20▷三十一歳 新月五日 - 1
「そろそろ、テルウェスト司祭はお帰りになるだろうか……」
「会議が長引いていらっしゃるのかなぁ」
昼食を終えたばかりの私達三人は、なかなかお戻りにならないテルウェスト司祭のことばかり心配していた。
なんといっても、神官の皆様が悉く『可哀相』と仰有る食事のことが気になっていた。
「保存食を、持って行ってらしたらいいのだがな。テルウェスト司祭は、何も荷物をお持ちじゃなかったよな?」
「でも【収納魔法】をお持ちかもしれないぞ?」
私達は自分達の去就どうこうより、テルウェスト司祭と一緒に食事ができないことの方がずっと淋しい気持ちになっていた。
テルウェスト司祭はいつも私達の作ったものを、あんなにも美味しそうに、楽しそうに食べてくださっているのだから当然だ。
あの塩辛くて堪らなかった頃のレトリノの料理ですら、全部召し上がっていらした。
ラトリエンス神官にご無理はなさらないで、と言われつつも、水をいっぱい飲みながら。
きっと、私達はテルウェスト司祭に『甘えている』のだ。
自分達のことを認めて、いつも側にいてくださることに安心しているのだ。
遊文館の子供達が私達に甘えてくれるのと同じ……いや、それ以上に、テルウェスト司祭の存在は私達にとって大きいのだと思う。
シュレミスは、正直こんなに司祭様という存在が大きいと思ったことはない、と話し始めた。
「僕のいた教会では、司祭様は優しくていい方ではあったけど、神従士達にどこかビクビクしているみたいなところがあって頼りないと感じていたよ」
「おまえのいた町は、確かシェルトじゃなかったか? 越領の町の司祭が、弱気とは……」
レトリノは、越領門のある町は多くの人が出入りするから神従士の数も多かったはずで、それを纏めるのだから司祭様にはそれなりの人望と力があるだろう、と言う。
うん、確かにそうだろうと私も思うので、同意するように頷いた。
シュレミスは、逆にそのせいで弱腰だったと思う、と言う。
「神従士を纏めるのは、何故か神官の仕事でね。その神官達は、自分に媚びる者が大好きで、媚びない者や魔力量の低い者が大嫌いだったのさ。その差別を何度も他の教会の司祭様達から指摘されていたのに、シェルト司祭は何もしなかった。あの方の口癖は『時間が経てば上手くいく』だったからね。そして、大概の問題は……衛兵隊と近隣の教会が、業を煮やして片付けてしまっていたんだよ」
そういう司祭もいるのか、と私とレトリノは顔を見合わせ呆れかえった。
レトリノのいたファルスという町もカタエレリエラとの領境だったそうだが、越領門はなくて同じ領内の町や村とも遠く、馬車方陣と教会門だけでしか移動が難しい場所だったと話し始める。
そして、そういう『閉鎖的な町』だからこそ、教会内におかしな風潮があったのだとか。
「やたら王都の教会を意識していてな。言葉遣いが乱暴だとかで、随分とやり玉にあがったな。しかも、司祭が率先して『貴族的』なものを押しつけてくる。そのくせ、次官家門のことは悪し様に言う変な人だった」
「大貴族に何を言っているのだろうな、その司祭は」
シュレミスの口調に、ムッとした感じが混ざっているみたいだ。
そんな司祭だったから全く尊敬ができなかった、とレトリノも呆れているようだった。
「更によく解らんのは、司祭はその次官の家門、ルーデライトの傍流だったのだ。ファルスのような僻地しか任されないことを、恨みにでも思っていたのかもしれないけどな。血統魔法はないし、聖魔法ではなくて聖属性技能だけの司祭だったから、当然なのだが」
え?
聖魔法でなくて技能?
「レトリノ、司祭位というのは、聖魔法がなければなれないものではなかったのでは?」
「ああ、アトネストは『慣例による推薦昇位』を知らないのか……えーと、だな」
言葉を整理して纏めようとしているレトリノより早く、シュレミスが説明してくれた。
「今、司祭様の階位というものは『神司祭』『上位司祭』『並位司祭』に分かれているが、本来はもう少し細かい階位があるのだよ」
神司祭……とは、聖神司祭様達のことだ。
『聖』と付けるのは敬称であり、階位としては『神司祭』で所属が全員『皇宮聖教会』であるから『聖神司祭』という呼び方をする。
だから、呼称としての場合は『ドミナティア神司祭』と呼んでも失礼ではないが、式典や公的な場では『聖ドミナティア神司祭』と敬称と名前と階位の順で呼ぶのが正式だ。
「上位司祭とは領主・次官の町の教会……『領教会』と『次教会』の司祭様、というのは知っているだろう? ここの司祭様方は絶対に『血統魔法と二種以上の聖魔法と『命名』ができる聖魔法』を持っていることが条件だ」
私とレトリノは自分達の知識と相違ない、と確認して頷く。
「だが、並位司祭は『階位がない』のではなく、複雑すぎて『整理できていない』から、一緒くたになっているだけなのだよ」
「その通りだな。複雑にしているのはさっき言った『推薦』というやり方での司祭位授与がされた時期があったからだ」
レトリノが言った『推薦』とは、上位司祭からの推薦、教会の神職達からの推薦、町の臣民達からの要望など、様々なものがあるらしく、その推薦があった場合は聖魔法がなく聖属性技能だけでも司祭位を獲得できる場合があったのだという。
「今は、なくなったのかい?」
「なくなった、というよりその制度での昇位を『凍結している』だけ、だな」
「どうして……?」
シュレミスが少し、忌々しげに言う。
「今は新しく教会が制定されていなくて、司祭が今以上には必要ないから……だと僕は思っているけど、詳しいことは解らないんだよ」
町や村が新しくできて教会も増えれば、そこに司祭が必要になる。
遙か昔は聖魔法がある方々だけが司祭だったから、おひとりで幾つかの町を受け持っておられた方々が殆どだったらしい。
しかし、人が増え、町も村も増えるが……聖魔法を顕現させる者がそうそう増える訳でもない。
だから聖属性技能だけでも司祭位を認めることになったらしいのだが、聖魔法獲得の司祭達とは明確に区別されるよう階位制定がされていた。
そこに、変な言いがかりを付ける者達が増えた時代があったのだという。
あの『下位貴族』という、神々の認めていない階位の者達が幅を利かせていた時代だ、とシュレミスは吐き捨てるように言い、レトリノは……口を曲げて押し黙る。
シュレミスは言ってから、しまった、というような顔をしたが、嘘は吐けないよ、と呟く。
「構わんさ、俺だってその呼び方は、不敬だと思っていたしな。従者が貴族を名乗るなど、何も解っていない馬鹿だと自ら吹聴しているようなものなのだからな。だが、従者家系全てがそう呼ばれていい気になっていたとは、思って欲しくないだけだ」
「……解ったよ。すまなかったね……これからは、気を付けるよ」
混乱の原因は、彼らが推薦に口出しをしはじめて誰からの推薦だからこちらの司祭の方が格上だ、とか、推薦する人数が多いから格上だ、などと本来の階位を無視するように自分達の町の司祭を贔屓し出したことで、いい気になって彼らに媚びるように結託していた司祭や神官達がいたせいだという。
ふと、この町に来て初めてテルウェスト司祭が私達に個別に話をしてくださった時のことを思い出した。
あの時、話を聞いた後のレトリノは酷く落ち込んでいるような、暗い表情だった。
もしかしたら、シュリィイーレには貴系傍流の方が多いと聞いて、ファルス司祭のような主家を不満に思ったり自分達『帰化民との間に生まれた者』を差別する神官が多いのではないかと、元従者家系を快く思わない町の方々ばかりではないかと……陰鬱な気持ちになったのかもしれない。
まだ、そういう奴等は残っているはずだから、今回の再編でぜーーんぶ片付けて欲しいものだ、と口を尖らせるシュレミスと無言で頷くレトリノ。
そうか……そういう司祭の教会に行かされることも……考えられるんだな。
また少し、気持ちが落ち込んでしまった。
教会を選べると言われたとしても、私達にはその教会の司祭様を知る手立てもないのだから何処でも変わらない気がする。
その時、正面入口から、誰かが入って来たようだった。
なんだか、随分と勢いよく扉が開いたような気がするが、どなただろうか?
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