13▷三十一歳 晦月上旬-2

 シュレミスの話が落ち着き、子供達に一冊の本を読み終わってそろそろ昼食だろうかと思った頃。

 遊文館に、タクトさんがいらした。

 子供達の何人かが、ぱたぱたっと走り出して……そのうちの何人かは、思いっきりぶつかるように抱きついている。

 タクトさんは苦笑いしつつ、少し子供達と話してからシュレミスに声を掛けた。


 ちょっと……側に行ってみよう。

 なんの話をしているんだろう。

 レトリノも気になったのだろう、私達はなんとなく早歩きでシュレミスとタクトさんに近付いた。


「……ええ……ガウリエスタ……」

 シュレミスの声が聞こえてきた。

 故郷のことを聞かれているのだろうか?


「そうですか。やっぱり、ガウリエスタ語……」

「僕は皇国に来てすぐに『帰化誓約』をしたので、国内で必要だったのは『仮在籍証』だけでした。なので身分証の方は……それからは殆ど見てなかったですけど」

「ありがとうっ、シュレミスさん! また、伺いたいことができるかもしれないので、その時はお願いします!」

「はいっ! いつでもお答えいたしますっ!」


 それだけで、タクトさんはあっという間に姿を消してしまった。

 タクトさんがいた空間を見つめて、シュレミスが不思議な表情をしている……

 笑顔……なのだが、なんだろう、なんともいえない……変な。


「なんだ、シュレミス、へらへらしてっ」

 あ、そう、それだ。

『へらっとした』感じ、というやつだ。

 流石、レトリノは適切な言葉選びが上手いな。


「ふふふっ、こんな顔にもなるさ。だって、タクト様が僕の話を聞くために、それだけのために魔法を使って来てくださったのだぞ!」

「……うむ……そのようだな」

 レトリノはちょっと悔しそうだ。

 さっきも、次こそは自分でコレイルの伝承話を手渡ししたい、と言っていたからなぁ。


 まだ『へらへら』しているシュレミスは、今にも踊り出しそうなくらいだ。

「……嬉しそうだね、シュレミス」

「そりゃあ、そうさ。何かのついででなく、僕に尋ねるためにってところが嬉しいんだよ」

 あ、今度は『にこーーっ』って感じだ。

 シュレミスは、割と表情豊かなのだな。


 特別なことではないのだ。

 ただ、こうした些細なことで『あなただから』『君のことだから』知りたい、と言ってくれることが途轍もなく嬉しいものなのかもしれない。

 それが、敬愛している人であれば尚更だ。


 子供達に不用意に家のことを尋ねてしまった時、彼等ひとりひとりに向き合っていた訳ではなかった。

 理由だってひとつではないかもしれないのに、簡単に纏めようとしてしまった。


 誰もが自分を知って欲しい気持ちはあるが、勝手に他人の判断で他の誰かと一緒にしないでくれ、と思っているのだ。

 私がシュレミスの笑顔を表す言葉を見つけられなかったように、子供達も沢山の言葉をよく知らなくて表現できないだけかもしれない。

 だから話せなくて、だから聞かれるのが怖くて、距離をおくのかもしれない。


 ……本を、もっと沢山、読んであげよう。

 彼等の選べる言葉が、もっともっと増えるように。

 ああ、居眠りをしている暇なんてなかったなぁ。

 子供達に癒されてふわふわとしているだけなんて、情けなさ過ぎる……


 だけど……タクトさんは一体、何をお調べになっているのだろう?

 身分証の文字……とは、何とどう関係しているんだろうか。

 またアーメルサス語の時のように『月』と『槻』のようなものを、ガウリエスタ語で?


 今度お会いした時に、伺っても大丈夫だろうか?


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