12▷三十一歳 晦月上旬-1

 最近は昼間に眠くなることも減り、子供達にちゃんと本を読んであげられるようになった。

 ……さっき何人かの子供達から、私が本を読んでいる最中に眠ってしまうかどうかで賭けていた、と聞いた。


「だってさ、アトネストさんすっごく気持ちよさそうに寝ちゃうから、面白くって」

「最近寝ないから、俺、負けてばっか」

「……賭け事は、あまり良くないよ?」

「うん、もう止めた」

「アトネスト兄ちゃんが寝ないし、揚げ芋も飽きちゃったし」

「それに……僕達も、寝ちゃうから勝ち負けがよく判んないし」

 それは、よかった。

 やれやれ、子供達の賭け事のきっかけを作ってしまうなんて情けない。


 他に変わってきたのは、夜だけしか姿を見なかった子供達が昼間に図書の部屋にまで出てきてくれるようになったことだ。

 私の近くで聞いているだけでなく、レトリノと一緒に図録を見ている子供達もいるし、シュレミスに三角形や五角形の描き方を教わっていた子もいた。

 少しずつ、ふれあえる大人も増えているみたいだった。


 だけど、家に戻れずにずっとここにいる子も、二、三人だが、いる。

 一度だけ……家は嫌いなのかと訪ねたら、答えてもらえずに……あまり、私のそばに来なくなってしまった。

 怒られるか、帰されると思ってしまったのかもしれないと、申し訳ない気持ちになった。

 それからは決して、彼等に家のことは尋ねないようにしよう、と思った。

 自分のことを話すことがとんでもなく苦痛な時があることは……私にも覚えがあったのに、忘れてしまっていたことを悔やんだ。



 その日は、シュレミスが朝食後に聖堂などの清掃課務をしてから、私とレトリノより少し遅れて遊文館に来た。

 なんだか、もの凄く上機嫌だった。

 ニコニコというか、ニヤニヤしながら、私とレトリノの側を歩き回る。

 レトリノが小さく溜息をつき、シュレミスに声を掛ける。


「……なんなのだ、さっきから」

「ふっふっふっ、知りたいかい? ね? 聞きたいかい?」

「おまえは喋りたいくせに、俺達が尋ねるのを待っているだけなのだろうが! 言いたいなら、言えよ」


 そうか、シュレミスは尋ねて欲しかったということか。

 いつもは聞かなくても喋り出すから、内緒にしておきたいくらいいいことがあったのかと思っていた。

 難しいな、そういう『機微』というものは。


 そして、やはり話したくて堪らなかったのだろう、堰を切ったようにシュレミスの言葉があふれ出す。

「何っ、タクト様のご研究に協力したのかっ」

「そうそう、それでな、あーでこーで!”$#%%”&’)(!でなっ!」

「おおっ、他国の方陣のことを!」

「しかも*?’&$で#”の&&!!を!なのだよっ!」

「ふむふむ、方陣札を使う時の魔力についてか……ふぅむ、流石タクト様だ。目の付け所が違うなっ!」


 ……正直、あまりに早口で私には半分も聞き取れなかった。

 だが、レトリノが驚く度に要点らしきことを叫んでくれるので、それを繋ぎ合わせるとどうやらタクトさんと方陣についての話をしたらしい。

 凄いなぁ、レトリノは。


 少しだけ聞こえたのは、私の話も少し出たということ。

 レトリノが自分のことは仰有っていなかったかと問い返すが、シュレミスはニヤニヤ笑うばかりだ。

 きっと、話題にならなかったのだろう。

 でも、レトリノが書いて司祭様に預けていたコレイルの伝承話を大変喜んでお受け取りになったと知らされて、機嫌が良くなっていた。


 シュレミスも、レトリノの性格がよく解っているみたいだ。

 最後にちゃんと、いい気分にさせるのだから。

 私のことも……話していたのか。

 うん、確かに、なんとなく嬉しいな。


 ひと通り話し終わり、すっきりした顔のシュレミスはやっと普通の速度で話すようになった。

 よかった、これで私も聞き取れる。


「しかし……方陣札を使う時に魔力が吸われる感覚……か。俺は感じたことがなかったが」

「それは皇国の方陣が優秀だから、だろう。僕だって、皇国に来てからは殆どないよ」

 殆ど……ということは、偶にあるのだろうか。

 私はタクトさんの方陣ですら、偶に感じるのだから方陣の善し悪しだけではない気がするのだけれど。


「魔力が千を越えた頃にはなくなったから、それが原因な気がしているよ」

「なるほどな。俺は……ギリギリだが千はあったからな……」

 私はまだまだ、千には遠い。

 やっと、もうすぐ八百五十くらいだ。

 そうか……そのせいだなぁ……

 あ、そういえば、最近身分証を確認していなかった。


 今日の夜、遊文館に来る前に確認しよう。

 何か、魔法が増えていたらいいなぁ。



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