7▷三十一歳 更月下旬-3

「司祭様、どういうことなのでしょうか?」

 不安気なラトリエンス神官の言葉に、私達も落ち着かない気持ちになる。


「……君達、隠れていないで出ていらっしゃい。こうなってしまったら、全員で共有しておく方がいいでしょう……神職であれば、いずれ知ることでしょうし。少々余分なことですが……知っておいて、心構えをしておくことも必要かもしれません」

「はい……」

「すみません」

「……失礼、いたします」


 テルウェスト司祭は全てお見通しのようで、私達はすごすごと聖堂の中へと入る。

 そしてこのまま聞くのであれば……と、真剣な面持ちで仰有った。


「今ここで聞いたことを一切、誰にも、聖神司祭様であろうと、陛下であろうと、たとえ神々であろうと絶対に言ってはなりません。それが守れないのであれば、今すぐここから出て自室に戻ってください」


 テルウェスト司祭はその場にいた全員の前をゆっくりと歩き、確認をとるよう顔をじっ、と見つめる。

 我々の表情に再度念を押すように、他言は無用ですよ? と繰り返す。

 その言葉を受け、アルフアス神官が軽く握った左手の拳を首元へと当て、頷く。これは『誓約』の形。


「はい、今ここにいるということは、それを誓って約するものであるということです」


 神々と結ばれた言葉で人と人が約束を交わす時に、この身から出た言葉に嘘はなく誓いの言葉であると神々に示すのだ。

 これは神々との誓いではないから、右手を左胸に当てることはない。

 そして、全員が腰掛けて『消音の魔具』が使われたのを確認して、静かにテルウェスト司祭が話し出す。


「実は今まだ、確実な裏付けがない状態ですが、調べを進めている事柄が幾つかあります。その内のひとつが、神典記載のみっつの大陸だいちのひとつにある魔導帝国のその後についての記述です」

「それは、皇家でお調べの『大陸史』でございますね!」


「そうです、ヨシュルス神官。そして、先日、史料と言えそうな書物が何冊か、皇宮司書室とレイエルス、セラフィエムス家門の蔵書から見つかっているのです」

「あの……それがどう、タクト様……あ、いやっ、タクトさんに……」


 また、敬称……もしや……タクトさんは貴系傍流の方なのか……?


「いいですよ、ミオトレールス神官。ここでは敬称のままで。タクト様は……その古代魔導帝国の生き残りである可能性があるのです」


 テルウェスト司祭の言葉に、全員が息を吞んだ。

 あり得ない。

 だって、古代魔導帝国……とは、あの天空を駆けることさえできると伝えられている『大魔導帝国ニファレント』のことだろう。


 神典の最後に他のふたつの大陸より少し小さいが故に一国のみが存在していたが、ある日一夜にして海に沈んだと伝えられている。

 そう、最も初めに『亡国』となった国だ。

 誰もが『まさか……』と、疑問の言葉だけしか口にできない。

 その国の血を引く方が、現代まで生き残っておられたとは!


「タクト様がお生まれの『ニッポン』という名は『ニファレント』と皇国で呼ばれている国の略称であると考えられています」

 テルウェスト司祭の言葉に、ヨシュルス神官とラトリエンス神官から更に驚きと疑問が投げかけられる。


「タクト様が……ニファレントの末裔……というだけでなく? え? もう滅びたはずの大魔導帝国そのものから、いらした?」

「し、しかし、時代があまりにも……時があまりにも違いすぎます!」


 私は呆然と成り行きを見ているだけで、頭の中がまったく働かない。

 今はもう亡い国から、どうやってここに来られるというのだろう?

 それが、【次元魔法】?


 以前から皇国では、書物の何冊かに記載されていたというその存在。

 しかし、どのような魔法なのか解っていなかったのだそうだ。

 そのような魔法や技術は沢山ある。かつて皇国が揺らいだ時代に、愚かな者達が『叡智』を悉く破壊してしまったせいで。


 当時の詳しい歴史も残されてはいないが、その叡智は『魔導帝国から受け継いだもの』と言われている。

 そして……その片鱗が、セラフィラント公の手によって開示された『生命の書』と『星々の加護の書』であると思われているのだという。


「『生命の書』に記載がありました。それは『時空』だけでなく『次元』という我等では感知できない壁を飛び越え、大きく時と場所を移動する『賢神一位の加護魔法』である、と」


 テルウェスト司祭の力強いお言葉に、私の鼓動が跳ね上がった。

 説明があるということは、その魔法が実在し、使用されたことがあるという証になるのだろうか?


 文字で書かれたことの全てが正しいかどうかは……いや、きっとその裏付けの史料を捜すためにも、全ての家門での蔵書の見直しが行われているのだろう。

 だがもしも、本当に滅びる前のニファレントから『飛んでいらした』のならば……

 まさに、神々にも匹敵する魔法をお持ちということになる。


「タクト様は賢神一位ですね……」


 ヒューエルテ神官の呟きに、テルウェスト司祭は頷いて続ける。


「タクト様は十九歳で白森に突如現れた。当初は誰もが、国境山脈となっているガウリエスタ側の『ゴーシェルト山脈の少数民族領』からいらしたと思っていたのですが、シュリィイーレ隊が調べを進めるうちにそれはあり得ないと解ったのです」


「なぜ、ですか? あの辺りにはまったく血統の解らない民族が、いくつも村を作っていたと聞きましたが」


 シュレミスが思わず、というように問う。


「その民族たちはタクト様がいらしたと思われるはるか前に、その土地を離れてガウリエスタやミューラへと入っていたり、大峡谷の崩落と魔虫の大量発生で滅んでいたのです」

「では、突然に現れ……あ、それで【次元魔法】……!」

「そうです。しかし、当時のタクト様は魔法が殆ど使えない状態だったといいますから、タクト様を誰かが『移動させた』ということでしょう」


 ああ、そうか。

 それならば、まだ解る。

 私達は『タクト様が自分から【次元魔法】で移動してきた』と思い込んでいた。

 だけど、それならばなんで『タクト様を』移動させたのだろうか?


「……それは……どうして……?」


 レトリノも、同じことを思ったようだ。


「ニファレントは、どうして滅んだと記されていましたか?」

「『大地と空を切り裂く魔法で、海へと消えた』……そうか、その時に誰かが……タクト様を助けた?」


 レトリノの想像に、シュレミスが疑問を投げかける。


「いや、ならばどうしてタクト様ただおひとりなのか? 大魔導帝国の魔法がたったひとりだけしか送れない程度というのはおかしいのでは?」

「そうですよ、大魔導帝国の魔法ならば、もう少しは……」


 ミオトレールス神官もシュレミス同様『大魔導帝国の魔法ならはその程度のはずはない』とお考えのようだ。


「そこで、皇家の司書館にあった『皇国史』の第一章……『神々からイスグロリエストの大地を賜り、白き森に降り立ちて東の樹海もりへと辿り着き国と定めた』という記載です」

「ああ……確か、白き森がどこかという……まさか、それが、シュリィイーレの『白森』のことだと?」


「以前、それは違うとされませんでしたか?」

「ええ、ですがそれもまた、ひとつの意見というだけでどちらにも確証はなかったのですよ」

「ああ……そうでしたね、確かに」


 皇国の建国史を、私はまだ読んだことがない。

 それは、皇国民のためのものであり、まだここに来る前に帰化を決めていなかった私には読むことができなかった。

 だが、英傑と扶翼が神々から恩寵を得て、彼らの国を創るべき地に降り立ったというのはどの国でも共通する『創国の始まり』だ。


「タクト様がこの地にいらした時に、白森という魔獣の蔓延るただ中に降り立ったにも拘わらず、しかも武器など何もお持ちでなかったのに無傷で森を抜けているというのです。創国の祖先たちと同じように!」


「それでまた、白森が創国の地という可能性が議論され始めたのですか……」

「だけど、どうしてタクト様だけが、という説明にはなりませんよ」

「もしや……タクト様だけが、神々から選ばれて……『今の皇国』に遣わされた……?」


「今回の遊文館のために各家門で蔵書の再確認が行われ、リンディエン、ナルセーエラでも、皇家のものと似たような記載の古代文字の本が見つかっています。そして……レイエルスでは『神々は欠けた英傑を憐れみ使者を遣わす』……という記載のある本が見つかっているのです」


 皆さんとテルウェスト司祭のやりとりに、全然ついていけない私に様々な情報が飛び交う。

 レトリノもシュレミスも必死で聞いているのだろう、時折考え込むような仕草が見える。

 そしてレトリノがテルウェスト司祭に、確認するように尋ねた。


「……それが……タクト様だけが『今』ここにいらっしゃる……理由、ですか?」

「まだ確証はありません。ですが非常に有力なのです。それを、各家門の本とあらゆる伝承から探っているのですよ」

「それで、私にコレイルの伝承を……と?」

「ガウリエスタのものも、その偉大な歴史解明の助けとなるのでしょうかっ?」


 少し興奮気味にシュレミスも加わると、テルウェスト司祭は落ち着いた声で仰有った。


「解りません。解りませんが……可能性は大いにあります」


 私は、やっとの思いでテルウェスト司祭に尋ねた。


「そのような偉大な魔法が使えた国が、どうして、滅んでしまったのでしょうか……? その原因となった魔法は……いったい……」


 他国が滅んでしまった原因は、魔力が少なくなったからとか、魔法が弱くなったからというのも原因だと思っていた。

 いや、むしろ、それが一番の要因に違いない、と。


 しかしそんなにも何万年という『次元』を飛び越えられる魔法が使える方々のいた、それほどの魔力のある方々のいた国が滅んだというのなら……いったい、何が国を支え護る力となるのだろう?

 いや、移動させたのは……神々?


「残念ですがアトネスト、それについての明確な正解が今は出せません。ですが、タクト様から魔導帝国の話を聞くにつけ、絶対に間違いないであろうという確信が芽生えていくのですよ……我々とは全く違う知識、全く知らぬ魔法を駆使していた大魔導帝国の『叡智』こそが、タクト様の魔法の根本である、と」


 答えは……『まだ』出ない。

 様々な理由があるはずだし、一概にこれが全ての原因だといえるものなどあるはずがないのかもしれない。


 そしてきっとどんな国であっても『外部から全ては解らない』ということだろう。

 おそらくどんな記録が残っていたとしても、それが全てではないのだから。


 いつか、この答えが出るのだろうか。

 そしてそれを、私が知ることはできるのだろうか。


 だが、まだ確定でない、としつつも皆さんの認識は『タクト様が神の遣い』であると確信されているようだ。

 変に期待などされて、タクト様がおつらい立場にならなければいいのだが……どれくらいの魔力をお持ちなのだろう?

 そんなに皆さんがしたり顔で納得されるほどなのだろうか。


「あの……タクト様は、一体どれほどの魔力なのでしょうか……?」


 恐る恐る尋ねた私に、テルウェスト司祭はちょっと困った……というような表情をなさった。

 あ、そうだった。

 魔力総量の開示は、ご本人の承諾なしにはできないものだった。


「セラフィエムス卿よりも……かなり多い、とだけ」


 少し口ごもるように、でもなんとなく自慢気にテルウェスト司祭の仰有った言葉に、私だけでなくレトリノもシュレミスも絶句した。

 そ……それは、神々の使者と言われても……当然かもしれない。


 そして、神々に愛され、この創国の争乱がすっかりとなくなった平和な皇国に生きて欲しいと……望まれたのかもしれない。

 咳払いをして、改めて語るテルウェスト司祭の言葉に私達は誓いを胸に刻む。


「長きに渡り解明されなかった多くの謎……その幾つかの糸口を得たに過ぎませんが、停滞していたものが動き出したのです。ですが、まだ推測の段階に過ぎません。ですから……口外してはいけないのです。このことを知っている誰かと、話し合うことも絶対にしてはいけません。この聖堂を出たら、決して一度たりと口にしないこと! 書き記すことも駄目です。いいですね?」


 テルウェスト司祭の言葉に、ガルーレン神官が不安げに尋ねる。


「はい、そのことは必ず。ですが……このように大切なこと、タクト様にご了承いただく前に我々が聞いてしまって良かったのでしょうか?」


「この『大魔導帝国からの神々の使者』が存在するということ自体は、近々神職達に共有されます。そして、シュリィイーレにいる我々と衛兵隊の一部だけはそれがどなたであるかを知り、お力添えと守護に努めよとの命が下っています。タクト様は何にもまして失ってはならない方なのです。神々から、今の皇国のために選ばれたお方なのですから」


 この開示は、私達への信頼だ。

 絶対に裏切れない……いや、裏切りたくはない。

 だが、やはり私などがお力になどなれるものなのだろうか、とどうしても尻込みをしてしまう。


 どうしたら……もっと、私を信頼してくださった方々のために何かができると、自分を信じられるようになるだろうか。

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