16▷三十一歳 結月上旬 - 1

 穏やかな日々が続いていた。

 結月ゆうつきに入り心配だった食材も、遊文館の責任者と仰有る方から『冬のシュリィイーレであれば現金以外にも、食材があった方がよろしいでしょう』と過分なほどの多種多様な食材を届けていただけて吃驚した。

 神官の皆様分の遊文館の報酬の一部を、最も必要であろうものでお届けくださったのだという。


 これには、食材に詳しいシュレミスが目を見張っていた。

「こ、これは黄花清白きばなすずしろじゃないか……ルシェルスのものが、こんな新鮮な状態で……?」

 ルシェルスはシュリィイーレだけでなく、王都にものを運ぶにも非常に時間と手間がかかる大樹海の向こうの領地だ。

 そんな所からどうやって……?

「ルシェルスはカタエレリエラに隣接しているから、テルウェスト司祭のご領地の越領門でお届けくださったのか?」


 レトリノの言葉に、シュレミスはそうかもしれないと言いつつもまだ首をかしげている。

「確かにそうかもしれないが……この芋は? 茸は? どう見てもルシェルスのものとも、カタエレリエラのものとも思えない……」

「ううむ……あ! セラフィラントだ! セラフィラントの北側であれば、この時期に芋も平茸もあるはずだ!」

「じゃあ、セラフィエムス卿と司祭様のご家門の両方が……?」

「ああ、きっとそうであろうっ!」

「やっぱり、遊文館は貴族家門の枠を超えて運営なさっている施設なんだなぁ!」


 ふたりの会話に、私は大きく頷いた。

 だからこそ、きっと食材を届けてくださるために、越領門まで使ってくださったのだろう、と。


 そんな食材を使って作られた今日の夕食は、久し振りに鶏肉の香草焼きと煉り芋焼きだ。

 私はこの、ふかした芋を潰して塩胡椒でよく練り上げ、茹で野菜のみじん切りを入れて平たく形を整えて焼いた煉り芋焼きが大好きだ。

 特にシュレミスのは、玉葱が多くてとても美味しい。


 そんな美味しく楽しい夕食後、不意に司祭様がぱたぱたと慌てて聖堂へと入られた。

 何があったのだろう、と私達は一瞬顔を見合わせ、聖堂を覗くと司祭様の姿はなかった。

 あ、もしかしてこの間のように、どなたかが越領門を開けたのかもしれない。


 今年は王都からの要請でシュリィイーレ隊の方数名が、中央区での仕事を受けていらっしゃるので越領門が閉じられてはいないのだと聞いていた。

 同じ直轄地ということで、王都の憲兵隊に協力していらっしゃるのだという。


 シュレミスは、王都の近衛も憲兵隊も入れない場所でも、銀証・金証のシュリィイーレ衛兵隊隊員は入ることができるからだろう……と言っていた。

 つまり、憲兵隊と近衛は銀証以上というのは少ない……ということなのだろうか。

 銀証以上の騎士位をお持ちの方々は、近衛の中でも特別な近衛猟騎兵や宮衛士団などに所属しているらしい。


 そしてシュリィイーレ衛兵隊は『衛兵』という名称だが、最も高位の皇宮憲衛士団と同格なのだという。

 それ故か、シュリィイーレ隊には三領地以上の経験を有する銀証以上の方々でなければ所属すらできない……らしい。

 直轄地というのは、やはり特別な場所なのだと改めて思った。


 そろそろ部屋に戻ろうか、と思っていた時に酷く落ち込んだ様子の司祭様が聖堂にお戻りになった。

 さっきまでの幸せそうに鶏肉を召し上がっていらした姿とは、あまりにもかけ離れたご様子に思わず皆、走り寄る。


「ど、どうなさったのですか、司祭様?」

「どなたかがまた、無理矢理いらしたのでしょうか?」

 ヨシュルス神官の言葉に、ドミナティア神司祭がいらした時の緊張と恐ろしさが甦った。

「いいえ、いらしたのはレイエルス神司祭でしたが、もう、お帰りになりましたから……」

 どうしたというのだろう、全く覇気のないお声に誰もが心配げな顔になる。


 そして司祭様は私達三人を引き留め、全員で話を聞いて欲しい、と聖堂の全ての扉を閉めるようにと仰有った。

 ……なんの話なのだろう?

 私は嫌な予感がして、少し震える手をもう片方の手で握り締めた。

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