9▷三十一歳 更月下旬-5 

 ……またしても、真っ昼間から子供達と本を読みながら眠ってしまった……

 あの素晴らしい『移動の方陣』で来られることもあり、この四日間は毎日子供達と遊文館に泊まっている。

 楽しいのだが、流石にあの教室の椅子で眠ると腰が痛くなる。

 床にやわらかい毛布などを敷いても、子供達がいつの間にか寄りかかっていて身動きできないこともしばしば。

 でも、そんなことなどどうでもよくなるくらい、この子たちの側にいられるのが嬉しい。


 夜の子供達は起きてもなかなか離れたがらないのだが、昼間の子達は周りからの視線もあるせいか起きるとすぐにぱらぱらと離れていく。

 あ、ちょっと、片側が痺れてしまった……うん、立てるようになったな。

 するとタクトさんがいらしたのが目に入り、先日の『ニファレント』のことが頭を過ぎった。

 だが……あれは、私の気にすることではない。

 私は、ただ、ここにいるタクトさんご本人と今まで通りに接していればいいのだ。


「すみません、ちょっとだけこちらに来てくださいますか?」

 タクトさんに耳打ちされて、付いていく。

 そこは子供達と毎日眠っている、机と椅子が置いてあっても広めの空き場所があるあの部屋だ。

 あれ?

 なんだか、妙に広い?


「ここの……机と椅子は……?」

「え? ああ! ここの部屋の机と椅子は『可動式』で、収納が可能なのですよ。やってみますから、見ててくださいね」


 そう言うとタクトさんは、講義をなさっていた時の机近くにある装置を動かす。

 みるみるうちに椅子と机が現れ、また一緒に畳まれて、ぎゅーっと端に寄ったかと思うと、ゆっくりと天井に跳ね上がる。


 横に広がっているものは、床の中へと沈んで行く。

 これの全てが魔法なのかと思ったが、半分ほどは『そういう仕組み』で作っているものだと……畳み方は『折り紙』と似たようなものですよ、と微笑む。


 そして更に、床下から顔を出した扇形の寝床にも驚かされた。

 ……寝床というものは四角いとばかり思っていたのだが……違ったのだなぁ……


「ええっと、この部屋で、一緒に眠ってもらっているじゃないですか? なので、寝床を作った方がいいなーって話になりましてね。で、簡単に出し入れができるものがいいし、読み聞かせもしてくださっているから座れる方がいいですし、こういう作りにしてみました」

「タクトさん……が、お作りになったのですか?」

「こういうのは得意なので」


 こういうものが、きっと『大魔導帝国の叡智』なのかもしれない。

 こんな見たこともないようなものを、いとも容易く当たり前のように作ってしまえるほどの知識や魔法とは一体どういうものなのだろう。


 きっと遊文館をお作りになろうと決めた方は、タクトさんの知識と才能をご存じで協力を頼んだに違いない。

 タクトさんが大魔導帝国の生き残り……という、これもひとつの証拠なのだろう。

 その後もタクトさんは丁寧に、この仕組みについて教えてくださった。

 私もようやく気持ちが落ち着き、拙い幾つかの質問にも答えていただけた。


「扉からの出入りは、この寝床がしまわれるまでできません。だから、朝になったらみんなを起こしてあげてくださいね」

 きっとこの寝床を依頼してくださった方は、タクトさんかテルウェスト司祭から私達がどんな風にこの部屋で眠ってしまっていたかを聞いてくださったのだろう。


 これできっと、子供達も身体が痛くなったり、うっかり誰かに踏んづけられたりしなくなりそうだ。

 私にまでご配慮くださり、足を寝床の下に滑り込ませていられるとか、そのまま背もたれが倒れて眠れるとか……なんというお気遣いだろうか……!


「では、この部屋と寝床の説明はこれくらいで……ちょっと『移動の方陣』についてお伺いしたくて」

「ああ、あの移動の方陣は素晴らしいです! 私でも一日に三往復できました!」

 タクトさんの言葉に、思わず声が大きくなってしまったがそれほど感激したのだ。

 真っ先にお礼を申し上げるべきだったのに、私ときたらどうしてこう抜けているのだろう。


 タクトさんは三回も往復できたということに、とても驚いていらした。

 おそらく、私の魔力量を心配してくださっているのだ。

 私がうっかり、三度目の移動の前は何か食べてからじゃないと着いてから少しくらくらする……などと言ったせいだが、心配そうに窘められてしまった。


「できれば、一回移動するごとに少しでもいいので食べてください!」

「……はい」

 そうだった。テルウェスト司祭からもそう言われていたのに……忘れていた。

 今日からちゃんと食べよう。


 そして、更に心配させてしまうことを言ってしまった。

「この四日間に、何回来ていただけたのですか?」

「毎日です」

「え?」

「移動の方陣を使えるようにしていただいた日から、毎日来ております。夜は……すぐ眠ってしまうのですが、子供達と一緒だと私も気持ちが安らぐというか……安心、してしまって」

 タクトさんは少し俯いて、何かを考え込むような仕草をなさって私に言った。


「えっと、では、今ここに来ていらっしゃる医師の方に診察していただいてください。それで全く問題がなければ、続けて来てもらっても大丈夫だと思うのですが……なるべく、昼間は眠らないでいた方がいいと思いますし、昼間眠くなっちゃう原因が夜の睡眠の質によるものだとしたら、毎日は止めた方がいいです」


 ……しまった。

 昼間眠っているのを、夜にずっと起きているからと思われたのだろうか?

 そんなにまでして子供達を見守るために無理をさせたと……捉えられてしまったのかもしれない。

 タクトさんは笑顔だが、グイグイと私の手を引っ張り出入り口近くの医師様のいる角へと進む。


「タ、タクトさん、私は具合など悪くは……」

 なんとか、止めようとするが……がっちりと固定された腕は動かせない。

 ……衛兵隊の確保術みたいだ。


「ドルーエクスさんっ! アトネストさんがちょっと無理しすぎだと思うのでっ! 診てあげてもらえますかっ!」

 ちょっと驚いたような顔をするドルーエクス医師。

 私は愛想笑いをしつつ、ドルーエクス医師の前に立つ。

 あの、健診の時のような視線を感じたかと思うと、少し怒気が混ざったような声が聞こえた。


「おまえさん、この前より魔力流脈はよぅなっとるが……なんじゃ、まったく! ほれっ、ちょっとここで足踏みしてみぃ!」

「え、あ、はは、はい」

 足踏みを何度かしただけで身体が思わぬ方向に揺れ、慌てて左足で踏ん張った。

 いったい、何がどうなったのだ? 目眩がしたわけでもないのに、どうして急に……?


「魔力が少ないのは仕方ないが、ちゃんと眠っておらんせいだな。左右にふらつく、いうのは……深い睡眠ができんで、血流に支障が出ておると言うことだ」

「魔力流脈ではなく、血流、ですか?」

「うむ。眠っとる時に身体の片側に重いものが載っていたり、ずっと同じ姿勢で固まっていると、魔力流脈に支障がある者ほど起こりやすい。魔力が流脈を傷つけて、血流までも阻害しておるかもしれん」

 思っても見ないことを言われてしまい、頭の中が真っ白になる。

 え、睡眠……あ、さっきタクトさんが言っていた『質』というのは、こういうことか?


「おまえさんの魔力流脈が整ってきたからこの程度で済んでおるが、しっかり食うて夜はきちんと寝る! それと、昼間は運動せい! 動かさんと血の巡りが悪くなって、魔力流脈がそこを補おうとまた蛇行するぞ。まあ、まだそこまで深刻ではないから、いいが……」


 私が余程情けない顔をしていたのだろう。

 タクトさんが、まるで司祭様のように背中を擦ってくれている。

 ……不思議と落ち着くだけでなく、身体から痛みや怠さがどんどん抜けていく気がする。

 もしかして……タクトさんは……


「タクト、おまえさんの方はどうなんだ? ちゃんと食べて、身体鍛えているんかっ?」

 私がぼんやりとしていたら、ドルーエクス医師がタクトさんにまで注意を始めた。

 だが、そのことはタクトさんも自覚があるらしく、衛兵隊の訓練を受けているのだという。

 なるほど……さっき掴まれた腕をふりほどけなかったのは、その訓練で習ったやり方に違いない。


 それでもやはり、何か食べた方がいいとドルーエクス医師は判断されたのだろう。

 タクトさんに食事をしてくるように、と言うとタクトさんも立ち上がって自動販売機のある場所へと向かう。

 去り際に、終わったらまた来てくださいね、と言ってくださった。

 ああ……なんだか、私が自分の管理もきちんとできていないせいで、迷惑をかけてしまった……


 そのタクトさんを見送り、ドルーエクス医師は小さく頷いて話し出す。

「えーと、アトネスト、だったか。おまえさんは子供の頃から魔力流脈がちゃんとしていなかったせいで、血流の方にも影響がずっと出ておった。だが、やっと魔力流脈は治ってきている。だからといって、この時期に魔法の使い過ぎで無茶をしたり、睡眠を疎かにして身体の回復ができないと、また状態が悪くなるかもしれん」

「……はい……」

「ああ、そんな顔せんでいい。大丈夫だ。おまえさんは、魔力流脈が正しく育っておらなんだから余計に『いい眠り』が必要なんじゃ。無理だけはいかん、ということだ」


 無理をしているつもりはなかったのだが、私の認識が甘かったということなのだろう。

 普通の『回復の方陣』では負担が大きすぎるからと、魔力量の少ない私でも影響がない『微弱回復の方陣』をしばらくの間は必ず眠る前に使うように、と言われた。



 礼を言って、書架の近くまで戻るとレトリノとシュレミスが駆け寄ってきた。

 どうやら私が、タクトさんに引っ張られて医師様の元へ連れられて行ったのを見ていたようだった。

「どこか、具合でも悪いのか? もしや、さっき寝こけていたのも、そのせいなのではないか?」


 ええと、そう、なのだが、どう説明していいものか……と、逡巡しているとシュレミスまで今日はもう戻ろう、と言い出す。

 いや、タクトさんと約束……あ、あれっ? 

 タクトさんが見当たらない。


「とにかくっ、今日はもう帰るべきだ! いいねっ、アトネスト!」

 シュレミスに断言され、ふたり共に両脇からがっちりと掴まれてしまった……

 このふたりも振りほどけない……もしかして、確保術というより、私に力がないだけなのか?

 おかしいな、こんなに腕の力が衰えていたとは……そういえば、皇国に着いてから殆ど鍛えていなかった。

 そしてそのまま、私達は遊文館を出て教会へと向かった。


 タクトさんには……後日お詫びをしよう……

 ドルーエクス医師に言われたことは、司祭様には話さないとなぁ。

  

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