 輔祭様……そうか、民間とはいえ、教会関係者だ。

 シュリィイーレ教会の階位そのものが変わるとなれば、輔祭様にも影響がある。

 いったい……どちらにおいでなのだろう?

 越領門の部屋の扉も、待合の方の扉も開く気配すらない。


 だが、次の瞬間……今まで何もなかったはずの場所に……タクトさんが立っていた。

 ちょっと、照れくさそうに微笑みながら。

「えへへ、こんにちは、皆さん」


 神官の皆さんが驚く中、私達三人はそれよりもはるかに大きい衝撃の中にいた。

 え?

 輔祭、様? タクトさん?

 えええ?

 何が何やら、何も解らないけど、えええええ?

 全く何もないところから……『移動の方陣』……は、聖堂内では使えないはずだし。

 ええええええぇぇぇぇぇぇぇーーーー?


「そうなんですよ、俺ってば教会輔祭なんですよ。あ、でも内緒ですからね?」

 戯けたように仰有る言葉に、シュレミスもレトリノもあんぐりと口を開いているばかりだ。


「お、驚きです……なんという完璧な『隠蔽』……技能だけではなく、魔法も?」

「はい、そうです、ヒューエルテ神官。光を使った『迷彩』ですね」

「流石です……賢神一位の加護魔法ですね、光ですと」


 隠蔽、魔法?

 迷彩……? とはなんだかよく解らないが、あんなにも完全に姿も音も何もかもが消せるのか。

 あれ?

 ということは、タクトさんが、輔祭で書師で……遊文館の……創設者?


 えーーーーーーーーーーーーー?



 *******

『カリグラファーの美文字異世界生活』第638話とリンクしています。


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