19▷三十一歳 新月初旬 - 2
テルウェスト司祭が王都へ行かれてから三日。
あれ以来、私達は気持ちを口に出すことなく毎日を送っていた。
私も、何があっても変えられないことを望んでも意味がないのだから、諦めるということも大切なのだと、心に言いきかせていた。
教会では課務をこなし、遊文館で子供達に本を読み聞かせ、時折……夜の遊文館で子供達と眠った。
私に寄りかかり眠る子供達を見る度に、もうあまり来るべきではないかもしれないと考えるようになった。
あとひと月も経たないうちに、私はここに来られなくなるのだ。
この子達に黙っていなくなる方がいいのか、理解できるかどうか解らなくても全て言う方がいいのか、私には選べなかった。
どちらにしても、必ずこの子達は傷つくだろう。
私に対して怒るだけならいい。
だけど、それでまた大人だけでなく誰も信じることも寄り添うこともできなくなってしまったら、と思うと切なかった。
「……ん……」
「おや……目が覚めちゃったかい?」
少し離れたところにいたその子は、もそもそと私の近くまでやってくる。
腕を伸ばすと飛び込むように身体を預けてきて……微笑んだ。
「おにーちゃん、ねないの?」
「……ちょっと、考え事しちゃってて。もう、眠るよ」
「むつかしいこと、かんがえてた?」
「うん」
その子は私の耳元で囁くように、いいことを教えてあげるね、とくすくす笑う。
「よるはね、おねがいごとを、かみさまたちがみつけてくれるんだよ」
「神々が……?」
「あかるいとね、たくさんあるから、かみさまたちは、さがすのがたいへんなんだって。だけど、よるはみんながねているから、みつけてくれるんだよ」
そんな伝承など、あっただろうか?
ここに置かれている本に載っているものなのか?
それとも……
「お願い事が、叶ったのかい?」
その子は、うん、と頷く。
「ずっとね、こわくないおうちにいきたいって、おねがいしたら、ここ、できたの。おなかいっぱいたべたいですっていうのも、きいてくれたんだよ」
その子はそう言って私にしがみついてくる。
こわくないおうち……そうか、そういう子達が願い、それが叶ったのが……遊文館なのか。
「おひるにおねがいしていたときは、だめだったんだ。だけど、みんながねてからおねがいしたら、かみさまがぁ……いいよって……」
ぽふん、と毛布の上に突っ伏すように倒れ込み、眠ってしまった。
子供って突然眠ってしまうな、とは何度か思っていたけど、突然……心に届くことも言うのだな。
いいのだろうか。
神々に、独りよがりで理を無視したような願い事でも、叶えて欲しいと願っても。
胸に手をあて、祈るように。
瞼を閉じ、自分の心だけを見つめるように。
「……ここに、シュリィイーレに居たい、です。大好きな、教会の方々と。シュレミスと、レトリノと、この子達と。ずっと……一緒に居させてください」
私には、神々の声は聞こえない。
だけど、神々に私の声は届くだろうか。
次に瞳を開いた時、夜が明けていることに気付いた。
……あのまま、眠ってしまったらしい。
その日、なんだか不思議なくらい心が落ち着いていた。
なんの不安もなく、あれほど感じていた切なさも、何もなくなっていた。
そのまま、『移動の方陣』を使わずに遊文館の正面扉を開けて外へ出た。
ただ、朝の天光だけが煌めいて、暖かな春風に頬をなでられる気持ち良さだけが私を包んだ。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。
そこから教会の自分の部屋に戻ると、なんだか……全部上手くいく、とそんな気楽な心持ちになっていることに気付く。
その日の朝食は、久し振りにもの凄く美味しいと感じた。
全部、大丈夫な気がする。
レトリノとシュレミスにも、教えてあげよう。
よるはおねがいごとをかみさまがみつけてくれる、と。
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